第五十八話 帰趨
傾く日差しが木に跳ね返り、柔らかな色に包み込まれた部屋。
セシリアの透き通った声が部屋内の時間をとめた。
言い放ったあとの彼女は紅茶のカップをもう一度手にとり、静かにオレの頭上へと運ぶ。「ふぅ……」吐息の漏れが聞こえた。紅茶の香りを感じて気を落ち着かせているのだろう。
言葉を放つときにオレは背中で感じていた。
彼女のトクトクと荒く速まる鼓動を。
その心音は波が引くかのように、凪いでいく。
王国騎士団の目付役、そして王国三公爵家を前にして、場にそぐわぬ発言。――小娘が、いっちょ前に頑張ったもんだ。
落ち着いたところで自分の紅茶を愉しもうと、オレもカップに手を伸ばす。
ぽふっ……不意にオレの頭に硬いなにかを載せられ、じんわりと温度が伝わってきた。
――ん? 紅茶のカップ、か?
――ちょ、ちょっとジェリド。飲めない紅茶取ろうとしてないで、あなたもなんか喋ってよ。
……って、オレの頭をソーサー代わりにすんな! バカ小娘。
セシリアの声がオレの頭へと直に伝わってきた。離れられない反面、くっついてると魔力も思考も共有できるのは便利なもの。
あらためてオレはセシリアに注目する二人を見る。ロイドは驚きはしたもののすぐに落ち着き払い、リックの口は見つかりもしない言葉を探している様子。
「まぁ、そういうこった。オレらも色々やる事あって忙しいんだわ。悪いな、二人とも」
「……え? いや、あの」と口籠ったあとようやくリックは驚きの言葉を発する。
「えぇーっ! ちょ、ちょっとまって下さい。国王陛下が排除され、国が乗っ取られそうな一大事なんですよ。それ以上に大事なことなんて」
「国王家の一大事。全力で支えなきゃいけねーのは、あんたら貴族の役目だろーが! 王家に忠誠を誓い、国から禄をもらい受けているのはなんのためだ? その役目を、矢面に立つ重責をコイツに、――セシリアに押し付けてんじゃねーぞ!」
「――――」
ハッと目を見開きリックの動きが一瞬とまった。、ロイドは静かに目を閉じる。トクンと跳ねる音を背中に感じると同時に、オレの腹に回るセシリアの左腕に力がこもった。――悪かったな、つい声を荒げてしまったようだ。
少し無言の時が過ぎたが、オレは穏やかな口調に戻し、話を続ける。
「でも……まぁ、陰ながら応援ぐれーはしといてやるよ」
「なっ? ――セシリアさん! あなたも騎士としてこの一大事に、どうなのですか」
オレを凝視したまま時が止まっていたリックが、机に乗り出し、視線をセシリアへと向けた。
「…………え、わたし? ――はい、応援しておきますわ」
こちらも時間を開けたものの、他人事のように言ってみせた彼女は、オレの頭にぽふっと載せていたカップを机のソーサーに載せなおした。
――これでいい。
ロイドは、セシリアさま抜きでも代わりはいくらでも用意できるのですが、と前置きしたのち。
「ふむ……しかしながら、この一大事。要請を無視し、自分のやりたいことを通すなど、我々を裏切るようなもの。我々と敵対するとみなしてもよろしいのですか?」
――ロイドめ。
普段から穏やかであるはずのロイドだが、眼光鋭くセシリアへと視線を突き刺す。
「話の捉え方はそちら――」
「ジェリド殿に聞いてはおりません」
ロイドがオレの言葉に割って入り、ひと呼吸おいたのち続ける。
「――セシリア様は、それでも本当によろしいのですか?」
ゆっくりと胸を大きく膨らませるセシリアを背中に感じ、「ふぅ……」と、吐息の音が聞こえたのち、
「それでもわたしは、わたしには。――譲れないものがあります」
「――――」
「大切な人を守るため。――救い出すため。そのこと以外、いま構っている余裕なんてもてません。そのことにより、たとえ騎士の称号を奪われようとも」
――っ! セシリア……。
「ふむ……お聞きしても?」
「ちょっと待て! さっき敵対するとか言ってたろ。そんなヤツにこちらの急所になり得ることをペラペラ話せるわけねーだろーが!」
またしてもセシリアの右腕にキュッと力が籠る。――いかんな、つい声を荒げてしまう。
「……それもそうですな。――先程の言葉は撤回させてください、セシリア様。私は貴女を応援することはあっても、害を為す事など致しません。ここでお約束いたしましょう」
「あ……ボクも味方ですよ。今はセシリアさんに王国の為に動いて欲しいというのは、是が非にもお願いしたいのですけどね」
「え、えーっと。そんな……約束だなんて」
――ど、どうしよ。ジェリド。
オレとセシリアの頭の中で直接のやり取りが始まった。
――話してやってもいいんじゃないか?
――え? でも……。
――ロイドは敵対しねーよ。オメーに対してはな。
――…………。んー、なによそれ? まぁいいわ。
セシリアの頭に疑問が残るようだったが、結論がでた。
「わかりました。リックのことも、ロイドさんのお約束も信用します。――わたしが今、なすべきことは……」
「その前に、この話はここの四人だけの話だ」オレはセシリアが中身を話す手前で遮った。
「えぇ、もちろんです」ロイドはこの部屋の人払いをした。
「――この場に居る四人だけだ」
オレがもう一度言うと、ロイドは席を立ち、部屋を回る。「え、え? 誰か聞いてる?」とリックがキョロキョロする。
そして、ロイドはなにかを回収し、室外に持ち出した。
こうしてセシリアは、オレ達の抱える問題を話しを続ける。魔邪の結晶のことに関してロイドがどこまで知っているのかわからない。そのクリスタルが巨大な魔石であることは伏せさせた。ロイドも知っているのかもしれないが、その情報によって魔邪の結晶柱利用しようなどと策を練られては厄介なことになる。
「ほう、なるほど。ジェリド殿の身体的現状と、魔邪の結晶柱の少女を救い出したい、と。――なにか解決のあてはお有りなのですかな?」
ロイドから質問されるが、オレ達には答えることができない。現状を打破するため、何をどうすれば良いのかすら見当たらない。
手掛かりすら全くないないのが現状だ。
「――――」
沈黙する時間に比例して、重い空気が部屋を包む。
「……わかりました。では、セシリア様の抱えている問題は我々がお預かりしましょう。解決する役目を、我々王国騎士団や繋がりのある全ての情報網、そして三公爵家のうちのひとつジャスパー家に協力を仰ぎましょう。もちろん秘密裏に、ですが」
「うん、タンジェリン家でも、ボクの配下の諜報部隊を協力させることにしよう」
「どうですかな? 我々が優先したいこととセシリア様が優先したいことを交換するのです」
クレアひとり、何十年もかけて探しあてられなかった解決作。しかし、ロイドの言うように、それだけの情報網を駆使すれば、真っ暗闇の中に光明が差すかもしれない。
オレ達だけで手掛かりのないなかを模索するか、や大貴族やロイドたちの情報網を駆使して解決のいと口を見つけ出してもらうのか。この件、人任せにしたくはない。
しかし――。
オレ達はロイドの案にのってやることにした。
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★ 後書き
ジェリドもセシリアも【騎士】の称号を得て、そのの禄は国から支給されています。しかし、それは働きの対価としての禄です。また、【騎士】は栄誉称号であり一代限り。爵位とは違い、領地ももちろんありませんし貴族でもありません。
公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の称号までが貴族として、国から働きの対価ではなく、家や称号そのものに禄が支給されています。それとは別に領地からの税も得ます。
もちろん騎士も叙勲の際、国に忠誠を誓っていますが、それは形式的なもの。職業として給料をもらうためのものです。
市民には【騎士さま】と呼ばれており、心底王家に陶酔している堅物騎士もいますが、だいたいそんな感じで、騎士団員も貴族たちにもわかっていることになっています。




