マブダチのキリ
ゆっくりとした動作で取られた手。
とても手慣れた様子で私の手の甲へと口付けをするゼバスさん。
ゼバスさんはバーナードさんと違い、何処か貴族的な雰囲気を見せている。
レックスさんも何となく貴族的な雰囲気があるが、年の功だろうか、ゼバスさんのそれはとても洗礼されている。
「今、この時より貴女はミリア様になります。そのおつもりで行動して下さい」
ピシリと釘を刺されてしまう。
でも実際問題ミリヤの記憶には王女教育とかそういったものはない。
結婚が決まってつけ焼き場の最低限の貴族のマナーだけだった。
けど、それだけでもあの短期間に覚えられたことが素晴らしいと思う位だ。
そして、ゼバスさんはそんな私にニコリと微笑む。
素晴らしい、完璧な紳士スマイルですよ。
申し訳ないが、レックスさんではこうはいかない。
どちらかというと感情を上手く隠せない所があるからだ。
まだまだ子供だというような雰囲気が残っているのだ。
それに対してでゼバスさんはまるで一枚の仮面を被ったように表情が読めない。
これが噂のアルカイック・スマイルなのでは?
「これからルアールの城まで私がご同行をいたしますので、そのつもりで」
そう言って深々と一礼をした。
「とりあえず、今の段階ではお忍びで里帰りをするミリア様という筋書きになります。よろしいですか?よろしいですよね?」
凄い圧を感じる。 私はコクコクと頭を縦に振る。
「よろしい。では参りましょう」
私はゼバスさんに連れられて、バーナードさんとレックスさんが待つ隣の部屋へと戻る。
そこでは既にお茶と茶菓子も揃っていて、私がいないところで既にお茶会の始まっていた。
まぁ、それもそうか。
「支度ができたから直ぐに出発だ」
ゼバスさんの言葉にレックスさんが立ち上がる。
しかし、バーナードさんはというと、そのままソファーに座っている。
「じゃあ、行ってこいや」みたいな感じで手を振るバーナードさん。
そういえば、バーナードさんはここからどうやって帰るんだろうか?
「俺のことは気にしなくていい」
バーナードさんはそういうとポンポンとベルトにつけられた小さなポーチを指す。
「実はよう。俺のマブダチのキリがこれを俺に寄こしたんだ。今回の報酬だと言って、キリは照れ屋だから口には出さないが、俺のことをこんなに思ってくれているとは思わなかったぜ」
ニヘラと笑うバーナードさん。
「もしかして、それはマジックアイテムですか?」
「そうなんだ。なんとこんなに小さいポーチの中に、大型リュック20個分の荷物が入るんだぜ」
どうだとドヤ顔で言うバーナードさん。
「超レアアイテムだ」
いや、えっと、確かにね、この世界観ではきっと凄いことなんだろう。
なので一応「わー。凄いですね。バーナードさん羨ましい」と言っておく。
「俺のマブダチのキリがプレゼントしてくれたんだからな」
いつの間にかキリさんは呼び捨てで、マブダチまで昇格してしまっていた。
まぁ、バーナードさんが幸せならそれでいいんか。
うん。
そういうことにしておこう。
私はあえてツッコミを入れない。
入れずにバーナードさんに「良かったですね」とだけ言っておく。
これが一番の解決策だ。
「それでバーナードさんはこれからどうするんですか?」
と問いかける。
一応私にも良心と言う物があるから。
「俺はまた無限ダンジョンにも潜ろうと思う。なにせあそこでは筋トレし放題だろう。キリの愛の籠もったこのポーチには保存食がいっぱい入っているんだ。それに魔獣を倒してくれば新鮮な肉が手に入る。俺は当分無限ダンジョンに潜って上がってこないからそのつもでいてくれ」
どこまでも脳筋なバーナードさんの発言であった。
それに、多分ですがそのマジックアイテムはクロードさんがキリさんの息子さんに入っている時に作らせた物でコストも経費もそれ程かかっていない事を私は知っている。
成る程、このようにして脳筋男を手なづけていたのだろう。
「ではそろそろ行きましょう。あっ、レックス君、一応言っておきますが、これからエトラさんはミリアと名乗りますので、そのおつもりでよろしいですね」
そう、振られたレックスさんは何故か固まっていた。
おーい。どうしたんだろう?レックスさんに近づいてみるとソファーに倒れ込んでしまった。
「お前、そんな格好で恥ずかしくないのか」
と私を指さしながら抗議するレックスさんの顔は何故か赤い。
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