13
「アイリス。お前また木の上にいるのか…。」
ファウステルは溜息をつく。
あれから4年が経った。
アイリスは16歳になり、とても美しく、洗練された令嬢になっていた。表向きは。
「あら、だって落ち着くんですもの。」
黒のシャツに黒のスラックス、いつもの服装でアイリスは木の上でぼーっとしていた。ポニーテールが風に靡いて、その美しさは変わらない。
「そろそろ準備を始めないと、メイドたちが泣きながらお前のことを探してるぞ。降りてこい。」
ファウステルはナイフを投げる。
軽やかにそれを躱わしてアイリスは降りてきた。
「妹を下ろすためにナイフを投げるのはやめてくださいませ。」
アイリスは溜息をつく。
「しょうがないだろ。それが一番早い。」
「なら、こちらも容赦しませんわ。」
アイリスも兄へとナイフを投げる。
「うわっと!だから、メイドが待ってる!」
ファウステルはナイフを使って飛んできたナイフを避ける。ナイフはカランと床に落ちた。
「だって、行きたくないんですもの。」
アイリスは珍しく弱音を吐いた。
今日は王家主催の舞踏会だ。
なんだかんだと社交界デビューものらりくらりと躱してきたアイリスだが、これだけは出席しなければいけなかった。
「しょうがないだろ。16歳以上の未婚の女性は全員参加だ。噂だと、王太子の婚約者を決めるらしい。さすがのお前も挨拶はしないといけない。大丈夫。俺も側近としてそばにいるし、何かあればフォローする。お前はただ挨拶をして、いつも通り誰にもバレずに姿を消せばいいから。ついに会うんだな。あいつ気づくかな。」
ファウステルはクスクスと笑う。
「婚約者ねぇ……」
アイリスは呟く。
「ローランドは婚約者を探す気は無いけどな。心に決めた誰かがずっと居るからね……」
じとーっとアイリスを見る。
「ふふ。罪な女もいるものですわね。」
アイリスは笑う。
「ほんとにな。今のお前ならバレることはないと思うが、気をつけろ。あいつ、どんどん強くなってる。」
「知ってますわ。私、別にバレてもいいと思ってますの。兄さまがどうしてそんなにしてまでバレてほしくないのか、よくわからないですわ。」
「そりゃお前……兄さまは心配なんだ。お前が、王太子を暗殺しようとするかもしれないなんて、考えたくもない。」
「いや、私そこまでやりませんわ?!」
兄のまさかの発言にアイリスは驚いた。
「確かに強くなってる噂は聞きますわ。騎士団長に勝っただとか、やってくる暗殺者をことごとく返り討ちにしてるだとか、兄さまとどちらが強いんですの?」
「本気でやったことはないが、あいつのが強いかもな。」
「それはとても魅力て……いえ、なんでもありませんわ。」
ファウステルに睨まれてアイリスは黙る。
んんっと咳払いをしてアイリスは話す。
「それに他にも聞いてますわ。貧民街の改革をして、市井は暮らしやすくなっていると。そして王太子の評判はうなぎ上り。」
「そ。それで王妃に恨まれてる。」
「あら、まあ。」
「それでもあいつをあそこまで本気にさせたのが実は公爵令嬢だなんてな、あいつが知ったらどんな反応するかな。」
「兄さま、実は楽しんでますわね?」
「まあ。バレてもバレなくても、今のあいつならどちらでもいい。今日は楽しめ。どっちに転んでも、面白そうだ。」
ファウステルは腹黒く笑う。
「昔はあんなにバレるなバレるなうるさかったですのに。」
「あの頃は、だ。でも4年だぞ?それも、一途に、お前を迎えに行くために。さすがの俺でも感心する。でも今日の舞踏会で他に気になる女性が現れるかもしれないぞ?」
ファウステルはニヤリとする。本心ではないが、妹の動揺している姿を見てみたい悪戯心だ。
「それは……いやですわ。ころ…んん。そんな男、こちらから願い下げです。」
いま殺すって言いかけた。ファウステルは思ったが口には出さなかった。
「まぁ、冗談だよ。」
「でも、兄さま、私からはなにも言いませんわ。向こうが気づいたらありのまま話しますが、気づかなければそのままですわ。そこまでの男だったとこちらも見切りをつけましょう。」
「そうは言うが、令嬢としてのお前とはイメージが全く違うんだぞ?気づく方が普通はありえない。」
「それでも、私を受け入れるってことはそういうことですわ。ふふ。なんだか楽しみになってきましたわ。」
アイリスはクスクス笑う。そこへメイドが泣きながら走ってきた。
「アイリス様!やっと見つけました。準備をしないと!時間が本当にありません!こちらに!!」
メイドにずるずると引き摺られながらアイリスは自分の部屋へ行く。
そして上から下まで見事に磨き上げられ、アイリスは誰もがうっとりするほど美しい公爵令嬢に仕上げられた。