転移④薬学の知識で出世した下女
「あぁ〜ん!ないぃ〜……」
僕とリカロは、冷蔵庫を覗く百合香の声で目が覚めた。
そう、全く空っぽなんだ。昨日、全部こいつが食いやがった。リカロは起こしていた半身を床に戻し、二度寝を始めた。
百合香はしぶしぶ、インスタント味噌汁を用意してくれている。
昨日、あんな理想の女を求めた自分も、百合香にだけ働かせるのは悪い気がして、顔を洗ってからキッチンに立つ。
「ご飯もないね。買ってこなきゃね」
現実慣れしてきた百合香は、昨夜と比べるとちょっと親しみやすくなっていた。
「私ね、転生前は限界OLしてたんだ。毒親でさ、仕送りを月に3万円。都内で死にかけながら暮らしてて、儲かってた株が一気に下落して絶望してた日、通勤中に突然トラックが…」
「ちょ……ちょっと百合香さん、横……」
「突然お邪魔します」
ぎゃーーーーーーーーー!!!!!!!
僕と百合香は、長く叫んだ。
黒髪一つ結びの、地味な顔立ちをした少女がそこに立っていた。
つ…次は僕がしっかりしないと…
「……あなた、異世界から来たの?」
くっ、百合香に先を越されてしまった。
「はい、さっきまで宮廷で調合していたんですが、ここは元の世界ですか?」
「君!まさか、あの超人気作品の……」
「いや、違います。あんな秀作じゃないですよ。韓流ドラマでも、メディアミックス巨作でもないです」
そういえば、痩せているが背は高く、外見もかなり違う。
でも、理系女子特有の喋り方というか……この子とは話が合いそうだ。
「え……また増えたの?」
騒ぎで起きたリカロは、ポカンとしている。
「また、とは何ですか?あなた方は、私と同じ異世界から戻ってきたのですか?」
僕は、朝飯に某宅配フードを頼む事にした。
こいつらを連れて買い出しに行くのも、こいつらを留守番させて買いに行くのも、どちらも不安だった。
くっ……僕の夏ボーナスが……
「私は、杏と書いて、シンといいます。あなた方は?」
「俺はリカロだ」
「私は百合香です」
一斉に、3人が僕の方を見た。
そう、僕は名乗らずにここまできた。やっと聞かれたんだ、名前を。
「おうは、です」
「おおおオウハ〜〜〜????」
みんなドッと笑った。初対面のシンまで……ちょっと失礼すぎやしないか?
「すげえ!なんか技名みたいじゃないか」
リカロはヒクヒク笑いを鎮めながら言う。
うるせえ!僕の母親が勝手に付けた名前なんだよ!
これでどれだけ苦労してきたことか……
「なんて書くんですか?」
百合香が半笑いで聞いてくる。
「桜に……葉で……桜葉」
「わ〜珍しい。でも桜葉って感じの顔はしてないですね」
ザックリ心を切るなよ!
誰がお前らの面倒みてやってると思ってるんだ……
僕は心に大怪我をかかえ、泣き出したくなるのをグッとこらえた。