17
「代わるよ。」
まるでダンスのエスコートをするかのようにアイリスの手を引くローランドに、踏み潰していたパンプスの力を緩め、ローランドの元に駆け寄った。
アイリスの腰に手を回して自分の元へ引き寄せると男を蹴り上げ、向きを変える。
仰向けにされた男はごほっごほっと咽せ返る。
「で、誰の指示?俺じゃなくて、アリスを狙ったのはなんで?」
淡々と男に話しかける。
だが男は喉を潰されて話せない。
「あ、ごめんなさい。喉を潰してしまったの。」
それを聞いてローランドは笑いだす。
「ははっ。さすがアリスだ。」
「でも、あなたの婚約者に私が選ばれると困る方がいらっしゃるみたいですわ。だから私を誘拐して、その、いい思いをするつもりだったそうですわ。そしたら、私の人生が終わるからと…」
その言葉にローランドは冷えた目をする。目は笑っているはずなのに、なんだか周りの気温が低い。心なしか寒い。
「へえ。義母上もなかなか面白いことを思い付くんだね。」
そして男の胸を足で踏みつける
「ぐほっっ」
「まぁいいや。今回も義母上の作戦は失敗に終わったことだし、許してあげるよ。」
そして男の胸に剣を突き刺し殺した。
「…えと、ロラン?じゃなくて、ローランド様、」
「ロランでいいよ。」
「いえ、ローランド様、助けていただき、ありがとうございます。」
ローランドはアイリスを抱きしめる。
「ちょ?!ローランド様?!」
「ロランでいい。」
「いえ、そういうわけには」
「ロランでいい。」
「だー!わかりましたわ。ロラン、ありがとうございます。」
「うん。いいよ。アイリス、好きだ。」
アイリスはぼっと顔が赤くなる。
「ちょ?!今言うことですの?!」
「言いたいときに言わないと、アリス、逃げるから。」
「アイリスですわ。」
「もう、紛らわしいからアリィって呼ぶね?」
「なんでもいいですわ…」
アイリスは疲れてもうどうでも良くなった。
「アリィ、俺のアリィ。やっと見つけた。」
ローランドはアイリスの肩に額をぶつけてグリグリされる。甘えているようでアイリスは嬉しくなった。
「よく見つけましたわね。」
「探してたら、殺気感じて、気配を追ったらアリィがいた。良かった。間に合って。」
「間に合ってないですわ。」
「いや、間に合ってたんだけど、アリィがあまりに素早く動くから、見惚れちゃって。ちょっと動けなかった。ごめんね。」
ローランドはへへっと笑う。
「最初からいたんですの?!全然気づきませんでした…」
「これでも4年間、頑張ったんだよ?」
「知ってますわ。騎士団長に勝っただとか、やってくる暗殺者をことごとく返り討ちにしてるだとか。」
「アリィに言われたからね、戦うフィールドが違うって。だから、あらゆる分野を学んだ。暗殺業ももちろん学んだ。ファウスとの打ち合いはほとんどそっち(暗殺)方面だったのが謎だったけど、いまなら理解できるよ。おかげで僕も得意分野なんだ。」
「そうですの…」
ローランドは話しながらもアイリスを抱きしめたまま離さない。逃げようと体を捩るがローランドはびくともしない。
「…くっ。強くなりやがって…」
アイリスは悔しそうにジタバタする。
「アリィより強くならないと結婚できないからね。ふふ、言葉遣いが崩れてるよ?」
ローランドは楽しそうに笑う。
「っもうっっ!わかりましたわ。」
アイリスは思い切り顔を上げてローランドを見る。その瞬間後頭部を掴まれて、片方は腰をがっしり固定され、一瞬の隙にアイリスは唇を奪われた。
「?!」
何度も何度も角度を変えては続く口付け。
会えなかった時間を埋めるかのようにローランドは口付けた。最初は驚いていたアイリスも途中からは力を抜いて身を預け、ローランドの首へと腕を伸ばし、ローランドの口付けを受け入れた。
「っはあ。」
どれだけそうしていたのだろう。どちらからともなく唇を離し、額をつけて目を合わせる。
「アリィ、結婚してくれる?」
「先ほどから全部、急すぎますわ。」
「4年待ったんだ。俺からしたらずっと会いたかった人が目の前にいて、手に入る位置にいる。我慢する必要ないよね。」
「私の気持ちは、無視ですの?」
「俺の勘違いじゃなければ、アリィの気持ちを無視はしてないと思う。」
その言葉にアイリスの顔は真っ赤に染まる。
「なっ!ころっ」
照れ隠しに思わず言いかけた言葉を無理矢理飲み込む。
ローランドはそれを聞いてもとろんと蕩けた瞳をアイリスへ向ける。
「好きだよ、アリィ。愛してる。」
そしてローランドは両手でアイリスの頬を包み込み、笑顔でこう言った。
「君になら、殺されてもいいよ。」
それを聞いてアイリスは驚き目を見開く。
あの人と同じ。でも違う。きっと私も同じだ。彼がどこの誰であっても、目が合ったあの瞬間に恋に堕ちていた。
「ふふ。なにそれ。私の負けです。」
そしてとびきりの笑顔でこう伝える。
「貴方を殺すより、貴方と一緒に生きていきたいと思うくらいには、私も愛してますわ。」
そしてお互いにクスリと笑い合う。
そしてまた、口付けようとお互い近付いた瞬間、2人の間に何かが飛んできて瞬時に2人は離れた。