エトラ髪を切る
「じゃあ、お隣の奥さんには販売をしてもらいましょう。慣れるまでは旦那さんが調理と販売両方を兼務でやって貰って」
そこまで話して大事な事に気付く。
「あの、お隣の奥さんって私と面識ありますか?」
勿論、この場合の私とは本来のここの孫である男の子の方のエトラだ。
「生まれて間もない頃に会っただけだけど、良くお茶をしながら孫の話をしていたわ。ほら、ここってそんなに繁盛していなかったでしょう。お互いに暇でね」
ここは一応表通りだが、あまり人は多くないらしい。
噴水のある大きな広場を中心に海沿いの方が流行っており、内陸に近い方は人通りが少ないそうだ。
故に、暇な時は営業時間内ではあるが、婦人方は気にせずお茶をしているらしい。
「分かりました。では、早速」
そこまで言うと私は一つ大きく息を吸う。
ハンナさんはじっと私の次の言葉を待つ。
「髪を切りましょう」
私の提案にハンナさんはあんぐりとする。
「なんで、こんなに綺麗な髪を」
王女時代蔑まれてろくにお風呂にも入れなかった私だったが、結婚前からはスペシャルエステよろしく、頭から爪先、又は髪の毛の先まで磨かれたのだ。
今は滅茶苦茶綺麗な髪を維持している。
昨夜も貴族みたいな香油なんかをハンナさんが塗ってくれた。
正直申し訳ない。
それに、一日置きに寝落ちもするし、色々自分が自分で残念でならない。
「だって、私はお祖母様の孫のエトラだから。そうでしょうお祖母様」
上目遣いにハンナさんを見れば
「分かったわ」と目を潤ませている。
そして、そんな私に負けてしまったハンナさんは「じゃあ、お庭で髪を切りましょう」と重い腰を上げた。
庭はキッチンの勝手口から出る事が出来て、16畳程の広さの空きがある。
その右脇に少し大き目の倉庫があり、先日ハンナさんが芋を保管していると話していた場所だと思い出す。
結局あの後目が回る程の忙しさに、倉庫の事を失念していた。
髪を切ったら中を見せてもらおう。
ハンナさんは庭の真中に椅子を置いて私を手招きする。
どうやら準備が出来たようだ。
準備された椅子に座ると年季のはいったシーツを巻かれる。
「こうして、たまに孫の髪を切っていたわ。息子夫婦は色々な町を渡り歩いて商売をしていたから滅多に来なかったけどね」
何処か懐かしそうに話すハンナさん。
髪を軽く梳かすとジョリジョリと音を立てて髪を切って行く。
腰まであった髪の毛を一ハサミずつゆっくりと切り落として行く。
「一月前にね、北のヨルドナと言う都市に商売をしに向かう途中の町で息子夫婦は流行り病にかかり亡くなってしまったの。感染性の病だったらしく遺体は直ぐに焼かれてしまったわ」
ハンナさんは一言一言話しながらハサミを進める。
私にとっては男装する為に切って貰っている髪だけど、ハンナさんは何か心の区切りをつける為の告白に思えた。
私は何も言わずにハンナさんの話に耳を傾ける。
「遺体もない状態で、息子夫婦の死を受け入れられない日々が続いたの。そんな時にエトラ、貴女が私達の前に現れた」
パチパチと耳のそばの髪を切る。
心地良い音が響き、やがて散髪は終了する。
「はい。完成よ」
ハンナさんは私に鏡を渡して微笑む。
鏡の中には美少年がいる。
私は椅子から降りるとハンナさんの方を見る。
「私はエトラです。お祖母様の孫のエトラです。お父様やお母様の分もいっぱい親孝行しますね」
ニコリと微笑むとハンナさんは泣きながら私を抱きしめた。
きっと、この人は泣けなかったのだ。
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