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鞭と情  作者: 花屋めぐみ
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薔薇の鞭

年末大掃除はゆとりをもっていたしましょう。

思わぬ怪我や災難が起こったときのリスク回避のために。

 年の暮れ、庭の掃除をした。


 年末とは言え他に暖かい日もあったろうに、何故、クソ寒い大晦日になってから庭掃除をしてしまうのか。

 以前、大晦日に庭木の手入れをして、中指に刺さった棘との格闘に年越しを費やした経験があるのに、またこの時期に庭木の手入れをすることになった。


 嫌な予感と言うのは的中するもので、母が気に入っているが手入れもしない伸び放題の「ナニワノイバラ」を手入れしている時の事。

 ナニワノイバラの棘は鋭く数が多く刺さると普通の薔薇以上に怪我をする。枯れても鋭い棘は健在でうっかり枝を落としてしまうと靴裏に刺さり取れない凶暴性を有する。また、成長も早くすぐに長い枝を四方に伸ばし放題となる。

 この日も伸び過ぎた枝をあるべき場所に誘引するために格闘していた。鋭い棘が邪魔をして苛立ち乱暴に枝を扱っていると薔薇の枝から思わぬ仕返しを受けた。

 乱暴に引っ張った反動でしなった棘だらけの枝が私の顔を直撃したのだ。鏡を見ると左側の小鼻から血がにじんでいた。

 年の瀬にこんなことをするから怪我をするんだ。

 こんなことをさせた母のせいである。

 そもそも大事な薔薇と言っているが、大事ならきちんと自ら管理するべきものである。切れば怒るが適切な管理をしないのが我が母である。正月休みに鼻を切って痛い思いをしたと悪態をついて新年を迎えた。



 年が明けて鼻の傷も癒えた。

 マスク生活は継続中だったので家以外では鼻はマスクの下である。

 傷は誰にも知られることはなかったのだが傷の瘡蓋が気になった。

 小鼻の上の小さな瘡蓋だが気になって仕方がない。左の小鼻の先に黒い点があるのが気になってついつい触ってしまう。

 傷も治ってきているので瘡蓋を剥がしたところで影響はないだろうと剥がしたのがいけなかった。

 薄っすらと血が滲んだ。滲んだ血をティシュで止血すると思ったより血が染みていたが、翌朝には血液と滲出液がわずかに固まっていた。

 しかし、前にあったかさぶたよりも大きくなり私はこれを無理やり剥がした。

 瘡蓋ができる度に気になって傷を虐め続けた結果、小鼻の傷のあたりが少し尖ってきたような感覚を指が感じた。


「これ以上を触ってはヤバいことになる」


 傷口はいじめ過ぎたせいかもよからぬ形で塞がった。

 小さな突起は完全に小さなイボに形状を変えてしまったのである。

 瘡蓋は引きはがせたが、この小さな突起は皮膚と一体化していて刃物で切り取らないと私の小鼻からは剥がれないだろう。クニクニと弄り続ければねじり切れるかもしれない小さな存在なのだが、よく見るとしっかり小鼻に寄生しているようでもあった。

 まるで雌のアンコウと一体化した雄のアンコウの名残みたいな突起物が小鼻の上にある。


 鏡を見る度に後悔と忌々しさが募る。

 思春期の頃、鏡に映る美しくも可愛らしくもない自分の顔を見たってため息は出なかったのに、この年でまさか自分が鏡を見てため息をつくことになるとは。しかも恋の物思いではなく後悔と懺悔のため息である。

 人前ではマスクで隠れてはいるが、家ではノーマスク。指摘すれば機嫌が悪くなる私に対して家族は何も言わなくなっていた。

 世間では春にはマスク政策を緩和すると言い始めていた。

 薔薇に意地悪をしたせいで呪われてしまった私の鼻。

 このまま永遠にマスク生活なんて事が難しい日常が迫っている。

 鼻のイボのせいで私はマスクを外せなくなるかもしれない。何故マスクを外さないのかと人から問われたら、この呪われた鼻のせいだと言わねばならないだろう。



 手始めにイボが綺麗に取れるというクリームを試す。

 イボに効く自然由来の成分の化粧品でツルツル美肌になると、ネットの評判も絶賛の嵐だったが私のイボはびくともしない。

 体の内側から治すつもりで、サプリメントや肌にいい野草っぽいお茶を取り寄せて煎じて飲んだりもしたし、自己判断でそのお茶を鼻につけたりもした。

 しかし私にかけられた呪いは数千円の化粧品やサプリではびくともしない。


(やはり美容整形の扉を叩くしかないのか。)


 お金かかっちゃうのかなぁ。病院、遠いなぁ。考えればもうため息しか出ない。

 何か良い方法はないかとネットで検索をするも化粧品の類ばかりが上がってくる。


 ある日、検索したサイトに皮膚科の情報が上がってきた。

 イボの治療もしているという文言が目に入る。

「イボって皮膚科でどうにかなるものなの!」目からうろこである。

 検索サイトに上がっていた皮膚科は静岡県のどこかにあるようだったが、皮膚科でイボが治せるという情報がもたらされたことは私にとっては希望の光である。

 検索を続けるとイボは多くの皮膚科で治療できるようであった。

 地元の皮膚科でも対応可能に違いない。思わずもたらされた朗報に気分は上がっていた。



 受診したのは周辺の市町村に一つしかない皮膚科で混雑していた。

 二年程前までは他に女性医師が開業するクリニックもあったが高齢の為に閉院していた。

 待合室は混雑していたが、鼻の呪いを解いてくれるかもしれないと思えば何時間待たされても苦ではない。希望がモチベーションを上げているとはこういう事なんだなと実感した。

 その皮膚科クリニックはごった返しているわりに患者がどんどん減っていく。気が付けば1時間もしないうちに診察室前の待合場所に呼ばれて待機させられていた。

 初診だから時間がかかることも覚悟していたし、待合室の患者数からも相当の待ち時間を覚悟していたが早くも中待合室まで進んでいる。


 次々に患者が去りついに私の番になった。

 診察に当たったのは還暦くらいの男性医師。

 以前、女医の皮膚科クリニックに通ったことはあった。そこの先生は上品なマダムと言った雰囲気で手入れの行き届いた肌をしていた。目の前にいる男性医師はその対極にいるかのような不機嫌な小太りさんで、足元は冬でも素足だが、その素足はお世辞にも美しくはないオッサンの親指である。


 指示される前に私はマスクを外し悩ませるイボを見せる。

 イボができた顛末を話すと、「ふーん」と興味がなさそうな相槌をして私の顔をグイっと横を向かせ小鼻のイボを観察した。


「あ~。イボだね。時間かかるよ。治らないかもしれないけど液体窒素を試してみよう。それでだめなら切ってみよう」


 パソコンに向かいながら「あっちに行って」と処置室に行くように促した。おもむろに立ち上がり診察室を出ようとする私に「明日も来てね」とパソコンに向かいながら彼は言った。



 小さなカップに、大きな液体窒素の缶から液体が少量注がれる。看護師が綿棒の先にしみこませたそれを注意深くイボに押し当てる。

 氷が指先にくっ付いて離れない時のような冷たい痛さが鼻の先に少しある。

「痛くない?」と気を遣いながら看護師がイボに何度も液体窒素を含ませた綿棒を押し当てる。「綺麗に治りますよ。時間がかかるかもしれないけどね」と。慰めるように励ますように優しく言葉をかけてくれる。


 日頃、自分が他者にかける励ましや言葉がどれほど影響をしているのかはなはだ疑問な時がある。優しさが偽善と取られているかもしれない。社交辞令に過ぎないと思われたり、無責任な慰めであると冷めた感情を抱かせているのではないかと思うこともある。自己嫌悪になりそうだからなるべく考えないようにしているけれど、優しい言葉は心身に染みて暖かな気持ちになると実感した。

 看護師には定番の言葉かもしれないけど、結構、染みた。







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