転移②スローライフチート農家
僕がスーパーから戻り、シャンプーボトルを風呂場に持っていこうとした時だった。
ゴト!ズシンッ…
え……
なんか重い足音したけど……風呂場だよな
嫌な予感がする。
目線の先の風呂のドアに、でかい人影のようなものがある。どことなく土臭い。
「すみません!」
「うわああああ!!!!!!」
すみません、がドアを勢いよく開けた男で、
うわああああ、が腰の抜けた僕だった。
すみませんじゃねえ!警察呼ぶぞ!
僕は野郎なんかを呼んだ覚えはない!!!
「あの、ここどこですか?」
「ストーップ!!ストップ!すごい泥汚れだよ?風呂場から出ないで!!!」
ぐ……僕には……僕にはこれが分かるぞ。
これは……過労死で異世界転移して家庭菜園の知識で寒村を復興させ現地嫁をたくさん侍らせた………
スローライフ系なろう主人公だ!!!
「あのう、シャワーお借りしてもいいですか?」
いいだろう。この現象について根掘り葉掘り聞いてやる。農家だけに。
僕は男に向けていた人差し指をそっと下ろし、無言でどうぞ、と手振りした。
「あ〜♡気持ちいい〜♡」
うるせえ。黙って入れ。
僕は笑顔をひきつらせながらも、男に湯を張ってやり、今日買ってきたばかりの入浴剤まで入れてやっていた。
なんだかんだ、世話焼きをしてしまう悲しい性。
長い間、おばあちゃんのヤングケアラーとして大活躍していた僕は、去年やっとその任を解かれたばかりだった。
「一緒に入ります?」
「は?」
BL展開は望んじゃいねえ!!
僕は水彩画の女の子とイチャ風呂するんだ!お前のこれは、介護だ!!!!
僕は男を睨みつつ、その体を改めて見た。
ゴリゴリの筋肉、日に焼けたハリのある肌。髪はボサボサだが、後でシャンプーしてやればいいだろ……いや、自分でさせればいい。どこまでお人好しなんだ、僕は。
「あのさ、まだ名前とか……」
「あぁ!申し遅れました!俺はリカロっていいます!あ、こっちの世界では正志でした!」
マサシがリカロに……なろう展開を思いっきり満喫してやがる。
「な……なんでこっちに来たんすか?どうやって?向こうでの仲間とか家族は?」
「いや俺、薪を割ってたんですよ、手で」
「手で?!」
「ああ、魔法です。エルフの嫁から教えてもらって。効率よくて遣ってたんですが」
くそ……やはりこいつ嫁がいやがる。
しかもエルフ……!絶対ロリかわいい!!
「そしたら、急にフラッと体が後ろに倒れて。気がついたら、ここです」
「うーん……。実はね、さっきもあったんです、同じようなこと」
リカロは、えっと驚いた。
僕は、帰宅したらフリフリドレスを着た悪役令嬢がいて、飯を食べたと思ったらいなくなった話をした。
リカロは湯船に浸かったまま何か考え込んで、腕をゴシゴシと手で擦った。どうやら、のぼせてきているらしい。
僕はそれを見てゾッとした。すごい垢だ…!!!
「うわ!ちょっとリカロさん!お湯が汚れますって!!ちょっと、アカスリあるので持ってきます!!!」
僕はバタバタとキッチンへ走った。
アカスリなんて、このフライパン用ハードスポンジで充分だ!中世ファンタジー世界には、これ以上のものはあるまい!!
僕はリカロに硬いスポンジを渡し、体を洗うように言った。
「あの、これ……」
「はい?」
「俺の育ててるヘチマなら、もっとお肌に優しいです」
やかましいわ。
リカロが、意外と繊細な美容をしていることにムカついた。