第八話 熱き王国騎士団員
オレたちは魔の森から帰る途中で襲ってきたホーンミラージを三体倒した。
行く道の途中で見つけた川へ立ち寄った。
川沿いに腰を下ろす。そして、ラヴィたん姿のオレはゆっくり足を伸ばし、陽射しを反射してきらめく水面と――、冷たい水に触れる感覚が心地よい。
「まずは、水を吸わせて……汚れを含んだ水は外に押し出して……」
オレの魔力が込められるたびに、ラヴィたんの体表から泥や血がじわりと浮き上がり、水面に薄い膜を作って流れていく。それをさらに冷気で凍らせると、汚れを含んだ薄氷は陽光を浴びて虹色に輝き、パラパラと砕け落ちた。
セシリアがその様子に目を細める。
「ほんと、器用よね。魔法というより、まるで細工師みたい」
「器用じゃねぇよ、効率的にやってるだけだ。それに比べてオメーは……」
オレが言いかけると、セシリアが一瞬で身を翻し、川辺の岩にぴょんと飛び乗った。
「ほら、さっさとやりなさいよ。ラヴィたんがこんなに綺麗になるなんて、やっぱりすごいわねぇ」
その調子でセシリアは手元の水をいじり始めるが、魔力が過剰に溢れ出してしまい、水面が大きく波立つ。
「……ったく、適当すぎだろオメーは」
「繊細な性格してたら、この歳で副団長なんてやってられないわ」
セシリアは肩を軽くすくめ、視線を川面に落とす。陽射しが彼女の髪を柔らかく照らしていた。
「まぁ、そうだな。前団長の推薦ってのが表向きの理由だけどよ……最近はどうだ? まだネチネチやられてるのか?」
彼女は少し考え込んでから、首を軽く振った。
「もうほとんど無いわ。少なくとも寮生の中ではね」
「それは良かったな。寝泊まりしてるとこで気ぃ抜けねーと、心身ともに壊れちまうからな」
オレは彼女の横顔をちらりと見上げる。どこか楽しげな表情――強がっている様子は見当たらない。
――ま、そのまま素直に成長してけよ、セシリア。
はじめは魔法を使って洗おうとしていたセシリアだが、結局、水面に手や足を突っ込み、バシャバシャ音を立てながら泥や返り血を落としている。幸い彼女の腕や頬の傷はかすり傷で、瘡蓋もできないぐらいのものだった。
オレ達は川を離れ、寮へと帰っている。
「魔物のお肉も凍らせて新鮮なまま持って帰れるし、みんな喜ぶかなぁ。ねぇ、ジェリド」
セシリアとの会話はいつまでも尽きない。――まったく、一週間前には剣を交えたばかりだってのに、この調子の良さ。小さい時から面倒みてやってたとはいえ、コイツ、オレのことなんだと思ってやがんだ。
「ちょっと、聞いてる?」
隣でセシリアが頬を膨らませ、オレを睨んでくる。
「あぁ、聞いてる、聞いてる。喜ぶだろうぜ、とびきり上等な肉も手にはいったしな」
凍らせた魔物の肉は騎士寮へのお土産だ。かなり重たいが、セシリアとオレで分けて、鞄に詰めて持って帰るつもりだ。
「そういえば、話は戻るがオメー、もう少し丁寧に魔力を扱う練習しねーか? ぶっ放す魔法は見てて分かりやすいから対策されやすいだろ」
セシリアは、うーん、と唸ったあと、
「わたしの魔法は、バーッて出して、ドカーン! ってするのが基本だからねぇ……」
と、彼女は目をぎゅっと閉じ、両手を胸の前で握りしめたかと思えば、次は小さく唸りながら一気にその手を広げた。
オレは顔をしかめ、深く息を吐く。
「……オメーな、それじゃただの花火師だろ。魔法ってのは、もっと過程を大事にすんだよ。たとえば摩擦とか高圧とか、いろいろあんだろ。そういうのが使えてたら、今回のキャコタウルスとの戦闘でも役に立っただろ?」
「そうね、今回は森の中だったから火炎が使えなかったからね」
彼女は眉尻を下げ、ため息をひとつ吐いた。
「訓練ならいくらでも付き合ってやるよ。オメーの魔力量は信じられねーくらいたっぷりあるんだから、練習し放題じゃねーか。オレにはそっちの方が羨ましいぜ」
尽きない話をしながら歩いてると、いつの間にか王都の東門まできていた。二人が王都の東門をくぐると、すぐに賑わいが広がる。市場の活気、子供たちの笑い声、そしてパン屋から漂う焼きたての香りが彼らを出迎えた。
しかし、ぬいぐるみのラヴィたんが歩く様子に気づいた町の人々は、次々に足を止め、口をぽかんと開けて振り返る。
「……なぁ、セシリア。気づいてるか?」
「なにが?」
セシリアは素知らぬ顔で歩き続けるが、ジェリドが背後を顎で示すと、ようやく人々の視線に気づく。
「あ、そっか。ラヴィたん、やっぱり目立つのね」
「目立つどころじゃねぇ。お伽話の魔物みたいに見えてんだろ」
そんな会話を交わしつつも、オレ達は騎士寮に到着する。
――――――
寮の玄関で、「セシリア、ただいま戻りました」と声を掛けると、中から守衛が姿を現した。
荷物を台車に乗せ、セシリアが先に歩き出そうとした瞬間、彼女の動きが止まる。
ざわざわ……副団長だ、副団長だ、隣の! あれがそうなのか? 見ろ、勝手に動いているぞ! 会話もできるらしいぞ……そ、そんなバカな。 ざわざわ……
「なんだこの空気……やたら暑苦しいな」
汗を拭いながら呟くと、突如オレンジ髪の小柄な少女、まんまるおお目目のアイラが人垣を掻き分けて駆け寄ってきた。
「セシリアさま、お帰りなさいませ」
彼女はセシリアに一礼すると、くるりと振り返る。そして集まった騎士達に向かって胸を張った。
「ねっ、言った通りでしょ! セシリアさまはなんでもできる大天才なんだから」
一瞬の沈黙の後、騎士たちの歓声が玄関を埋め尽くす。
「うおぉぉーっ!」
「すげぇ! 本当に動いてる!」
騎士たちのドヨメキが半端ない。この世で初めて見る魔法に、どの騎士も瞳を輝かせてセシリアを見ている。非常に熱い。暑苦しい。騎士達の興奮の熱気で、玄関内の気温が上昇したかのように感じ、オレは手で顔を煽いだ。
オレの隣でセシリアは視線を泳がせながら、手の平を無意識に握りしめる。周囲の騒ぎに押されるように一歩後ずさる。
「ど、どうしよ、ジェリド……」
弱気な声を漏らす彼女を見て、オレは思わず肩をすくめた。
――オメーが気負うことはねぇよ。……でも、まあ、とりあえず頑張れ。
「魔法の天才さん、さっさと挨拶してやれよ。オレは知らんがな」
オレ達の会話は騎士達のざわめきに溶け込み、消えていった。