第四十九話 スプラッシュマウンテン
「わーっ! スッゴいのです! さすがパパさまなのですーっ!」
「父さま、だろ? アイラ。――ったく」
「おぉーっ! こりゃ最高っすね、姐さん。速い、速い! これなら魔の森を抜けるのもすぐッスね!」
「あ……、えーっと、トム。やっぱりその、姐さんって呼び方、なんとかならないかしら?」
「うぉぉおおおーーっ! 流石はセシリアさまです! ぬいぐるみにジェリド様を降臨させ、利用するとはっ! 感動のあまりわたしはこころも身体も、総ての……」
「おい! 誰か、そのでっけーやつ黙らせろ! 気が散る。速攻でノーガス村まで下るぞっ!」
燦々と降り注ぐ夏の日差し。
青い空に白い雲。
輝く川の水面の向こう、風に踊る緑の森。
キラキラーっと、水飛沫が跳ね上がる。
「うおおぉぉぉおおっ?!」「きゃーーっ」「いっけーっ」「はわわわっ」
はしゃぐのはマイク、セシリア、トムにアイラ。
光を透過し、煌めく氷の船が、川の流れに乗って一気に下っていく! オレの魔法で操縦だ。
「……」
「あぁ、急がねば。じきに魔獣が、ノーガスに到着するじゃろうて」
はしゃぐ面々を他所に、クレアは緊張の空気を発していた。いまはそんな悠長に構えている時間は無い。急いでノーガスに行かねーと、あの村が魔物の群れに襲われる。
船の操舵を行なっているオレは、セシリアの左腕に抱かれていた。
ラヴィたん姿のオレが可愛いから、などという理由ではない。
――小娘が、オレのラヴィたんの魅力を理解するには、十年ほど早いらしい。
『ラヴィたんを勝手にあなたのものにしないで! ラヴィたんはわたしの、なんだから。そんなこと言ってたら、ラヴィたんじゃなくて、違うとこに閉じ込めるわよ』
言ってませんー、思ってるだけですぅー、バーカ、バーカ。
そう、オレがセシリアに触れていると、直接あたまの中で会話できるのだ。ちょっと気持ち悪りぃがな。
『気持ち悪いのは、お互い様よ。――ほら、ジェリド! 左に五体来たわ』
へいへい。
ピシシシシィーーィイ! オレの魔力がセシリアを伝い、氷の船底からバシュッと、川岸を超える。
音を立て、氷が地を走り、離れた魔獣五体を捕えた。
セシリアは既に、魔獣の方角を見据え、腕を上げている。
彼女の黄金色の後ろ髪がふわりと舞い、淡くひかりを纏った。
「やっ!」
バシュシュシュッ! セシリアが右手を突き出すと、氷で捕えた魔獣を魔炎弾が貫通し、飛沫が弾け飛ぶ。
五体同時に肉塊へと変えた。
――ほぉ、動く船の上から、あの距離を正確に、今度の魔弾も無駄なく……か。まぐれではないようだな。
『ジェリド、右に四体じゃ』
オレは自分の魔力をセシリア越しに、氷の船底へ通す。セシリアの体がオレの魔力の導体ってわけだ。
オレの発する魔力が水面を伝い、岸を超え、魔物を氷で捕える。小さな魔弾を発射させるセシリアが、次々に捕えた魔物を即座に撃破する。
オレたちは氷の船に乗り、魔物を撃破しまくった。
――急がねーと。
オレが洞窟を出た時、その光景に目を疑った。
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オレが洞窟を出た瞬間は――、トルテバルトがキャコタウルスの動きを地に封じ込め、トルテバルトの手下が身動きの取れないヤツの背後から二人がかりでトドメを刺すところだった。
周囲には轟々と火の手が上がり、森が焼けている。
そのなかを、数多の魔物が押し寄せていた。
リューグ、マイク、そして三人のトルテバルトの手下が血を流しつつも必死で、迫り来る魔物を食い止める。
トムと二人の手下は負傷しており、膝を突いて回復に専念していた。
すぐさま、オレとセシリアは洞窟内のクレア、アイラを呼び、二人に負傷者の治療を任せ、押し寄せる魔物の対処にあたる。
「少し大人しくしてやがれっ」オレは叫ぶ。
ピシィィィイ!! 地を這う氷の軌跡。
先日の雨で水分を含む土を利用し、動く標的を一気に捉えた。
止まった標的の頭部を、魔炎弾が全て弾き飛ばした。オレの隣には、魔物に向かって腕を伸ばすセシリア。
「な、なんだ!?」「一瞬で敵が全滅した」
押し寄せる魔物の対処にあたっていた者たちが振り返る。
「セシリア様、戻られましたかっ!」「お見事です」
口々に賞賛の声を浴びせてくるが、そんな場合ではない。
「オメーら、一旦こっちに戻ってこい! 状況を立て直す」
大声で呼びかけたオレを、皆が驚愕の表情で注目した。――あぁ、ラヴィたん姿に驚かれたか。面倒くせー。
「はっはっはっ。セッスィィリアさん、ぬいぐるみで腹話術。その余裕、良い。すぅっばらスィィイです! 出てきてすぐの状況把握。冷静で、そーして的確な処理のーーっりょくぅっ! 一度、ごゆっくりと、お手合わせ願いたいものですねぇ」
トルテバルトが己の手を胸に添え、一礼をする。
ぶるるんっと、セシリアの腕からオレに震えが伝わってきた。
「うぅ。なんか無理、あの青い人。……うわぁ、礼のあと、こっち見て笑っちゃってるわよ」
オレはセシリアと手を繋ぐ。こうすることでオレ達は脳内で直接、会話ができるのだ。
――アレがトルテバルトだ。アレのこと、あんまり見んじゃねー。イライラして判断力が鈍るぞ。
また、奥から四体の魔物がやってくる。瞬時にオレが足止めをして、セシリアが撃ち抜く。
――む。いままでのコイツとは、魔力の扱いが全然違う。どういうことだ。
『言ったでしょ。わたし、結晶柱の中で頑張ったのよ。マーちゃんと特訓して、すーっごくなったんだから」
どう凄くなったのか、コイツの語彙力からじゃ伝わってこねーが……。
確かに今までのセシリアとは全く違う。
以前なら動く標的に魔弾を乱射して倒していたため、魔力の浪費が激しく、流れ弾による周囲の被害も大きかった。しかし、これならば――、
オレも、標的の動きを一瞬止める程度の魔力で済むから、かなりの省エネだ。しかも、セシリアとくっついていれば、減った魔力はコイツから補充できる。オレもコイツも魔力消費は極限まで抑えていると言ってもいいだろう。
「おぉーぉお、セッスィーィイリアさん。素っ晴らしーぃいではないですか。わたしも負けてはいられませんね」
『なんなのよ、あの青いひと? 鬱陶しいから、先に黙らせておいた方が良いのかしら』
――トルテバルトだ、いい加減に覚えろ。……確かに鬱陶しいというか、ウザいのは間違いない。だが、今は我慢しとけ。それに、
「トルテバルト、おめーはその場で魔力温存だ、大人しくしてろ!」
目の前に広がるの景色をあらためて見てみると、とんでもないことになっている。燃え盛る火はオレが消しとめたが、周囲にあった緑の樹木は根元から引き抜かれ、横たわり、ところどころで未だ煙が上がる。
平坦だった地形は背丈の倍ほど隆起したところもあれば、逆に陥没した場所もあり、起伏が激しく、まさに荒れ放題だ。
そして、何より目立つのが地面に埋まり、顔だけ覗かせているキャコタウルス。既に精気の抜けたその顔からは未だに煙を吹いており、戦闘の激しさを物語っていた。
これほどの激戦をこなしたのだ。これ以上、トルテバルトに負担を掛けては、後々、ここの守りに響く。
戦況は落ち着き、全員が洞窟入り口前に集まった。クレアはアイラとともに癒しの魔法をかけつつ、口を開いた。
「押し寄せる魔物ども、意図した何者かに操られておる。――そして、麓の結界が破られた。このままでは、魔物が結界外へと進出し、近くの街や村が襲われるじゃろう」




