閑話 リューグの入団 ☆リューグ視点
「は? 子爵家長男のこのオレが、平民に混ざり、騎士として鍛錬するだと!」
オレは騎士団を訪れていた。再来週から入団する場所を見ておきたかったのだ。土地持ち貴族家の後継が体験入団し、指揮を学ぶことはよくある。数ヶ月間、大隊長クラスと行動を共にして学び、領地の指揮系統に活かすためだ。
オレの隣には側仕えのメイガン。騎士団内部にも詳しい、騎士団マニアの彼を選び、連れて来た。オレより五つ年上の二十歳だ。
「はい、リューグ坊っちゃま。なんでも旦那様の強い意向なのだそうです」
子爵令息訪問の先触れとして派遣していた側仕えのメイガンは、赤茶色の眉尻を下げ、困った表情で報告してきた。
――ピシリ、胸の奥底に眠る不安が鋭く尖り、防壁に音を立てる。
「どういうことだ、まさか……」
――まさか父上に見限られた? オレを廃嫡し、弟の護衛騎士として付けるとでもいうのか。
騎士として騎士団へ入るのは爵位の継げない貴族家の次男以下や庶子ばかり。さらに、前団長アルバート様の改革により、大隊長以上の推薦があれば騎士見習いとして平民ですら騎士団に入ることもできる。貴族家の者が平民と共に鍛え、競い合うなどと――。
「あ、いえいえ、坊っちゃま。サンダース家は領民との距離感が近く、民たちが子爵さまのために尽くす気質ゆえ、跡を継ぐ坊っちゃまにも、平民の気心がわかるようになってもらいたい。とのことらしいですよ」
オレが悪い想像を言い放つ前に、メイガンは勢いよく言葉を紡ぎ、塞ぎ止めた。……常々抱えている、言い表せない不安がオレの顔に出ていたのだろうか。
「平民の気心だと?」
――父上はぬるい。そんな考えだから、領民になめられ、領地の施策が甘くなるんだ。オレならもっと効率よく発展させられるのに。
「坊っちゃま、あまり貴族としてはよろしくない表情をしてらっしゃいます」
「わかった、わかった。高貴な一族、貴族として中身を磨け、従うに値する人物なのか、常に見られていると思え。だろ」
――日頃から父上に言われていることのひとつだ。
「はい、お仕えしたいと思わせる在り方を、坊っちゃまは求められていますし、持ち合わせておいでです」
騎士庁舎の階段を降りるなか、騎士達が足早にオレ達を追い越し、通り過ぎる。その中には平民出身の者も混ざっているのだろう。
家柄により騎士団内での上下関係が決まっていた昔とは違い、今の騎士団は実力でのしあがることも可能だと言われている。それ故に、家督の継げない次男以下の者だけでなく平民も訓練に励み、互いに切磋琢磨し、王国の誇る盾である為に励む集団。
それが現在の王国騎士団である。
オレはため息を吐き騎士庁舎を出た。屋外訓練場へと続く、花の手入れがされた中庭を歩きだす。
いまから屋外訓練場にて朝礼後、仮想小隊に別れ六人対六人、実践形式の訓練が行われる。これは面白そうだ。今日一日、見学の許可はとってあるので、観に行くことにした。
――――――
オレたちが中庭を歩いていると、建物の廊下を女性騎士が騎士数人を引き連れ、通り過ぎた。
「坊っちゃま、あれが最近副団長に就任したセシリア・アルデレッテ副団長ですよ。――姿勢良く歩くさまといい、凛としていて華がある御方ですね」
なるほど確かに見目麗しい。歩みに合わせて揺れる髪は黄金色の光を放ち、周りの全てを惹きつける。そんな魅力を持っている。
無表情に前を見据えカツカツと歩くさまは、美しい人形のようだった。
「あの歳で副団長? ……アルデレッテ家、聞かぬ家名だが」
――王都内に屋敷を構える貴族家はおおよそ見当がつくが、地方貴族の家名までは把握しきれてはいない。
「元々は教会施設の娘だったようです。なんでも、前団長アルバート氏が連れて来たのだとか」
「なに! 賎民だと?」
「坊っちゃま、お声が……あちらに聞こえてしまいます」
「いや、しかし何故、そんな卑しい存在が副団長などと――」
オレは小声で呟く。どう考えても、あの歳で貴族ですらない者が就ける立場ではない。
――教会施設育ちとは、身寄りがなく、領民からの施しを受け、育てられる子供のことだ。成長したとしても、良くて何処ぞの商人や農家に引き取られ利用される。だが、多くは犯罪に手を染めたり、犯罪組織に雇われ利用されている。
領民のお情けを受けて育っておきながら、恩を仇で返す唾棄すべき人間だ。いや、我々貴族と同じ『人間』と一括りにされることにさえ、オレは嫌悪感を覚える。
「副団長だったマルコム氏が団長となる際、アルバート氏が団長を退く条件として、セシリア氏を空きのでる副団長にした。と聞いています。出自はともかく、あの美貌です、就任の裏で何があったのか様々な憶測が騎士達の間でも飛び交っているようです」
「そうか……だろうな。卑しいものの考えそうなことだ。見ていて吐き気がする」
「坊っちゃま」
メイガンは目を閉じて、ゆっくりと顔を横に振り、オレを制止する。
「――ふっ」まぁいい。おそらく皆が思っていようこと。わざわざ声に出す必要はない。オレたちは見学のため、屋外訓練場へと向かった。
王都詰めの騎士1500名ほどが各部隊の騎士服を纏い、屋外訓練場に集まる朝礼は圧巻だった。
団員たちに目を向けるマルコム団長、モーザ副団長、セシリア副団長がそれぞれ騎士団の現状を告知し、皆に発破をかける。なかでも秋の澄んだ青空の下、透明感のある声が響くと、神聖な場に立ち会っているかのような空気に包まれた。
表情を消したセシリア副団長の立ち姿は、あるはずのない気高さすら感じさせる。
「ほぅ……――っ!」
あろうことか一瞬とはいえ、子爵令息であるこのオレが、不覚にも見惚れた。
「気品溢れる神々しいまでのお姿、あれがセシリア副団長、この国を守る盾。騎士団と関係のないわたしまで誇らしく思えてしまいます」
――メイガン、先程話していたことはどうした? この空気に呑まれたか。
朝礼が終わると、訓練で残る騎士達以外は、それぞれの持ち場に散っていった。
――――――
騎士たち実践形式の訓練は非常に激しく、見学だけでは満足出来ないと、オレの体が疼くほどであった。
いまは、他のグループを寄せ付けなかった二つの隊がぶつかっている。
火炎弾や氷の矢、紫色の結晶を敵陣に打ち込めば、相手は地の魔法の使い手が土の壁を盾に全員を守り、その土壁を敵陣へと向かわせ、前方へ押し付ける。
更にその後ろにもうひとつ土壁を作り、二つの波のように相手側へと向かわせていた。
――魔法アリの全力勝負とは、面白い。両陣営ともに素晴らしい魔法力を駆使している。
ドンっ! 相手は迫り来る土壁に放出系の魔法を打ちつけた。押し寄せたひとつ目の土壁はバラバラと砂煙をあげ、崩れ落ちた。
しかし、崩れ落ちる壁の影から二つ目の土壁が迫っていた。
ダンッ! ひとりの大柄な剣士が腰を落とし、地面に己の足を打ち据える。
彼は剣を己の肩越しにググッと引き絞る。
剣の先には魔力の揺らめき。刺突の構えだ。
うおぉぉーーぉおっ! 気合いそのままに、後方に引き絞った剣を目いっぱい伸ばし切り、土壁に突き立てた。切先にハンマー状の魔力を付与させた力の籠った一撃。
ドゴォォッ! 崩れ落ちる土壁。
舞い上がる砂煙のなか三名が突進!
前方に居るはずの相手に打ち掛かる。しかし――、
相手方のひとりが、壁を壊された音に紛れさせ、爆破魔法を放ち、爆風の威力で既に二人を上空に飛ばしている。
砂煙のなか、闇雲に突進する相手に上空から剣を構え、突き落とす。その剣には相手を叩き潰すのに、十分過ぎるほどの魔力が込められていた。
「マズいっ!」
オレは咄嗟に身を乗り出し、つい、声を上げた。あのままぶつかれば、双方が無事では済まない。
「それまでっ!」透き通る声が響く。
ドンッ! 魔弾の放たれる音が鳴り、黄金色の髪が低い姿勢で砂煙の前へ飛び込んだ。一瞬の出来事。
カカカッ! 金属音が三つ。
勢いよく砂煙を飛び出した三名の剣が、女性の持つ二本の剣でピタリと静止している。
セシリア副団長だ。その背中合わせにモーザ副団長が残りの相手を静止させている。
上空に居た二人は――、火炎弾に弾き飛ばされて、地面に、激突した。空気を切り裂いた副団長の動きが今になって辺りに風を起こし、オレの髪を撫でていった。
「な、なんだ、あの動きは……」
ゴクリ、オレはゾワっと背中に寒気を覚え、ツバを飲み込んだ。
「お嬢、火炎弾で吹き飛ばすんは、ちょっとやりすぎや」
「モーザ副団長、お小言は後で聞きます」
モーザ副団長の言葉を受け流すセシリア副団長。目を伏せ、落ち着き払った表情で剣を鞘に収め、元の位置に戻る。そして、
「皆、力の籠った良い訓練でした。これからも王国の繁栄のため、領民のため、日々、鍛錬に励むこと! 救護班は直ちに倒れている者達に癒しと手当てを」
セシリア副団長は訓練を締める。マルコム団長とモーザ副団長が訓練場をあとにしてからも、最後の一人が訓練場を去るまで凛とした表情を変えずに様子を見ていた。
オレ達は昼前に騎士団施設を後にし、帰路へと着いた。
――――――
オレは未だに身震いが治っていない。剣を学ぶ者として、血が騒ぐのだ。
「坊っちゃま、今日はとても良いものを見せてもらいましたね」
「あぁ、武のもの同士が全力でぶつかりあう姿は、オレを熱くさせる」
「そうですね。そして、セシリア副団長。平民出身とはいうものの、立派に見えました。中身も相当しっかりしていらっしゃるかと思います」
「それはどうだろうな、見せかけなどなんとでもなる。そのうち平民のボロがでるんじゃないか」
「かもしれません。内面に卑しい心があれば、表面に滲み出てくるものでしょうから。逆にいえば高貴な一族、貴族でも心が卑しいならば綻びが出てくるものです。リューグ坊っちゃま、旦那様の仰る言葉、お忘れなきよう」
――高貴な一族、それが貴族だ。己を磨き上げ、貴く価値のあるものであれ。いついかなる時も、決して心が卑しくあってはならぬ。……か。
「心配するな、メイガン。玉石混淆する騎士団にて、サンダース子爵嫡男が、周りとの違いをみせつけてやる」
オレは決意を口にする。パチッパチッ! 握りしめた拳に電撃が弾けた。
「その言葉を聞けばきっと、旦那様もお喜びになりますよ。さぁ、帰って剣の訓練をいたしましょう」
考えのぬるい貴族家次男ども、ましてや平民などにこのオレが遅れをとるはずはない。しかし、セシリア副団長か、あれも平民だという。――面白い。
再来週、オレは騎士団へ入団する。
奥底にあった不安はなりを潜め、オレの胸は期待と弾む心で熱を帯びていた。
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★ 後書き
「はぁーーっ! 緊張したぁ。朝礼とかってどうしてもまだ慣れないのよねぇ。――アイちゃん、わたし、ちゃんと副団長っぽくできてたかな?」
「はいっ! とーっても良かったのです。でも、ちょっと緊張していらっしゃって、お顔の表情が固くなっていたみたいなのです」
「は、ははは、やっぱり。――そうよね。自分でも顔がこわばってるなぁって思ってたの。周りを見なきゃいけないのに、気がついたら遠く、前だけ見てたりしてたし」
「はいっ! その時はお人形さんみたいでした。普段のお顔も、緊張してらっしゃる時のお顔も、両方とも素敵で、わたしは大好きなのです」
――ふふっ、最後まで訓練場に居てやったったわ。これでモーザ副団長のお小言は聞かなくてすみそう。あの人も忙しいでしょうしねっ。




