男と女
とりあえず、寝室ではなんなので、リビングに各々のパーソナルスペースをとって座ってもらった。
彼女は、百合香と名乗った。
ちなみに妹は、白嶺というらしい。
「百合、かしらね」
「………」
「なんでもないです」
僕は真顔の2人に謝った。
もう色々と慣れてきて、変な余裕が出てきた。
「私、前日に親類が集まる場で妹から罵倒されるっていうイベン…いえ、出来事があったんですけど、私の旦那様が超良スペックで妹の嫁いだ先、もっと言えば実家の本家より強い存在だってことがみんなの前で明かされて……」
僕はもう、胸焼けがし始めていた。
リカロは僕よりも彼女を苦手そうにしている。
まぁつまり、大変な事件の翌日、朝の身支度をしていたら帯紐を踏んでバランスを崩し、後ろ向きに倒れたと。で、気づけばここだ。
みんな、後頭部から床に打ち付けてるんじゃないだろうか。心配になる。
「で…どうしましょう、ご飯やお風呂とか用意しましょうか?」
「えっ……?私なんかにそんなに恵んでくださるなんて、悪いです……良かったら明日のおふたりの朝食を私に作らせてください。私はその残り物をいただければ満足です」
謙虚で献身的。でも……何か鼻につく。
まだ職業夫人が珍しかった明治が舞台だったという。じゃあその刺繍入りの豪華な正絹の着物は、自身の稼ぎじゃなく、どうせ家や旦那が買い与えたものだろう。
その状況を、ウブなふりして攻略しているような言いぶりに、違和感をもったのだ。
「俺ぁ、あの子苦手だな。俺の嫁たちはみんな働き者で、欲しいものがあれば稼いで買おうとするし、自分のことが好きで元気いっぱいやりたい放題でかわいいんだ」
百合香がお花摘みに行っているあいだ、リカロが僕にささやいてきた。まぁ、懐の深そうなリカロの好みだ。
僕は、百合香の鼻につくところさえなければ、あとは好みなんだけどな。美人なのに、3歩下がって歩き、男に仕える女。嫁に欲しい。
百合香が手洗いから戻ってきた。
僕たちはさっそく、なぜこの状況が生まれたのか話し合うことにした。
「なんでしょうか……私はもうすぐ妹のざまあフラグを回収しきって、大団円を迎える予定だったのに」
だから……言い方だよ、百合香。
「実は俺も、薪割りしてたってんのは、村の改革や復興とか色々やり終えた後で、物語的には終盤だったんだ。これからも、こんなのどかで幸せな日々が続いていくだろう、ってな」
うーん、それならリカロが話した哲学を参考に考えると……
クライマックスの状況で主人公を現実世界に戻したのは、現実での幸せを選ぶか、それとも、ハッピーエンドの先でもファンタジー世界で生きていきたいか、どちらかを選ばせるためなのか?
「ま、お前さんは旦那や家に守られて悠々自適な人生送れるだろうから、すぐにでも帰りたいだろう」
リカロは笑いながら、身も蓋もないことを言った。
「……なめないで」
ん?
男たちは、軽い嫌味を冗談めかしたつもりで言ったまでだ。こんなの、はにかんで流してくれれば……
「女をなめないで」
百合香は、怒りに満ちた目をしていた。
「あなたがたは、シンデレラストーリーは、受け身の人生だと思いますか?」
やばい。ややこしい話になってきた……
「女は選ばれ、美しさで男を癒し、子を産んで家を存続させていく……これのどこが楽な人生ですか」
「いや、その、うちの嫁もだな、同じようにこなしてるが、共働きで自立してるぞ?」
「そ、そうだよ、いつ離婚になるか分からないのに、自立しておかなきゃ、君のためにならないって話だよ」
「じゃあ現実のあなたがたも、会社が窮屈なら独立すれば良かったじゃないですか。どうせ行き詰まったまま非業の死を遂げたんでしょう?」
「いや、だから、それとこれとは話が別でしょ〜!独立するのも大変なことで……」
僕は、できるだけ朗らかに伝えたつもりだった。
「そうやって、女子どもに生き方を押し付けることについては、どの時代も全く変わりがありませんね」
百合香は、涙目になっていた。心底悔しいんだろう。
でも、ここで態度を変えたのはリカロだった。
「悪い。つい嫌味なこと言っちまった。俺はこんな強靭な肉体を持ってる。農耕する前は、もっとヒョロヒョロしてたんだぜ?
男の俺は、外で働くために身体ができてる。辛い生理もない。
確かに、嫁たちが稼ぐ方法はもっぱら短期労働で、男と同じ環境で長く働かせると、生理不順になったり貧血で倒れたりするんだ。その描写は、俺のなろう世界の表には出ていない。
嫁たちには、俺の身の回りの世話をしてもらうだけで、本当は充分ありがたいんだ」
彼女ナシ、女兄弟ナシの僕は、ちょっと気まずくなってきたが、リカロは構わず続けた。
「俺が俺のなろう舞台を求めていたように、君も女として生きる舞台を求めてたんだろう。敬意に欠けていた。すまん」
リカロ……めっちゃ人間のできたやつだった。
さすが複数嫁に囲まれているだけある。
「強靭な肉体が男の武器なら、美しさだって女の武器なはずなのに、現代ではそれを使わず振る舞うことが求められています。それなのに相変わらず美醜の差別はされる。結局、男に都合のいい女を無料で搾取するために、いい女を買い叩いてるだけなんだわ」
僕は、美人なのに3歩下がって歩き男に尽くす嫁を求めていた自分を、気まずく思った。
「女性は、美しくあれ、従順であれ、若くして結婚し、立派に子を産み育て、いつも上機嫌でいろ。それに加え現代では、学は高く積み男並みに働け、その金は家に入れろ、も課せられます」
やばい。ハードモードだ。でも男だって……
「女の人生を生きながら、男の人生も生きろと言われているようなもの。そんなの、中途半端にしか生きられない。私は、女として生まれたからには、女の人生を思いっきり生き抜きたい」
僕は、言い返す言葉が見つからなかった。
でもそれは、人によるだろ、と言いたかったが、そろそろ収束させたかったのでグッとこらえた。
百合香は、フルフルと怒りながら寝室の方へ行ってしまった。
僕とリカロは、互いに顔を合わせ、リビングに横になった。
強き者の、男の優しさだ。