我が家の忍者日記
えーっと。
何から書けば良いんだろう?
とりあえず、はじめまして。
今日からこの手記を書きます、公平と申します。
じゃあ、まずは僕が伊賀に来ることになった経緯から書いていきます。
僕と文は大学の同級生で、同じサークルで出会いました。
彼女の真面目で誰に対しても優しい人柄に惹かれて、大学2年から交際を始めました。
大学卒業後に、彼女は地元の伊賀市に戻って公務員に、僕は愛知に残って会社員になりました。それからは遠距離恋愛を続けてきましたが、このたび、晴れてプロポーズが成功して、僕たちは婚約者になりました。
今は来年の結婚式に向けて2人で準備中です。
どうしても地元を離れたくないという文の気持ちもあったし、僕自身も都会で営業職を続けていくのに少し疲れていたこともあり、思い切って会社を辞めて、彼女の地元に来ることにしました。
そして今日、僕はこの三重県伊賀市の地に参ったわけです。
彼女の生家は、地元で明治時代から続く銭湯を営んでおり、そこに従業員として雇い入れてもらい、ゆくゆくは家業を継げたら良いな、と思ってます。
あ!でも、これからの銭湯修行の出来によっては、跡取りになれるかどうか、分からないのですが。
文は子供の頃にお父さんを亡くしているため、彼女の家族は、おばあちゃん、お母さん、大阪にいる弟くん、の3人です。
残念なことに、おじいちゃんは半年前にお亡くなりになってしまいました。
そして、銭湯のお仕事の大部分をこなしていた男手のおじいちゃんが亡くなったことで、遺されたおばあちゃんとお母さんの負担が大きくなり、家業存続の危機を迎えてしまっています。
それも僕が伊賀への移住を決めた大きな理由のひとつです。
大学の頃、文はいつも楽しそうに実家の銭湯の思い出を話してくれました。
まだ付き合う前、サークルの飲み会で隣の席になった時にも。
「おじいちゃんが薬草を使って沸かしてくれる、薬湯はすごいの!切り傷くらいイッパツで治っちゃうんだからね!」
とか。みんなの前で豪語してたっけ。
懐かしい。
あの時話してくれた、彼女の思い出の場所を僕も守っていきたいと思ったんです。
これからもずっと。
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「お義母さん、おばあちゃん、改めまして、公平です。これから、どうぞよろしくお願いします」
「まぁ、まぁ。こうちゃん。そんなに固くならんでええよ」と、お義母さん。
「せやで。これからはウチの子や」と、おばあちゃん。
名古屋のある愛知県と三重県は隣同士の県だが、実はかなり言葉が違います。さらに伊賀市は三重でも関西寄りの方なので、方言の訛りは関西弁に近いです。
「こーちゃん、ほんまに良かったん?こんな田舎に来てくれて。名古屋より不便になるんちゃう?」
お義母さんの直さんに優しい口調で話しかけてくれます。
「いえ、僕は元々、都会の暮らしには向いてないんですよ。山や川が近い方が好きなんです。」
「ワタシも伊賀におりたいってゆって、来てもらったんよ。しかも銭湯まで手伝ってくれるって。ほんまにありがとう」
文が言う。文はいつも感謝を言葉にしてちゃんと伝えてくれる人だ。つくづく生真面目だな、と思います。
「それも、僕が望んだことだから」
「ほんまになぁ、おとうちゃんも喜んでくれてるはずやで。あとちょっと頑張れば、文の花嫁姿も見れたかも知らんのになぁ」
お義母さんがおじいちゃんの遺影を見ます。
おばあちゃんも文もそれに続く。
僕もつられて見上げると、そこにはくしゃくしゃの笑顔で笑うおじいちゃんの遺影。
文に聞いた話だと、ずいぶん真面目で優しいおじいちゃんだったそうです。
足を悪くしたおばあちゃんの代わりに、家業の銭湯の仕事のほとんどはおじいちゃんがこなしていたらしくて。
80歳を超えても、掃除から薪割りまで自分でこなしていたと言うのだから驚きました。
毎日、几帳面に日記を書き続けた人で、おじいちゃんの死後、50冊を超える日記帳が遺されたそうです。
文の生真面目さはおじいちゃんからの遺伝かも知れません。
僕たちはみんなで一緒に鍋を食べました。
銭湯のことは明日以降、おいおい覚えていこう、と食卓を囲みながら話しました。
大学から名古屋で一人暮らししていたので、こういう団欒って久しぶりだなぁ。
これから家族になっていくんだなぁ。
なんて、僕が感慨に耽っていたら、おばあちゃんが僕に話しかけてきました。
「せや。あの人のもんで、こーちゃんに貰って欲しいもんがあるんやさかい、ちょっとええか?」
ご飯の後、おばあちゃんがおじいちゃんの遺品をいくつか広げて見せてくれました。
まず、高級そうな皮の手帳。
うぉー!カッコいい!
僕はこういう革製品が大好きなんです。
「あぁ、それなぁ。多分日記でも書こうと思って用意してたんやろうけどなぁ。使う前におじいちゃん、逝ってもうたさかい。
こーちゃん、良かったら、つこてんか?」
「ぜひ!使わせてください!こういうの好きです」
「でも、こーちゃん、日記なんて書かへんやん。」文が言う。
「うーん、手記とか?」
「それこそ絶対、書かへんやん」
まぁ!書く題材は後々見つけるとして。
カッコいい革小物をゲットできました。
あとは、銭湯の仕事道具もおじいちゃんのものを譲り受けることになりました。明日から僕の仕事道具になります。
ふと、よく分からないものを見つけました。
んー。コレ、なんだろう。
刀の柄のような棒に、握り拳くらいの大きさの水晶玉みたいなものが付いている。
持ってみる。うーん、ずっしりしている。
歯がない刀みたいだけど。
この水晶玉は上にするのか?下にするのか?
僕がその棒?を持っているのを見てお義母さんが笑います。
「あはは、それはこーちゃんには使えんなぁ。
おとうちゃんがつこうてた忍具なんよぉ。
伊賀者以外は使えんよぉ」
「ん?忍具??」
「こら、直。決めつけちゃぁ、あかんで。こーちゃんかて、つかえるかも知らんがな。才能次第やぞ。こんなもんは。」と、おばあちゃん。
「おばあちゃん、それは無いって。伊賀者以外で忍具はもう使えんのやて。
今はおばあちゃんの頃よりも結界が強なってるのよ?」と、文。
「え?結界?なに?なに?何言ってるの?」
うーん。これはどうも忍者ネタっぽい。
三重県伊賀市といえば伊賀流忍者発祥の地として有名な忍者の里です。町おこしにも大いに忍者を使われています。
観光名所に忍者屋敷があったり、駅の名前が忍者市駅だったりします。
控えめに言ってもかなりのド田舎である伊賀市の貴重な観光資源。それが忍者産業です。
とはいえ、真面目な文が、こんな風に地元ネタでふざけるんだなぁ。なんだか意外だ。
きっと実家に帰ってきてテンションがあがってるんだねぇ。
微笑ましくて、思わず顔がニヤけてしまいます。
「あー。ごめん。こうちゃん。これ、忍具っていって伊賀忍の家では代々受け継ぐ的なやつなのね。簡単に言うと武器。」
文が続ける。
「えー?文の家って忍者の家系なの?」
ボクは少しこの冗談に乗ってあげよう、という気になりました。
「文、まだ、こうちゃんに何も説明してないん?」と、お義母さん。
「だから、結界のせいで向こうじゃ何も話せないんだってば。」と返す文。
んー。なんだか、結構、ちゃんとした設定だなぁ。
とりあえず、コレは武器らしい。
僕は手の中の、忍具?とやらを見る。
僕の仕草を見て、おばあちゃんが話し出します。
「それはなぁ。煙刃ゆってなぁ。徳田家が先祖代々受け継いで来た忍具よってに。ウチは火遁の一族じゃで。火の忍具なんよ。」
「え?えんじん?へぇー。おばぁちゃん、もしかして結構、少年漫画とか読むんですか?」
火遁って。ナルトかよ。
おばあちゃんは僕の言葉が聞こえなかったのか、そのまま話し続けます。
「煙刃は仕事にも便利じゃよ?おとうちゃんはそれでよぉ薪に火をつけたったでなぁ。
そうや、こーちゃんちょっとそれ振ってみんさい。」
「ちょっとやめてよ。お母ちゃん。家ん中で。火事になるかも知れんやん。」とお義母さん。
「まぁ、外界の人がすぐ使えるわけないと思うけど?」横から文が言う。
「何ゆーてんの。火花くらい出るかも知れんねんで。」
「あのぅ、お義母さん、僕どーしたらいいですか?」
けっこう、この冗談長いし、設定が混み合ってるなぁー。
「ごめん。こーちゃん、これなぁ。ちょっと、窓開けて外に向けて振ってみ?」
えー。どうする?ここは冗談に乗るフリをしておいた方がいいのかなぁ?
文を見る。
「まぁ、試しに振ってみて。」
と彼女は短く言った。
えー!?この冗談はどこまで続く感じなんだろう??
しぶしぶ僕はリビングのガラス窓を開けた。
ふっと冷たい夜の空気が部屋に流れ込んでくる。
目の前には庭とコンクリートの塀、塀の向こうには隣のアパートだ。
「煙刃」の柄を握る。
「こうちゃーん。煙刃は宝珠が下やでぇ。」
背中からお義母さんの声がしました。
あ、こっちが下なのか。
くるっと持ち替える。
なんだか、すっごい混んだ設定だったなぁ。
どーやって終わらせるんだろう?
なんて考えながらボールを前に投げるような仕草で「煙刃」を振りかぶって、、
ブンッッ!!! と振りかざします。
瞬間!!
湯気と共にものすごい熱風が煙刃から噴き出します。
ドン!!
手元から何かが噴射されたような閃光と衝撃!
手持ち花火の何百倍もの威力で「煙刃」の柄から煙と炎が噴き出して、その衝撃で僕の体が後方に飛びました。
「あっつ!!!」
吹き飛ばされながら無意識に「煙刃」の柄から手を離します。
コツーン、とフローリングに「煙刃」が落ちると同時に、ガラス窓の外から大きな爆発音が轟きました。
窓から見える数メートル先のコンクリート塀が崩れています。
「こーちゃん!大丈夫!?」
文が駆け寄ってくる。
「あかん!向こうの家に被害が出てないか、みてこんと!」お義母さんも真っ青になっています。
「ごめんなぁ。こーちゃん!!怪我ないかぁ!?」
「はい。ケガは無さそうです。」
お義母さんはそれを聞くとガラス窓から庭に降りてブロック塀に向って行きます。
「シュー」っとまだ煙を出している「煙刃」を見下ろしながら、おばあちゃんは興奮しているのか顔が紅潮しています。
なんとなく、嬉しそうに見えます。
「文!この子、忍の血筋なんちゃうんか!?
この火遁なら、すぐにでも代表戦でれるでぇ!」
ん?
代表戦?
忍者?忍具?結界?
ここは?これは?
僕が結婚する人は忍者の子孫??
頭の中が混乱しています。
外が人の声で騒がしくなってきました。
さっきの爆発音を聞いて、近所の方が集まってきてしまったようです。
いくつもの「?」が頭に浮かんできて、全く訳が分かりません。
でも、とりあえず革手帳に手記として書けるような題材が見つかりました。
この手記のテーマは「忍者」になるみたいです。。。