お気に召していただけましたか?
「お気に召していただけましたか?」
静かに行政官様が問い掛けてくる。
曲がりなりにも貴族の端くれ、平民ならその土地の領主が出生や死亡届の管理をしているが、貴族は国が管理する事になる。
旦那さんは息子夫婦の死を受け入れられず、死亡届も出していなかったそうなので安心していたが、看取ったお医者さんが気をきかせて死亡届を出したようだ。
届出人の名前の所の続柄に主治医と明記されている。
「お気に召していただけたのでしたら、こちらの書類へ拇印を」
絶えず笑みを崩さぬ行政官様は私に一枚の紙を差し出す。
一目見ただけでもその書類に使われている紙に魔法が施されているのが分った。
魔法が施された紙、つまり魔法紙は決して違える事の出来ない約束事に良く用いられる物だ。
作成する魔術師の力量でその効力に差は生じるものの、神殿契約と同じ位の責任と義務が生じる。
また、契約時は本人の本名を直筆で記入するか、拇印を押すかの二通りになる。
そして、魔法紙で作られた書類には『ルノー・レンジがカーター商会会長のエトラを全面的に支援する事に同意する。出資に対する配当については、出資率を鑑みてその事業の純利益から配当するものとする。』とだけ書かれており相手の署名欄も拇印のみが押してある。
この内容では魔法紙での契約をするメリットは私にしかない。
ハッキリ言ってレンジ氏に何のメリットもないのだ。
「レンジ氏がワザワザ魔法紙で契約する意味がわかりません。これでは私にしかメリットがないですし、配当については出資していただくのですから正当な報酬です。ワザワザ書面で約束する必要もありません。折角の魔法紙ですが、こんな当たり前の約束を強制力のある魔法紙で行うのはおかしいです。これではレンジ氏が出資したくない事業にも出資をしなくてはいけなくなってしまいます」
黙って契約すれば得をするのは分かりきっているが、日本のことわざで『うまい話には裏がある』と、言うのがある。
そして、何故か私の第六感がヒシヒシとそれを感じている。
「それは、この申し出を断るということですか?」
案の定行政官様は難色を示す。
その隣で私達のやり取りを見ているギルド長が「なんて勿体ない」と絶叫している。
けど、ここは私の第六感と言う女の勘が危険を感じているのだ。
誠意には誠意をとも言う。
「いえ、そうではありません。ただ、出資して頂くかは企画書を見て頂き納得されたものだけにしてほしいのです」
そう言って行政官様を見ると突然行政官様が笑い出した。
「ハハハハハ、合格です」
行政官様は満面の笑みでそう言うと、魔法紙を火の魔術で消し去る。
「レンジ様と連絡がとれる優秀な補佐官を一人、明日にでも派遣しましょう。あくまでも企画書を拝見して事業の手助けと助言をするためです」
「ありがとうございます」
「これからもより良い関係を築きましょう」
行政官様はそう言うと再び手を差し出して来る。
「こちらこそ、宜しくお願いします」
握手をしていると、行政官様の顔が綻んだ。
「ええ、末永く」
※※※※※※※※ここから行政官視点
私の名前はアドルフ。
普段は行政官をしているが、裏では色々な大物との取引もしている。
中には法に触れてしまう危うい仕事もあるが、全ては我が一族の繁栄のためだ。
私には加護はなかったが、代わりにレアなスキルがあった。
それは触れたモノの記憶や考えを視る事だ。
この能力のことを知っているのはごく一部の人間だけだ。
故に、私はこの能力をフルに使いこなし、それを機微にも出さずあらゆるスパイ活動をしている。
今日のターゲット達も何の疑いもなく握手をしてくれた。
商業ギルド長のベイジ
古狸のように色々な人材を上手く使い今の地位を何十年も維持している。
その有能な人材達の情報も手に取るように伝わって来る。
行政官としての私に上手いこと納得して貰って早く帰ってほしいことまで分かってしまった。
ニコニコと笑いながら本当に腹の底が黒い人種だ。
叩けば埃が出るタイプ。
フフフフフ。
そして、本日の一番の目的であるエトラ。
彼女を見たのは先日の結婚式以来だ。
あの時見た感じと今のそれは全然違う、まるで別人のようだ。
実は、これは誰にも言ってはいないが、私には人のオーラを視る事も出来る。
これは元々のスキルの弊害とでも言うべきか、人の能力が何となく見えるのだ。
だから言える。
この娘は明らかにあの時とは違うと。
お読み頂きありがとうございます。
また、誤字報告ありがとうございます。大変助かりました。この場で感謝させていただきます。本当にありがとうございます。
また、読んで頂けたら幸いです。
追伸、執筆のモチベーションアップのため高評価頂けたら嬉しいです。今後も宜しくお願い致します。




