レノル領の神殿
「ここは」
レックスさんが驚いたように辺りを見渡す。
そして、何かを思い出すように苦い顔になった。
私がレノル領で鮮明に思い出せる場所は結婚式を執り行ったこの場所と、その後に行ったあの館だけ。
けど、あの館は今はもうないだろう。
「レックスさん。、早速で悪いのですがレンジさんの所へ案内を頼みたいんです。モリーさんにレックスさんはレンジさんのいる場所は分かるはずとお聞きしたので」
躊躇うようにレックスさんに声を掛けた。
だって、レックスさんの顔が明らかにいつもと違う様子だからだ。
「あの、レックスさん。調子が悪いのでしたら少し休んでからで大丈夫ですよ」
どうせ帰りも転移で帰るのだ。
時間には余裕がある。
「いえ、大丈夫です。気にせず行きましょう」
レックスさんはそう言うと私の前を歩き出す。
けど、本当に大丈夫なのだろうか?
今まで色々なアクシデントがあったが、ここまで顔色を悪くした事などない。
「一応巫女修行で治療の魔術も習いましたのでどうでしょう」
私に治療させて貰えないだろうか?と声を掛ければレックスさんは「本当に大丈夫ですよ」とやんわりとお断りされてしまった。
神殿の外に出ると一台の馬車が停まっていた。
「どうやらモリーさんが連絡してくれていたようだね」
レックスさんは微妙な顔をしながらも私を馬車の中へとエスコートしてくれる。
本当なら自転車で移動しようと思っていたのになぁ。
「レンジさんが居る邸までは馬車で一時間位掛かります」
馬車はゆっくりとしたスピードで走る。
道路は砂利が敷かれており正直に言えばその凹凸から来る振動に悪酔いしそうになる。
ついでに言えばお尻が痛い。
決してお尻の贅肉が少ない訳ではなく、ただ単純に馬車に振動対策のスプリングがないのだ。
移動は何時も徒歩か馬だったので気付かなかった。
それに、ルワールでは石畳が採用されており、凹凸がほぼ無い程に整地されていたので、馬車がこれほど酷い乗り物だとは気付かなかったのだ。
密かにお尻に強化魔術を掛けたのは言うまでもない。
「あの、マルセタの道はみなこの様な感じでしたか?」
自転車で道無き道を走っていた為に、道路など殆ど覚えていない。
「マルセタは基本的に砂利を採用している領地が多いです。逆にルワールはヤマタノオロチの恩恵で大きく平らな石が多く取れます」
ヤマタノオロチの恩恵、そんな物があったのか。
てっきり百害あって一利なし的な存在かと思っていたが。
「ヤマタノオロチの住むと言う山脈はその様な綺麗で平らな石が大量に取れるらしい。生贄を出す代わりのギフトのような物だ」
レックスさんは皮肉交じりにそう話してくれた。
お読みいただきありがとうございます。また呼んで頂けたら幸いです。




