CHAPTER 4「Sunny place PART 1」
「連日お伝えしております。次期参議院議長候補とまで目されております、掛井武人参議院議員の、大手建設会社アトムからの裏献金疑惑報道について、当番組では、昨日静岡県にある掛井議員の自宅前で取材を試みました。まずは、そのVTRをご覧ください」
犬を連れて歩く、えんじ色のポロシャツと白のハーフパンツ姿の老人と、マイクを持って歩く濃紺のパンツスーツ姿の女性リポーターが、並んで歩いている映像が映し出された。
「掛井議員、お話を伺ってもよろしいでしょうか」と、リポーターがマイクを向けた。
「何度もお話しております通り、やましいところは一切ございません」
「ええ、ですから詳しくお話をして頂きたいのですが」
「詳しくも何も、こちらは一方的に何の根拠もない疑いを向けられているだけですから」
「否定されるならば、一度きちんと会見を設けて、説明されるべきではないですか」
「きりがないですからね、あなた達は」と、老人はおとなしい口調だが、時折リポーターを睨みつけるように目線を向けた。銀縁の眼鏡をかけているが、大きな目を縁取る、垂れた上まぶたと涙袋がそれ以上に印象強く、どこか異様な、病的な雰囲気を醸し出している。白髪だが毛量の多い、やや盛り上がった七三分けの髪、角ばった鼻に、下がった口角が固まっているようなへの字口、シミの多い赤白い肌、弛んだ二重顎、太った体躯、一言で言って醜い容貌だが、威圧するような迫力がある。
ところどころで鼻息を鳴らす喋り方で、四十過ぎで化粧気のない中年女性であるリポーターを、どこか蔑んでいるような態度に見えた。
リポーターも怯まずに続けた。「議員の県知事時代、二〇〇〇年頃から現在までに渡って、議員が建設業者から不正献金を受け取っていた、との疑惑が報道されております」
「ええ、何度も聞いております」
「それについてコメントをお願いします」
「だから事実無根です、何度言わせるんですか」
「情報源は建設業者側の内部告発、との記事がございますが」
「そんな事は知りません、とにかく事実無根」
「アトムからの献金はない、と」
「政治資金規正法に則り、資金団体への寄付を頂いております。政治資金収支報告書にも、きちんと記載されておりますから」
「議員個人に、という事はありませんか」
「えっ何、何と言った?」と、更に険しい顔をして睨んだ。
「議員個人に対して別の献金が行われたのではないかと」
「そういう事はございません」
「総額は三億円以上との証言があったとか」
「私個人に対してですか? そんな記録は私の知る限りどこにもございませんよ。誰が言ったのか知りませんが、そんな根も葉もない戯言を根拠にして、私の自宅まで押し掛けているのですか? あなた達、もうちょっとマシな仕事をしたらどうです。さあもう十分だろう、休日くらいゆっくり過ごさせて下さい」
それまで画面の端にちらちらと映っていた人影の主が間に割って入ってきた。白い半袖のワイシャツを着て、黒縁眼鏡をかけた細身の男が、すみません、ここまででお願いします、と言いながら両手の平をリポーターの前に出して、制する意思を示した。
リポーターはそれでも食い下がって質問を続けるが、老人は返答せず、握っていたリードを細身の男に手渡した。リードが手渡されるタイミングを見計らったように、繋がれた犬が駆け出した。画面がワイドに引いて、それまでほとんど画面下に外れていた犬が、グレートピレニーズだという事がわかった。
リードを引き摺って行った白い大型犬を追いかけて、細身の男は再び画面から外れた。
「何をしとるんだ」と呟き、老人は苛立ちを表したが、それをすかさずアップで撮影されている事に気づくと、歩みを早めた。
リポーターは再び距離を詰めて、老人の胸元にマイクを差し出した。
「地元の支持者の方々に、説明はございませんか」
老人は、幅五メートルほどある伸縮性のアルミフェンスの端を開いて、自宅の敷地内に入ると振り返って、これ以上近づくと不法侵入になるぞ、と言葉にはしないが、その意を示すようにカメラを睨んだ。
リポーターと撮影スタッフは、その醜い顔が怒りでさらに歪むところを撮影する事が目的だったため、屋内に入ってドアを閉められるまでは粘ろうと計画していた。本気で怒り出す映像が撮影できれば、訴えられることも是とするつもりだった。
老人の顔に画面が寄ると、突如、画面のほとんどがボカシ処理で加工されたものになった。同時に変換された甲高い音声が流れた。
「すみません、ここまでにしてくださいね、議員はお疲れですので」
画面がすぐに引いて、向かって右側奥に老人、左側手前にリポーターの後姿があって、その間にボカシ処理された人・・・女の姿があった。ボカシがかかっていても、女の姿が若くて細く、黒いミニの半袖ワンピースを着て、素足をさらけ出している様子が解った。
女は「いつも番組見てます~、あ~、テレビで見るよりも、お若くて綺麗ですね~」と、リポーターに向って愛嬌を振りまいた。
「君は誰だ」と女に向けて老人が言ったが、構わず女は敷地内に入って行って、老人の腕に手をまわして寄り添った。
「この通り、もうおじいちゃんですからね、また後日説明責任は果たしますので~」
「誰だ」もう一度老人は問うた。映像は二人にズームした。老人の顔は歪みがなくなり、口を開けて、どこか気弱になっているような表情に見えた。
女が耳打ちで何かを話した。
その内容をマイクで拾う事はできなかった。突如登場した派手な格好の女の姿に、呆気に取られていたリポーターと撮影スタッフ達は、近づく事を忘れて、その場で立ち尽くしてしまっていた。二人が屋内に入って行くと、追って犬を引っ張って来た細身の男がフレームインした。そこでVTRは終わった。
「さて、VTRをご覧頂きました通り、掛井議員は一切の疑惑を否定しているわけでございますが…」大きなディスプレイの横に立つ、若くてかわいらしい容貌の女性キャスターが、両手で持った台本に目線を落としながら話した。
「掛井議員個人への献金について記録はないって、そりゃ当たり前の事でしょう。記録があってもなくても、ねえ、それは違法なんでしょう?」とディスプレイを間に挟んで、女性キャスターの反対側に立つスーツ姿の男性メインキャスターが、スタジオ上手にある四人のコメンテーターが座る席に向けて言った。
メインキャスターに一番近い位置に座っている、男性コメンテーターが答えた。
「ええ、政治家個人への献金は違法です」男性コメンテーターの肩書は弁護士だ。
「ですよね、そんな記録を自分で残しているわけがないのは当たり前じゃないですか、そんな事は我々も解っている」と、メインキャスター。
「ええ、ですから公的記録に記されていない献金、つまり裏金が疑われているわけですよね。それとも政治資金団体を通して、個人に献金が流れているという事なのか、疑惑の内容についてもっと詳細な情報が出ていないのでしょうか」と弁護士が言った。
「そこ、どうなんでしょう」
促されて、女性キャスターが再び台本に目を落としながら答えた。
「疑惑は今の所個人への直接的な献金についてであり、ええ、続報で、その情報源はやはり建設会社の内部告発者によるものですが、献金の出所について、社内でマネーロンダリングが長年行われていたとの記事が、本日発売の週刊誌に掲載されています」
「という事は、やっぱり裏金という事ですかね」と弁護士。
「ちょっと待ってください」と、画面に向かって一番右端、弁護士と二人の女性コメンテーターを間に挟んだ位置に座っている中年男性が言った。男性はそこそこ売れている芸人で、多くのバラエティやクイズ番組等で活躍している。柔和な顔で、難しくない素直な感想を述べるので、主婦層の支持があって、こうして昼間のワイドショーや情報番組等で顔を観る事が多い。
「疑惑の詳細ももちろん気になりますが、皆さん、他に気になる事はありませんでしたか? あのVTRを見て」
この言葉が解禁となったように、出演者全員が沸いたように話し始めた。
「VTRの最後に出てきたあの女性は、一体何者?」と女性コメンテーターの片方が笑みを浮かべて言った。
「ボカシがかけられてたけど、若い女性に見えましたよね」隣にいるもう一人の女性コメンテーターも笑顔になって、お互いの表情を見やった。
「なんか、すごく派手なおねえちゃん、って感じでしたね」と芸人。
「掛井議員の秘書かなんかの、方なのですかね」とメインキャスター。
「いやあ、愛人なんじゃないですか」と、期待されていたであろうコメントを返す芸人。
「それだったらすごいですよね、こんな風に、テレビカメラに向かって堂々と出て来るなんて」と、弁護士が本当に感心しているような表情で言った。
「情報あるのかな?」とメインキャスターが女性キャスターに向けて言った。
「ええ、番組が問い合わせしたところ、議員の奥様の知り合いという返答が…」
「いやあ、あやしいな~」と芸人がニタニタと笑顔で言った。
「でもねえ、掛井議員は、誰だ君は、って言っていましたし」芸人の隣に座る女性コメンテーターが、同様にニタニタして言った。
「いやあ、そりゃそう言うでしょう、あの場では」と芸人が返す。
「どんな方なんでしょう?」と、もう一人の女性コメンテーターが問うと、女性キャスターは、笑顔になって答えた。
「本人のご許可を頂いておりませんので、お顔を出す事はできませんが、撮影スタッフから聞いたところによると、おそらく二〇代前半の、モデルのような美女だったと」
「え~、やっぱりそうなんだ~」
「なんか、おかしなところで盛り上がってまいりましたね」と、メインキャスターが言うと、出演者だけでなく、観覧者やスタッフを含めて、スタジオ中から笑いが起きた。
次回
CHAPTER 4「Sunny place PART 2」




