満月と湖と精霊
「だいたい食べ終わったので、そろそろ出ましょうか」
私は持っていたスプーンを置くとレックスさんを促す。
勿論レックスさんは既に完食して出された水を飲んでいた所だ。
足りないかな?と思いデザートを追加しようと思ったのだが、とうやらここの店は私の経営指示を無視しているようだ。
会計を済ませると足早にお店を出る。
既にお店の前には馬車が来ており、私達はそれに乗ってレンジさんの別荘へと向かった。
本当にレンジさんの使用人は出来る人が多いなぁと、改めて感心する。
「あっ、そうだ。お腹にまだ余裕はありますか?」
私で丁度良い感じだし、正直玉ねぎが主でお肉類が少なかった。
育ち盛りの男の子には物足りないだろう。
そう思い、私は麻袋に入れていたウカさんのお庭で採れた苺を数個出すとレックスさんへと渡す。
「とっても美味しい苺ですよ」
レックスさんの手の上に置いた苺を、レックスさんはマジマジと見つめる。
「春だから苺ですね」
確かに、苺は春に収穫するものだけど、これはウカさんのお庭で収穫した物だ。
レンジさんと初めて会った時から定期的に苺をキリさん経由で贈っており、ストックを何個か麻袋に入れていたのだ。
「まぁ、ちょっと魔力で育てた物ですのですけどね」
間違ってはいない。
レックスさんはそっと苺ヘタの部分を摘むと一思いにパクリと食べる。
「とても甘くて美味しいですね」
レックスさんの目が初めて子供の目になった。
いや、年相応になったと言うべきか。
「それに、とても濃厚な魔力の味もする」
「えっ」
どういうこと?
「生命力を回復してくれるような、ポーションとは少し違うような、ごめん。上手く表現出来ない」
レックスさんはそう言うともう一個の苺をパクリと食べる。
「とても美味しいってことだけは確かだけどね」
フフフフと笑うレックスさんは、何処か酔ったような顔をしている。
「何か料理にお酒でも入っていたかしら?」
レックスさんの顔は完全に赤くなっており、私はあわてて御者に少し涼める場所がないか聞く。
何となく酔ってしまったレックスさんをケイレブさんに見せてはいけないような気になったからだ。
「後5分程で別荘とは対岸になる湖に出ます。そこで少し休まれては」
御者の進言に是と応えてレックスさんを見る。
ウトウトとしており、やはり何かに酔ったようだ。
馬車は直ぐに止まり、私達は湖の畔で少し休憩をする事にした。
日中に見た時は大きな湖だなぁ、位の感想だったが、こうやって夜に見ると何とも不思議な気配を感じる。
湖の中には満月が写し出され、それが更に不思議な光景に見えた。
「この湖には不思議な伝承があるんです。春の花が咲く頃の満月の晩に湖から精霊が生まれると言う」
ポヤンとしたままのレックスさんが夢心地にそんな話をする。
「それは、また、メルヘンな話ですね」
私からするとこの世界そのものがメルヘンなんだけどね。
「静かに湖面を見ていると、光の粒子が上がってくるそうですよ。昔母に聞きました」
何処か懐かしそうに話すレックスさん。
「もしかして、レックスさんのお母さんって」
何となく聞いてしまう辺り、自分にはデリカシーがないのだと思ってしまう所だ。
「生きてますよ。けど、会えないんです。ずっと療養中で」
「そうでしたか」
取り敢えず生きていてくれて良かった。
ホッとした時、レックスさんが「あっ」と、声を上げた。
私も直ぐに湖面を見ると、光の粒子が下から上へと上がっている状況だった。
「これが、母が言っていた光景」
レックスさんは先程までの眠そうにな声ではなく、はっきりとした口調で驚きを口にする。
光はやがて空一面に広がり、そして一際光輝いたと思ったら、湖の中央へ収縮。
そして、そこから一対の精霊が生まれた。
二つの光はクルクルと湖面の上を回りながらやがてパッと消えていった。
「凄い」
思わずそんなありきたりな言葉が出る。
「本当に、凄いね」
レックスさんは感動して私に同意する。
そして、リュックの中のゴンちゃんがズシリと重くなったのだ。
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