聞いてないよ
「大変美味しかったです」
正直に言おう味もへったくもない。
こんな羞恥プレイで、味がわかるわけもなく、半分ヤケクソでケーキを食べた。
いや、厳密に言えば食べさせられたのだが。
「気に入っていただけで嬉しいよ」
レンジさんは笑いを堪えながら定型文のようなセリフを吐く。
この人、絶対に面白がっている。
半分涙目になりながら抗議の意味でレンジさんを見た。
「まあ、冗談はこのくらいで。では本題に入ろうか」
レンジさんはそう言うと使用人達を下がらせる。
「話はモリーから聞いています。私の妻を助けるために来たと」
レンジさんはそう言うと目線を下に落とした。
「失礼でなければ今の奥様の状態をお聞きしたいのですが」
誰よりも奥さんを見てきたレンジさんなら下手な医者や魔術師に聞くより確かだろう。
「妻は今から約10年前から寝たきりの状態です。邪神と言われる力の呪いを受けて」
邪神とは多分ヤマタノオロチのことだろう。
「妻は前国王と現在の国王の妹にあたります。あの日王宮に行っていた妻がこの状態で帰って来た斎には既に手の施しようのない状態でした」
レンジさんはそう言うと私の方を見る。
「前国王はその時に亡くなられており、妻の時間がない事は直ぐに分かった。私の使える全ての魔術を持ってしても妻を回復させる事が出来ず、やむなく時の魔術を得意とする友人を呼び妻の時を止めたのだが」
「どう言うことだよ。俺は聞いてない」
レンジさんの話にレックスさんが険しい顔で反論する。
「お前には何も出来ないから言わなかった。何か出来るか?」
レンジさんの冷たい声にレックスさんは押し黙る。
「実は先見の力のある人からレンジさんの奥様の命がつきそうだと聞きました、それを回避したいがために私は来ました。もしやと思いますが、時止めは完璧ではないのでは?」
相手は邪神なのだ、人の身で完璧に時を止める事は難しいかもしれないと当たりをつけて問い掛ける。
「その通りです。一月で数分の時間が進んでいるらしい。多分このまま行けば後数年持つかどうかも怪しい。私と友二人の魔術で何とか食い止めている状況だ」
だから、レンジさんはここの所表舞台には出て来ないのだろう。
奥さんを置いて長期留守に出来ないから。
「そう言えば、以前私と初めてお会いした時はどのように?」
思わず疑問に思いレンジさんに聞いてみた。
「あの時は魔石に私の魔力を込めた物を媒介に、神官10名を雇い魔術を維持して貰っていたのだよ」
わぁ、結構ムリをさせていたんだ。
申し訳ない。
「お陰で、妻が快適に過ごせるクーラーやヒーターが手に入ったからムリをした甲斐があったと言うものだよ」
レンジさんの優しさにちょっと感謝の気持ちが湧いた。
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