夫となった相手の顔はあまり覚えていないが
料理はとても美味しかった。
何せ、カーター商会自慢の香辛料を使ったのだから。
まぁ、ようはブレンドスパイスだ。
香辛料を好みの分量で作り上げたこのブレンドスパイスはチェーン店を作る上で簡単に本店と同じ味が出せる優れもの。
勿論、それを店舗で売るのも実は今後の展開を考えての事だったのだが、まさかジンさんの方から提案して貰えるとは小さな誤算だった。
ただ、ジンさんにも言った通りドンさんの農業組合に生産を頼んでいる香辛料はまだ軌道に乗っていないのが現実で、本当はヤマタノオロチ討伐後にもう一度検討しようかとも思っていたのだ。
食後のお茶を頂きながらジンさんと今後の打ち合わせを進めて行く。
「実は、ブレンドのスパイスシリーズは今後もう少し種類を増やす予定なんです」
基本的に今取り扱っているのは肉と魚料理に適した物。
今後はサラダや野菜料理に適した物も考案予定なのだ。
「それと、日持ちはブレンドスパイスほどではないとは思うのですが、ドレッシングも考えているところです」
正直に言えばこの世界の料理文化には偏りがある。
何故なら、マヨネーズはあるのにドレッシングがないのだ。
サラダには塩とマヨネーズだけとか、ちょっと味気ない、と、言うより、そろそろ飽きて来るというのが正しい。
「今回の旅が無事に終わりましたら是非ジンさん夫婦を招待してお披露目しますね」
「ああ、楽しみにしているよ。ドレッシングと言う物がどんな物か、実物を早く見たい。聞いたこともないネーミングだが、今までみたいに我々を良い意味で驚かせてくれるだろう。とても期待しているよ」
ジンさんは目をキラキラさせて楽しそうに私の話を聞いていた。
そんなジンさんをユリアさんが嬉しそうに見ている。
「ジンのこんな顔見るのはとても久し振りだわ。エトラさん、ありがとう」
ユリアさんが嬉しそうに私に微笑む。
「いえ、私の方こそお仕事で色々お世話になっております」
正直、カーター商会がここまで早く大きくなれたのはジンさんの力が大きい。
あの時、私に手を差し伸べてくれたのは今にしてみれば身贔屓だった事は分かっているが、それでも感謝しかない。
あの結婚に意味があったのだと今なら感謝出来る。
実の両親の愛はなかったけど、義理の両親からはこんなに愛されているのだ。
夫となった相手の顔はあまり覚えていないが、次に会ったら一応お礼くらいは言っても良いかも。
ジンさんと話をしながら上機嫌になっていた私はそんな事を考えていた。
「この旅が終わったら、またここにおいで。エトラの旅の話を沢山聞かせて欲しい。妻と共に帰りを待っているよ」
優しいジンさんの声に思わず嬉しくなってしまった。
お読み頂きありがとうございます。また読んで頂けたら幸いです。




