月が綺麗ですね
月明かりを浴びてそう言ったエトラの顔が何故か寂しそうに見えたレックスはその場を誤魔化すように
「今日は月が綺麗ですね」
と笑いかけた。
「今なら手が届くかも」
そう言って笑った瞬間前世の兄を思い出す。
昔、映画好きの兄が言っていたっけ「月が綺麗ですね」は夏目漱石が「I love you」をそのように訳させたと。
あれ、これの返しも聞いていたように思うけど、まぁ、良いか。
ここは地球でも、ましてや日本でもない。
私の知っている前世の知識は意味をなさない。
だから、ここは素直に対応する。
「レックスさんが今を大事に生きて行けば良いと思いますよ」
過去を悔いて生きるより、前に進むほうが良いに決まっている。
「私の故郷の言葉にこう言うのがあります。『罪を憎んで人を憎まず』昔のとても偉い方が残した言葉なんですけどね」
そう言ってレックスさんの手をとった。
「誰しも失敗はあります。私も色々な失敗を繰り返して、後悔して、反省して、そして同じ過ちは侵さないように日々成長するんです」
「失敗を繰り返さない・・・」
レックスさんは私の顔を見ながら呟く。
「そうです。人はやり直せるんです。過去を無かった事には出来ませんが、やり直すチャンスはあります」
「やり直すチャンス・・・」
「そうです。やり直すチャンスです。私も今の人生がやり直しみたいなものです。ですからレックスさんも今から新たな人生をやり直しましょう」
前世の事も、この国へ嫁いで来た事も、全てやり直して今を生きる。
けど、その為の犠牲は見て見ぬふりは出来ない。
「この旅も私の義務だからしているのではありません。私が、今の人生をやり直す為にしているんです。付き合わせてすみません」
私は深く頭を下げた。
そんな私にレックスさんは慌てたように顔を上げさせる。
「すみません。俺の愚痴に付き合わせて、エトラさんの辛い気持ちにも気付きませんでした」
レックスも深々と頭を下げる。
「これからは前を向いて生きて行けるように頑張ります。その為に俺もこの旅を全うしようと思います。ですので」
レックスさんはそう言うとニコリと微笑むと
「これからは俺もエトラさんとやり直しの人生を満喫するように頑張ります。ですので宜しくお願いします」
と清々しい顔で宣言した。
月明かりに照らされたレックスさんのその笑顔に一瞬ドキリとしたのは、前世の兄が言っていた事を思い出したからだと自分に言い聞かせた。
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