16
「はあ。疲れましたわ。」
アイリスは王家自慢の庭を散策していた。
兄から揶揄われるのも、父に諭されるのも、母からの微笑ましい笑顔を向けられるのも、いまは耐えられないので逃げてきた。
気配を隠して、誰もいない庭の奥まで逃げ込む。
綺麗な噴水と、その奥にあるベンチを見つけてそこに座ることにした。
真っ赤な薔薇が咲き誇り、誰もいない静かな空気、綺麗な星空、綺麗な庭園、薔薇のいい香り、全てがアイリスを癒していた。
熱った体も少し落ち着く。
「恋愛は…苦手ですの…」
アイリスはひとり呟く。
先ほどのダンスは夢のようだった。そしてローランドも自分に気づいてくれていた。それがなんだか恥ずかしくて、素直になれなかった。
「はあ……」
アイリスは空を仰ぐ。綺麗な星空をずっと眺める。
このまま、逃げてしまいたい、そう思う。
のに、何か気配が近付く。
「はあ……私いま色々考えてるんですけど」
アイリスは溜息をつく。するとアイリスの周りを5人が囲った。ひとりはアイリスの喉元にナイフを突きつけている。
「黙って着いてきてもらう。」
「なんですの?私が公爵家の娘だとわかっていて?」
アイリスは冷静に尋ねる。
「もちろん。それより上からの指示だ。お前が王太子の婚約者にでも選ばれると困る人がたくさんいるみたいでな。なに、殺しはしない。ただ、ちょーっと痛い目にあってもらうだけだ。令嬢ってのは醜聞があるだけで終わりなんだろ?男に誘拐されて、何かあれば、それだけでお前の人生は終わるんだってな。俺らも、こんないい女を相手できて幸せだ。みんなが幸せ。な、だから大人しくしてくれ?」
それ、私は幸せに含まれてないんですけど。アイリスはそう言いたかったがやめておいた。
「私、いま気分がどうにもよろしくなくて、普段なら令嬢だからこの姿のときは大人しくしているけれど、いまはちょーっと気持ちが落ち着いてなくて、どうにか発散したいと思ってたところですの。」
ナイフを突きつけられ、見知らぬ男に囲まれているのに、この令嬢は驚きも、震えもせず、ただ淡々と話している。それがどうにも不気味に見えた。
「お前、怖くないのか?」
「怖くてキャーキャー騒ぐのがよろしくて?そんなめんどくさいことしないですわ。兄さまも駆けつけてくれるでしょうし、その前に終わらせましょう。」
アイリスはナイフを持った男の腕を掴んで足を振り上げ反動でくるりと男の後ろへと飛ぶ。
一連の動きに男が驚いた隙をつき、男のナイフを掴んで男の喉元にナイフを突きつけた。
男は先ほどと逆の立場になっていた。
「なっ」
男は今置かれている状況についていけない。
その隙にスカートの下に手を入れ、太腿に巻きつけたベルトにある暗器を取り出す。
綺麗な足が一緒見えて他の男たちがそれに一瞬目が奪われている隙に暗器を素早く投げる。
「ぐあっ」
男が2人倒れた。男の目には太い針のようなものが刺さっている。
そして突きつけていたナイフを離し、男の膝裏をスパッと切る。男が体勢を崩した隙に背中を蹴り付け地面に顔をめり込ませるように首裏をヒールで踏みつけた。
「ドレスを着るとどうしても目立たない武器じゃないといけなくなって、その分殺傷能力は減りますの。」
ナイフを見つめながらヒールで男の首裏をグリグリとさせる。
「お前っ、なんなんだ?!」
周りにいた残り2人のうちの1人が声を出す。
「私?か弱い令嬢ですわ。人を殺すのは主義に反しますの。でも、私の姿を知られるのも話されるのも困りますの。だから、目と喉、潰させていただきますわ。」
アイリスは笑顔で男たちを見る。その笑顔があまりに美しく、男たちは後ずさった。なにかわからない恐ろしいものを相手にしている気分だった。
「殺せないなら、僕が殺してあげるから、安心して。」
そんな声と共に、周りにいた2人が血を流して倒れていく。
最後の一人が倒れると、そこには剣を持った男が立っていた。
黒い髪に金色の瞳、優しく整った顔立ちの中に強い意志が見える。
「ロラン…。」
「アリス、大丈夫?ああ、いまはアイリスだったね。」
ローランドは美しい笑顔で微笑み掛ける。