第五十二話 魔物崩れ
目指すはノーガス村の北東、魔の森との接点。
クレアが結界を張るまでの時間かせぎ。トムを残してオレ達は急ぐ。無駄にカッコいい男、リックたちは同行していない。
地鳴りのような音が遠くから聞こえてきた。
「セシリア、急げ! 村の中に入れるなよ」
オレは耳を風になびかせ、急ぐ。
「ちょっと黙っててジェリド。あなたは走ってるわたしに掴まってるだけでしょ」
まぁ、確かに掴まってるというか、抱いてもらってるというか。おそらく、オレが飛び跳ねながらでもセシリアと同じぐらいか、それ以上に速いだろう。しかし、ちょっとしたことでオレとコイツが離れるリスクを考えると、そのことは内緒にして、くっついている方が良いと考えた。
「ゆけ、我がしもべよ!」
「――――」
あ、無視モードに入りやがった。あんまり言うとホントに怒りそうだ。
進む途中にも村の男たちが家から武器を手に飛び出していくのが見える。北東の魔の森に近づく。建物や樹木で先は見えないが、ドドドと地響きが聞こえてきた。その音がこの村に迫る危機の大きさを示していた。
魔物の突進――、それも相当な数だ。
オレたちは木々をかわし、並ぶ平屋の建物をどんどん抜けて進む。
村の端の家屋をかわし、目の前が開けた。
ゴゴゴォーッ! 木々を巻き込み、斜面そのものが崩れ落ちてくる。想像を上回るその光景に唖然とする。
まるで、山崩れだ。
村との境界に男たちが並び、剣、槍、斧を手に構える。その後方の幾人かが矢を放っているが、この大群相手になんの意味があるだろうか。
「オメーら、逃げろーっ!」
「あなたたちは下がってて!」
村人達に、オレは精一杯叫ぶ。セシリアも同様に叫んだ。見ればわかる、抵抗してもすぐに飲み込まれるということが。オレたちは村の柵の前に出て、ここで迎え打つことにした。
――この大群を防ぎ切れるのか。オレはセシリアの胸から飛び降り、ムーア三兄弟から預かっている背中の剣を構えた。
「セシリア様、冷静な判断をーーっ! いくらセシリア様でもこの勢いを止めることは不可能かと。ある程度のところで、こちらも引くべきかと存じます!」
いつも熱苦しいマイクが、相変わらずのでかい声で、イヤに冷静な助言をする。
オレはそんなマイクに構わず、剣を逆手に持ち魔力を込める。剣が蒼白い光に包まれた。
そのまま力いっぱい剣を上から地面へと突き刺す。
オレの魔力は地面の水分を凍らせ、迫り来る魔物へと一直線に走る。そこからV字に二手に分岐させ、巨大な線を描きながら、地面の水分を使い、V字型の壁を作った。
うおぉーーぉおっ! オレは全魔力を流し込む。
渾身の力で広く、高く、そして分厚い氷の壁を完成させた。魔物たちは斜面を駆け下り、氷に迫る。勢いは止まらない。
「セシリア、魔法攻撃準備、あの氷の角に集中しろ! マイク、土の魔法であの氷の側面を補強してくれ!」
セシリアは意識を集中させる。その間、オレは彼女にくっついて魔力を貰いつつ、更に氷を強化していく。
V字の端では、グォォーーォオ! 魔物が咆哮をあげ、激突した。その間もドドドと音を立て、こちらの対応を急き立てる。
「いいか、魔物が集まるところ、氷の壁を熱で溶かせ」
激突した魔物は氷の壁に身を当てたまま滑り、V字に沿って中心部へなだれ込む。魔物たちは狭くなった空間を、お互いぶつかりダメージを受け、犇きあい、勢いを弱めつつ、中心へ。
――ぐっ! 氷に掛かる圧力が魔力を逆流し、オレに伝わる。
オレは氷が負荷に耐えられるよう魔力を注ぎ続けた。マイクも氷の側面に土を盛り重ね、受け止める様に補強する。――そして、セシリアに指示を出す。
「V字の角をねら……、――っ!」
オレが言葉を発すると同時に、ぶわっと熱気の籠る魔炎がオレを撫でる。――熱っつーっ!
斜め後ろを見ると、既に爆炎を発し、右腕を掲げるセシリアの姿がそこにあった。
彼女の手のひら上では、火球がどんどん大きさを増していく。
――やけに落ち着いた表情をしてるじゃねーか。
オレの視線に気がついたセシリアは一度こちらに目を向ける。彼女の口元が緩んだ様に見えたが、すぐフンッとそっぽを向き、そのまま魔炎の生成と軌道イメージに集中していた。
――コイツ、発動時、わざとオレに魔炎を触れさせたな。しもべ扱いしたこと、根に持ってやがる。……ふっ、やれやれだ。
セシリアは一度高く右腕をあげると、滑らかな動きで氷の壁に向ける。大きくなった魔炎弾の標準を固定するように、左腕を右腕に添えた。そして――。
「やぁっ!」状況に似合わない澄んだ声音を発すると、たちまち大きな火球がゴォーォオっと音を撒き散らし、勢いよく氷の壁へと向かった。
「バ、バカ! 衝撃を与えると、壁全体にヒビが入るだろ!」
オレは衝撃に備え、氷にヒビが入ってもすぐ水分を差し込み強化できるよう、魔力を注ぎ込む。しかし――。
衝突手前で急に火球の速度が落ちた。「あぁ、ダメ!」セシリアが呟く。同時に「えいっ! えいっ!」と、小さな火球を次々と打ち込んだ。
氷の壁ほんの少し手前で大きな火球が止まった。
「とどいてーっ!」小さな火球をぶつけ、大きな火球を転がし、氷の壁に押し当てる。ジジジィーーっと、凄まじい音を立て、氷がどんどん溶けた。さらに小さい火球を当てて押し込む。氷を溶かしながら火球は進み、氷のV字の角に大きな穴を開け広げる。
火球は壁の向こうの魔物を焼いて消滅した。
「来るぞ、セシリア。あの氷の隙間を通る魔物に集中砲火だ!」
セシリアが火球を次々に発射、弾幕を展開。
氷の壁の出口から魔物が溢れ出てくる。しかし、魔物たちはなす術なく、そのままセシリアの火球にその身を貫かれ肉塊の山が出来上がる。
「弱い魔物ばかりで助かってるわね。洞窟にキャコタウルスが来てたから、こっちにも強い魔物が来るかと思ってたけど」
「あぁ。仕組んだやつも、そこまで強い魔物を何体も誘導するのは無理だったんだろ」
次々に魔物の瘴気が抜け、肉塊に変わる。その数は百を越えた。魔物の勢いが徐々に収まる。
氷の壁は川のダムのように魔物を堰き止めていたが、やがて、魔物を食い止めるのにも限界がくる。氷に当たった魔物はツルツル滑り、中央から出てきてはセシリアの餌食になっていたが、
「魔物が壁を超えてくる、村への侵入を阻止しろ!」
氷の穴の周辺で動かなくなった肉塊を踏み台にし、壁を乗り越えてくる魔物。それを迎え撃たんと村の男たちが矢を放ち、抜けてくるものをリューグ達が仕留める。手が足りなくなってきた。そこへ――、
ドドドドッーっと壁の向こうから大きな音が近づき、やがて消えた。オレの頭の中で警鐘が鳴り響く。
ヒュンと小さく風を切る音が聞こえた。
慌ててオレがセシリアに飛びつき、跳ね飛ばそうとしたその時。
オレは何者かに首根っこを捕まれ、後方に飛ばされる。
ビュンッ! 次の瞬間、オレとセシリアが居た場所に黄色く太い鞭のような何かが横切った。
「セシリアーーッ!」
「え、なに?」
……良かった、無事か。セシリアもオレと同じように後方へ飛ばされ、尻餅をついていた。そしてオレたちに、それをしたとみられる男女。
「すまん、必要ないことをしたようだ」男が口を開き、オレに目で謝罪の意を表す。
無駄にカッコいい男、リックと一緒いた、おそらく護衛の男だ。――そういえば初めて声を聞いたな。
「いいえ、確実に守るにはあれで正解」女が小声で呟き、後ろを振り返る。腕を組み、遠くを見ているリックが居た。――こうして真面目な顔をしていると、無駄に凛々しいな。
「クレアさんの準備ができたそうです。誘導された魔物をこれだけ減らせば、あとはなんとかなるでしょう。――みなさん、早く村の中へ戻りましょう」
リックが最後に、ひときわ大きな声で皆に呼びかけたその時、村の中心から波のような一陣の風が吹き渡る。
それは涼やかな心地のよい風。
キンッ! と、周辺に硬い音が響く。
音に振り向くと、村の境界に緑色の空気の壁。
いや、半球状に、巨大で透き通った緑の層が、村全体を包み込んでいた。
「オババさまの結界だ、中へ入れーっ」村の男たちが一斉に駆け出した。




