転移③ 婚約破棄されたけど幸せな姉
僕は、リカロがいつ消えてくれるのだろうとぼんやり思いながら、ついには彼とお休みなさいを言い合った。
悪役令嬢のあの子……
あれか?一時的に現実に戻り、願いを叶えたらまたファンタジーの世界へと旅立っていくのか?
それじゃあ、僕はあの子の願いを叶えたことになる。え……塩バターラーメン?
金持ち貴族の生活に慣れると、逆にああいう粗末なジャンクフードが至高になるんだろうか。
「いや違うな」
「あ、え?」
「声に出てたぞ」
うっ……
そしてまだ起きてたのかよ。
「たぶん彼女は、満ち足りてるんだ。あの世界で。俺も満ち足りてる。ここ現実で暮らしてたころよりずっとな」
「じゃ、なんでリカロも食べ放題なんか……」
「それはな、それくらいしか現実の世界で幸せを感じることってないからさ」
うーん、分かるような分からないような。
「その子も、ラーメンは懐かしくてたまらなかっただろうさ。でも、ラーメンとファンタジーの世界で生きるのと、天秤にかけたら後者を選ぶだろうよ」
農民の哲学か?
僕は、まだよく話が飲み込めない。
「俺たちはさ、自分が持つ能力や運を、余すことなく使い切って死にたいんだよ。でもどうだ。現実は窮屈だ。思い切り泣く経験も、思い切り仕事して認められる経験も、心から喜びあって素直に抱き合う経験も、何もかも抑圧されてるだろ?」
僕はなんとなく、リカロが正志だった頃、すごく生きづらかったんだろうなと分かった。
傷ついてもいい、翻弄されてもいい。命を存分に使い切りたい。
そう思うことが、僕にもある。
工場では、決められたことしかやってはいけない。
ひらめきで何かしようものなら、たとえいい案だとしても、『システム』が狂うことによる何億、何十億の損害が出かねない。
さんざん偉人やら教育者やらに説教されて、僕らは嫌というほど分かっている。
個性を大事に。あなたらしく。人生一度きり。
その舞台を探しているんだ。
僕が、僕として思い切り生きられるステージ……
「おい!……なんか女の子いるぞ……」
ぎゃーーーーーーーーー!!!!!!!
「あの、あのすみません……なんか、気がついたらここに……」
オドオドした黒髪の和服美女。
あまりのマイナスオーラに、幽霊かと思った僕らは長い叫び声が出た。
ひとしきり恐怖を発散したあと、息切れしながら声をかけたのは、リカロだった。
「あの、あの君……異世界から来たの?」
「あ、はい……。昔から贔屓され可愛がられて育った生意気な妹に婚約者を奪われたけど、悪評高く無愛想ながら実はスパダリな旦那様に溺愛されている姉です……」
あ、話が早い……
「えっと、じゃあ、どうしよう」
3人とも、狭い寝室で呆然とした。
外は、いい月夜だった。
リカロがリテロになってたの修正しました!
間違えてるのに違和感なく書き終えてて笑える……笑