2
「私はこんな風に娘を育てるつもりはなかったんだが」
父は剣を持つ手とは違う手を額に当て、項垂れる。
ファウステルに似た中性的な美しさを持つ公爵家当主である父は宰相として国王の右腕を務めている怖くて恐ろしいと噂されている(あの綺麗な顔でいつも笑顔でいるから恐れられてるらしい)が、私たち家族にはとても優しい父親だ。
こんなやんちゃなアイリスのことも、個性だと受け入れて伸び伸びと育ててくれた。愛されるがわからなかったアイリスが、こんなにも心を開くようになれたのは、父、母、兄がアイリスを心から愛して受け入れてくれたからだ。おかげでアイリスは、暗殺者の記憶がありながらもグレることなく、令嬢としての教養もしっかり身につけた上で、それでも体を動かして兄と稽古をして昔の自分を捨てることもしなかった。
父もなかなかどうして実は凄腕らしく、兄を(こっそり私も)鍛え上げた。文武両道の家系らしく、皆が皆鍛錬を、勉強をすればすぐに結果を出せたので、特に疑われることもなかった。(誰も元暗殺者だなんて思いもしないけど)
「おはようございます。父さま。私はこんな風に育つことができて幸せですわ?」
アイリスはにっこりと父に笑う。
「これで外では完璧な令嬢なんだもんな。わっ!と」
「何か言いまして?」
「こら、アイリス!またどこに隠していたかわからん短剣を投げるのはやめなさい!怖いから!」
後ろにある大きな木に短剣が突き刺さる。
そうは言ってもアイリスは暗器のが得意なのだ。仕方ない。
「私は完璧を目指したわけじゃありませんわ。ただ、貴族の令嬢として、大好きな家族に誇れる私で在りたかっただけですわ。これはただの趣味です。趣味を外で見せる必要がないだけですわ。」
「趣味って…。趣味で殺されそうになる僕の気持ちもわかってくれ」
そう言いながらも大好きな家族と言われて嬉しさを隠せていない兄は結局妹を許してしまう。
「でもおかげで兄さま、今年も武芸大会で優勝するおつもりでしょ?」
アイリスのおかげか、小さい頃から命を狙われて(?)いた兄は妹に対抗するべく鍛錬を重ね、いまでは兄より強い同級生はいないほどだった。ここままいけば兄最強説すら出てくるかもしれない。
「いや、去年優勝してあとがめんどくさかったから今年はもう出ないよ。お前と戦いすぎて一般のレベルがわからなかったから出てみただけで別に強いことをアピールする必要もない。守れればそれでいい。」
「兄さまのその見た目の美しさで強いなんて、世の女性は黙っていないでしょうね。将来が楽しみですわ。私のおかげですわねっっっと」
「だから!」
緩やかに回し蹴りをする妹を咄嗟に避けてその足を掴む。掴んだ足をそのまま相手の回転を使ってアイリスごと放り投げる。一見すると酷い兄の行動だが、それをいとも簡単に受け身を取って軽やかに着地をすることをわかっているからの行動だ。
「不意打ちはやめろって!!!」
そんな公爵家の日常が今日も始まる。