一方通行な四角関係~好きだった幼馴染が親友に告白した。そして親友の姉に告白された、僕が~前編
前編中編後編で投稿します
春。
桜の花の蕾がちらほらと生え始め、強い花の香りが鼻腔をくすぐる季節になった。
春は日本人にとって多くの場合、一つの生活の終わりであり、新たな門出の季節である。
そして我が校でも高校二年が終わり、春休みが始まる直前、高校三年生の卒業式が開かれた。
多くの卒業生が晴れやかな笑みや寂し気に泣き笑い、在校生や先生に別れを告げる光景がつい先ほどまで目の前に広がっていた。
僕自身、経験したことがあるし、感動的で開放的な気持ちになれる良い区切りだ。
彼らはこれから大学、社会へと羽ばたき、彼らはそれぞれの人生を歩む。
何にせよ、別々の人生を送っていくのだ。
だからこそ、いつまでも残っている人がおり、さっさと帰る人もおり……悔いを残さぬように動く人がいることも知っている。
「なずな……」
僕の口から思わず口からそんな名前が零れだした。
壁に隠れた僕の視界の先には、胸に花を刺した一人の男子生徒と真っ赤な顔で佇む女子生徒がいた。
(———ああ、やっぱり、君はそうするよね)
だからこそ、こうなることも分かっていたつもりだ。
ここは別校舎の裏。
雑草が茂り、人気のないこの場所は告白するには酷く安直でわかりやすい場所だ。
見つけたくもないものを、僕が見つけてしまうくらいには安直で、猪突猛進な彼女らしい。
「——洸太郎! 私、貴方のことが、ずっと好きでした———っ‼」
麻色のボブの髪で紅潮する頬を隠しながら、僕の幼馴染はもう一人の幼馴染へと叫んだ。
「———」
ひとつ年上の僕らの幼馴染は、普段の仏頂面を壊し、驚愕に硬直していた。
予想だにしていない告白に、思考を整理できていないんだろう。
(まぁ……そうだよね。洸太郎は。そうに決まってる)
僕は一つ年上とは言え、洸太郎とも親友だと思ってる。彼のことは彼の姉の次に知っているつもりだ。
だからこそ、彼の反応はよく理解できた。
そんな彼の前で「言ってしまった」、と一層顔を真っ赤にし、緊張に肩を震わせるなずな。
(……あんななずな、僕は一度として見たことないよ。でも……君は違うんだろうね)
わかっていたことだけど、鈍く痛む胸を抑え、苦く笑う。
きっと、驚きながらも彼はなずなのあんな姿を何度も見たことがあるはずだ。
それが羨ましいと、どうしても思ってしまう。
「な、なずな……」
「うん……っ」
一瞬口をごもらせながらも、真っ直ぐなずなを見つめる洸太郎に、なずなは期待と不安に瞳を揺らす。
どちらの気持ちも分かるから。僕は自分の気持ちに何て名前を付ければいいのかわからない。
胸が痛い。正直、気を抜けば崩れ落ちそうだ。
だけど、それはあの二人も一緒だ。各々が色んな気持ちを持っている。
期待の籠るなずなの視線から逃れるように、洸太郎は横を向いた。
「なずな、俺は——」
「——っ洸太郎、私、ずっと———」
なずなは馬鹿だけど、察しはいい。
だから、洸太郎のその反応で答えはわかってしまったのだろう。
「——っ」
何とか挽回しようと再び同じ言葉を紡いだなずなに罪悪感を隠し切れず、洸太郎は拳を握る。
そして、まじめな彼はゆっくりと口を開いた。
なずながどんな顔をしているのか、見なくても分かる。
(……聞いてられないな)
勝手に聞いて何言ってんだと自分で思いながら、僕は臭いものに蓋をするように背を向け歩き始めた。
……聞かなければよかったな。いや見つけたくなんかなかった。
「なずな、俺は———」
そんな洸太郎のわかり切った言葉を最後まで聞かず、なずながどんな顔をするのかを見ず、僕はその場を去った。
——誰も悪くない。わかっている。
それでも、この胸の痛みを何というのだろうか。
それもまた、決まり切っていた。
失恋だ。
帰宅し、自分の部屋に入った僕は、告白したわけでもないのに目尻に涙を浮かべていた。
「こんなの、誰も幸せにならないじゃないか……」
誰も悪くないと分かっていながら、口火を切ったなずなを恨まずにはいられなかった。
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なずな、洸太郎、そしてその姉の凛はいわゆる幼馴染というやつで、小さいころからずっと一緒に居る。
家が近所というのもあるが、どうやら親同士も幼馴染のようで、古くから親交があるのだ。
そんなわけでなずなはもちろん、洸太郎や凛さんとは年は違えど、友達だった。
特になずなや洸太郎とは親友と言っても過言ではない間柄。
凜さんとは友達だとは思ってるけど、あの人自身は大学生でモデルなんかもやってる、少し遠い人だ。だから二人とは違って少し距離がある。
二人とはどんな時も一緒に居た。
小学校では班を作る時もなずなと一緒。
悪だくみは真面目な洸太郎を誘って二人でやった。
遊ぶときは学校の友達よりも幼馴染のみんなで遊ぶ方が楽しかった。
それは珍しいことに、高校生になった今でも変わらない。
こんな関係を築けている僕らは地球上でとても珍しく、恵まれた存在だろう。
僕は、この四人の関係がすごく好きだった。
つかず、決して離れない、この安心できる関係が。
……そしてそれと同じくらい、なずなのことが好きだった。
なずなは、昔からずっと陽気で、皆の中心にいるような女の子だった。
頭を動かす事より体を動かすことが好きで、仲良くなる前は男の子だけじゃなく女の子も巻き込んで遊んでいるのをよく見かけた。
何も考えていないようで周りのことをよく見て、持ち前の元気で明るく皆を照らし、引っ張ってくれる。
なずなはそんな強い女の子だった。
だからこそ、あの日、僕を引っ張って、皆の輪に入れてくれた時からなずなが好きだった。
なずながいなければ、この四人の仲を作ることも、守ることもできなかった。
感謝もしている。なずなにはたくさんのお礼を返したい。何でもしてあげたい。
……それくらい、なずなのことが、好きだった。
だけど僕は、四人の関係が崩れていくことが怖かったんだ。
だから、僕はなずなよりも四人でいるを選んだ。
告白なんてせず、ずっとみんなと一緒に居られたら、それで満足だったから。
でもきっと、それは本心だけど逃げていただけだったんだろうね。
僕は彼女のことが誰よりも好きだったから、すぐにわかった。
——いつだってみんなの中心、弱気な姿は似合わない僕の大好きな女の子は僕の親友のことが好きだったから。
彼女は、僕の『逃げ』を嘲笑うように、いつものように自分の思いに正直に進んだのだ。
これで僕らはきっともう一緒にはいられない。
彼女は洸太郎と自分の仲だけを壊したと思ってるだろうけど、違う。
徹底的に、蓋をし続け、触らないようにしてきた砂の城を大きく抉ったのだ。
でも、恨めない。
告白をしない選択をしてまで守ろうとした関係を壊した彼女を恨めない。
——ああ、そうだ。そんな君が、僕は好きなんだ。
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その日は気づけば、寝てしまっていた。
制服を中途半端に脱いだまま、枕に顔を埋めて。
「う、ん……?」
付いたまま眩しく部屋を照らす電気に目を焼かれながら、うめき声をあげて重い体を起こす。
重い瞼を擦り、判然とし出した思考で自分の恰好を見るとまだ制服。
「うわ、制服皺になってる……」
しかも長い時間そのまま眠っていたせいでかなり皺ができてしまっていた。
このまま学校に行くことは憚れ、眉を寄せて息を吐く。
普段なら母の下にでもすぐ持っていくのだが、今はそんないい子でいられるような気分でもない。何処か投げやりな気持ちで制服を脱ぐ。
「……どうせクリーニングに出すでしょ……」
吐き捨てるように呟くと、皺のついた制服をカーペットの敷かれた床に放り捨てる。
直後には既に制服に意識はなく、コリを解すように背伸びした。
「うぅーん……っと、外くら……どんだけ寝てたんだろ……」
ふとカーテンの隙間から見えた空は何処までも吸い込まれていきそうなほどに暗かった。
一体どれだけ眠っていたのかと、時計を見ると既に十時。
ざっと五時間は寝ていた計算だ。
「起こしてくれればいいのに……って無理な相談か」
自分で言っておいてなんだが、バカげた愚痴に自嘲に笑う。
「着替えよ……今日はもうちょっと寝たい気分だしね」
気を取り直すように、柔らかい服装に着替え始める。
暗い気分なんて少し寝ていたらどうでもよくなるものだ。今日だって同じだ。
そう思い、いつものジャージに着替えると再びベッドに横になる。
「お風呂入ってからにしようかな……明日でいいか」
体を洗いたいという思いが脳裏を過るが、それすらも煩わしい。
眠たいわけではないが、起きて面倒なこと考えたくないのだ。
しかし、生理現象は止められない。
——ぐぅ。
「お……」
お腹が良い音を出してくれた。
そういえばご飯食べてない。お腹がすきすぎて寧ろ腹が痛いくらいだ。
これでは眠れない。
僕は小さく息を吐くとベッドから這い出る。
「仕方がないか。コンビニでなんか買いに行こう」
眠れないのでは本末転倒。腹を満たし気持ちよく何もかも忘れることにしよう。
そうして僕は家を出て、近場のコンビニに向かった。
暗い夜道。
中々この時間に外に出ることがなく、心かしか新鮮な気持ちになる。
わくわくすると言い換えることもできる。いやなことも少しは忘れられるというものだ。
「何食べよっかな。今日くらいはいいもの買っても許してくれるよねぇ」
誰に許可を求めているのか、我ながら不自然なくらいにテンションを上げている。
臭い物に蓋をする。僕の悪い癖だ。
でも、我ながら嫌いになれない。
嫌なことなんて世の中には腐るほどある。それを全部が全部向き合っていたら壊れてしまう。
その取捨選択は、本人の手にしかない。誰かに何を言われる筋合いもないのだ。
「さて、さっさと買ってさっさと帰ろ———」
そんなことを考えているうちに、コンビニに着いた。
買うものここに来るまでに決めてある。寒いしさっさと帰りたい。
「離してよ!」
しかし、正に中に入ろうとした時、僕の行く手を阻むように、酷く聞き覚えのある少女の声が、耳朶を叩いた。
どうも切迫した叫び声。
ただならぬ様子に、声の発生源であるコンビニの裏に走り寄る。
「ん? 何だ——あ」
そこで僕は、案の定、今は会いたくない人に出会ってしまった。
「いいじゃん。何か悩みでもあるんでしょ? おごるからさ、俺なんでも聞くよ?」
「ちょ、ちょっとやめてよ……っ」
麻色の髪を激しく振り、迫る男を振り払おうとする幼馴染。
思い人がナンパをされていた。
強く手首を掴まれ、顔を顰めて振り解こうとしているなずな。
「痛い、離してよ———あ、陽介、こんばんは」
裏に顔を出した僕に気づいたなずなが、僕だということに気づき、呑気に挨拶した。
「こんばんは」
返事しといてなんだけど、言ってる場合じゃないよね?
僕は面倒くさく思いながら小さく息を吐くと、なずなの手を掴む男を睨みつける。
「——っな、なんだよ」
「その子僕の連れなんで。悩みも僕が聞きますからどっか行ってください」
「——っ」
とりあえず訝し気にこっちを見てきた青年に、そんなことを言っておいた。
こんな言い方をするから僕は友達が少ないんだと分かっているけど、どうもやめられない。
「す、すんません……」
だってこういう時効果覿面だしね。
意外とこういう人ほど強く言われたら引き下がるの速いよね。
僕は気を取り直すと、眉を寄せて手首を摩る彼女に近づき、声を掛ける。
「大丈夫だった? ていうかこんな時間に何してんの?」
「あはは……ちょっと、ね」
言葉を濁すなずな。
言いづらそうに頬を掻く彼女は、いつもの笑みを浮かべていて、どうも空元気に思えた。
大方振られたショックで特に何も考えずに、ふらふらしてたんだろうけど。
聞いておいてなんだと、わかっていながら、ついつい聞いてしまった僕が悪い。
でも、そんな悲しそうな顔してるから、あんな性根のない男に掴まるんだ。
「話、聞かせてよ」
「…………うん。そうだね、どうせもう終わったことだし」
「…………」
「陽介にも謝らなきゃ……」
そう、なずなは似合わない悲し気な笑みを僕に向けた。
長くなりそうなので、一旦分割していますが、一気に読みたいと思ってくれた方は、後編まで出したら一つに纏めたものを出します。
ですので中編は見ずに待っていただけたら幸いです。
これなら連載で短く出せばよかったかな……。