その子は
一月前、息子夫婦と孫が流行り病で亡くなり、憔悴した旦那は毎日太陽が登る前から庭でぼんやりしていた。
もともとは領地を持つ伯爵家だったが、詐欺にあい領地を全て奪われたのだ。
息子夫婦はそんな伯爵家の屋敷だけでも取り戻そうと慣れない行商をしていたおり、流行り病にかかってしまったのだ。
今となっては名前だけの爵位だったが、そんな昔の栄華にとらわれず、家族で細々と暮らしていれば良かったと悔やまれる。
毎日孫が気に入っていた小さな庭で懺悔をする旦那。
ハンナは、何も言えなかった。
自分のような平民と結婚せず、貴族の娘を嫁に貰っていれば、妻の実家から援助を貰えただろうに。
「私なんかと結婚したばかりに」
凶作に苛まれた年、税収も見込めず、国に納めるお金を工面しようと詐欺にあったのだ。
財産は全て失い。
納められなかった税収を詐欺で失った事から領地を没収された。
爵位もその時に剥奪してくれれば良かったのに、爵位だけが残ったせいで、息子達が余計な夢を見てしまったのだ。
「私なんかと結婚しなければ」
毎日旦那の背中を見ながら懺悔する日々。
私達の時はあの時に止まってしまったのだ。
朝日が登り今日がまた始まる。
ハンナは重い足を立たせキッチンへと向かおうとした。
その時、太陽とは別の方向から眩しい光が射す。
庭の中央、旦那の目の前に小さな人形をとった光はやがて消えていく。
「エトラ、エトラだ。儂の願いを聞き届けて孫だけ儂の所へお返し下さったのだ。おお、神よ。心から感謝する」
旦那はそう言うとその小さな子供を抱きかかえた。
孫とは似ても似つかない綺麗な金色の髪をした女の子。
私達の孫は赤茶色の髪だったのに。
「今、お前の部屋に連れて行ってあげよう」
旦那の目に光が差し、ハンナは否定の言葉を言えなかった。
折角活き活きとなった旦那をまたあの地獄の日々に落とすのが怖くて。
頼りなかった旦那はどこから力が湧くのか子供を一人おんぶすると、孫が気に入って使っていた屋根裏部屋へと連れて行く。
急いでその後を追いかけ屋根裏部屋へ辿り着いた時には、その子供はベッドで寝ていた。
「後は私がやりますから」
そう言って旦那をどけるとその子供の所へと行く。
どう見てもウエディングドレスを着ている少女の指には結婚指輪が塡まっており、こんなに小さいながらも結婚させられた娘に同情のような気持ちが湧いて来る。
貴族の結婚では良くある事らしく、多分この指輪は正式な手順を踏まなければ外す事は出来ないだろう。
自分の指にも貴族の当主用の結婚指輪が嵌めてあるから良く分かる。
貴族が簡単に離婚や不倫をしない為に、指輪を勝手に外せないように、神殿で特別に祝福を授けて作られた物。
言わば、この国の貴族の常識。
それに、両腕の模様のような痕は何だろう。
シゲシゲと見ていると旦那が脇から声を掛けてくる。
「この模様は加護持ちの証だ。それも、2属性となると王族でさえ欲しがるだろう」
加護持ちだなんて、国でも数える位しかおらず、それも2属性持ちとなると伝説の勇者しか歴史上ではいない位だ。
「この子は神に愛され儂達の所へ帰って来たのだ」
「けど、加護持ちだなんて」
「折角戻って来た孫を何処かにやる訳にはいかない。加護持ちの事は秘密にしなければ」
真剣に悩む旦那を見て、この子を手放す気がない事を悟った。
それに、先程の光はもしかしたら神様がこの子を助ける為にここへ送ったのかもしれない。
ハンナは小さな子供に布団をかけるとそっと目を瞑った。
そして、一番大事な過ちをあえて黙認した。
私達のエトラは男の子だった事を。
お読み頂きありがとうございます。
また読んで頂けたら幸いです。