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第四十四話 魔邪の結晶


 オレは剣を中段に構える。剣に白い冷気が漏れる。一気に決めてやる。剣を両手で持ち上げ剣先を地面に向ける。


氷像(アイススクラプチャー)!」剣を足元に突き刺した。


 ピシィィイ! 足元から地面を伝う氷が、青い男へと一気に走る。同時にオレは一気に距離を詰め、青い男へ跳躍、振り上げた剣に魔力を込め、力任せに振り抜く。


 刀身が氷の刃を纏い、巨大化。重さの加わった剣は、速度を殺さず、氷に足をとられた青い男の頭上へと――オレは苛立ちの余り、セシリアを演じることすら忘れ、


「消え失せろーーっ!」全力で叫び、叩きつけた。


 ドォーーォォオン! 氷の刃がぶつかり、大量の破片を周囲に撒き散らす。細かい氷が水蒸気となり、霧の様に辺りの空気を白く染めた。


「トルテバルトさまーーっ!」


 部下の一人が霧に向かって叫ぶ。

 ゆっくりと水蒸気の霧がはれていく。

 剣を叩きつけ、広く(えぐ)れた地面に人影は無い。

 えぐれた土の中心部に穴が、一人分の穴が開いている。

 その穴に、あの鬱陶しい男、トルテバルトの青い髪が見えた。


「いやっ、はっ、は。名乗らせてもらって、すぐこの仕打ちとは……綺麗な顔して、野蛮すぎやしないかね?」


 ぬうっと、地面から青い男、トルテバルトが腕を組んで、競り上がる。足元は氷で地面に張り付いたままだ。――ほう。地の属性魔法を、これほど自在に操る男がいるのか。トルテバルト、聞かぬ名だが、王国の人間ではないのだろうか。


 穴から()り上がるトルテバルトに再度、横一線! ビュッン! 氷を伸ばした刃で横に薙ぐ。即座にトルテバルトは腹這いで地に伏せた。そのままオレは剣を持ち上げ、青い頭に振り下ろす。


「――っ! あっぶないでしょうがっ! 良い加減、話を聞きなさいっ! 好戦脳筋女ですか、あなたは!」


 トルテバルトは土を盾の様に頭上へ被せ、オレの氷の刃を受け止める。オレも氷の刃の勢いを止めたが、土の盾を突き破り、コツンッ! と軽く当ててしまった。


「え、なに? もしかして、ホントに話がしたいだけなの? ……危害を加える気がないのなら、十秒だけ待ってあげる。全員顔を見せて」


 トルテバルトは立ち上がる。

 頭に当たって切れた青い髪をパラパラ払い、手で撫で付けて髪を整える。大きく息を吐き、両肩をすくめる。

 ゆっくり右手を挙げ合図をすると、木の陰、岩の影から四・五……トルテバルト含めて八人が姿を見せた。


 クレアが言っていた人数に合致する。


「ふ、ふーん……本当に敵対する気はないのね? それで、あなた達は何故ここで待伏せなんてしてたのかしら?」


 ――ちょっと悪いことしたかも。だが、クレアも問答無用で攻撃して良いって言ってたし? そもそも、トルテバルトらがクレアの警戒を掻い潜ってこんなとこに居るのが悪い。

 そんで、最悪なのはトルテバルト! オレの(かん)に障るいでたち、振る舞い、喋り方。ついでに言うと、なんとなく纏う空気そのものまで。

 ……まぁ、見た目だけで判断したのは少しだけ、オレが悪いのかもしれねぇ。だが、少しだけだ。


 だから、少しだけ話を聞いてやることにする。


 トルテバルトは胸に刺した薔薇を手に取り、目を閉じ、香りを楽しみつつ、ゆっくりと話す。


「わたしは、町に寄るだろうあなた達の先回りをして、ここで待っていた。それは否定しない。しかし、あなたがこの洞窟でなにをしようがわたしは関知するつもりはない。わたしが警戒してたのは、あなたに対してでは無く宰相ダルァァイアス側の動き。近いうちに必ず来るはずだが、……キミもそう思うだろ?」


 ――いちいち人の名を巻き舌で呼ぶな! そういうとこだぞ、てめーは。

 まぁ、いい。それよりも、……コイツ、情報をどこで手に入れた? 確かにオレはマルコムを従えるダライアスを警戒している。そして、オレがここに来ることも知っていた人物。――ロイド・リベラの手配か。


「そうね。だったら、わたしたちが洞窟に入るのを邪魔するつもりはないのね?」


「うちの部下をやられっぱなしなのは癪だけど……ここは、お好きにぞうぞ、野蛮なお嬢さん」


 トルテバルトは後ろに部下を従え、澄ました顔で洞窟を指し示した。オレの背後の岩陰からは二人の影が姿を現す。


「ほっほっほ……では、遠慮なく先へ進ませてもらおう。ワシは野蛮ではないがの」


 そう言って、クレアがオレと合流する。もちろん、アイラも一緒だ。トルテバルトは片方の目を細め、不審そうに視線を二人に向けた。


「む……その姿でお嬢さんのつもり、かね?」


「なんじゃ? ワシもこの娘もお嬢さんに見えんと言うのか、お主は」


 クレアのことは知らねーか。ちっ、トルテバルトめ、ノーガス村を完全無視して巧みに結界探知を抜けやがったか。


 力量と自信があるせいで、村に話をつける時間を省いたのだろうが、地域の意思を無視する考えをオレは好まない。やはり、トルテバルトとオレは根本的に合わない。


「結界侵入にどんな手を使ったのかは知らないけれど、――そんなだから、問答無用で攻撃されるのよ。この森を神聖視してる村があることぐらい知ってるでしょうに」


「ふん、時間の無駄だがね」


「そう……」それ以上は何も言わず、オレたちは洞窟入り口へ向かった。クレアの話では洞窟内に魔物は侵入できない。警戒の必要はないだろう。

 それに、セシリアを取り戻す際には事実を知るもの以外、連れて行かない。トム、マイク、リューグの三人は入り口で警戒にあたってもらうことにした。


 入り口から光の届く範囲は限られる。奥の方はまるで闇そのものが凝縮されているようで、何も見えない。


「ここから先、お主らが入るには鍵が必要じゃが、問題無いだろう。二人は手を繋ぎ、鍵を握っておれ」


 アイラと繋いだ手の中にロイドにもらった鍵を握り、先へ進む。


 洞窟内に足を踏み入れる。

 鍵が光を発し、繋いだ手の隙間から光が漏れ出した。


「これで結界は潜り抜けたのか」


「もっと、なにか凄いのかと思ったのです。がっかりなのです」


 前を行くクレアが立ち止まり、振り返る。彼女の杖が小さなカチリと音を立てた。


「ほっほっほ、その手に持つ鍵が無かったら、凄い事になっておったのじゃが、試すか?」


 アイラは首をブルンブルン左右に振る。


 ひんやりとした空気が漂う。

 入り口は人ひとりが入れるほどの大きさだったが、中は広い。

 足元は玉砂利が敷かれており、歩く度に足の擦れる音が洞窟内に響く。昔に、村の者たちが石を敷き詰めたものだとクレアは言う。

 入り口の光は遠く小さく見えた。闇に慣れた目でも、もうほとんど何も見えない。

 先頭のクレアの足音を頼りに、アイラと手を繋いで進む。


「クレア……」


 オレの透き通る小声が洞窟内に響く。


「心配しなさんな。セシリアとやらの魂に語りかけるんじゃろ? 付いてくると良い」


 先へ先へと進むクレア。オレたちはついて行く。玉砂利を踏む音の反響が弱まる。狭くなっているのだろう。そして、クレアの進む音が止んだ。


「この奥に結晶(クリスタル)が安置されておる」


 クレアはそう言うと前方で、トン! っと音を立てた。玉砂利に対してとは違う、何か硬いものを突くような音だ。


 音のしたところ、明かりが灯り、光が左右に走る。

 姿を現したのはうっすら青く光る大きな二枚扉。

 全員の表情が見て取れる明るさになった。


 クレアは扉をゆっくりと押し開く。


「ここから先は――……」


 何か言いかけたクレアの横を抜け、吸い寄せられるようにオレは扉内部へ足を踏み入れていた。


「なぜ、お主が結晶の間(クリスタルのま)に入れる? ここはマージャの血族か、マージャに認められし者の血族しか……」


 いつも余裕を見せるクレアが、明らかに動揺している。

 ハッと気がついてオレが振り返ると、扉を抜けようとしたアイラが空気の壁に当たったようにドンッ、と阻まれ、尻餅をついた。


「イヤっ! なんで? なんでダメなのっ!」


 アイラが叫ぶ。オレはすぐ引き返し、アイラの側へ座り肩を抱いてやる。「落ちつけ、アイラ」彼女の頭を引き寄せ、オレは顔をくっつけて優しく声をかけた。


「まぁ、良い。そこで見ておれ。そして、そこから想いを届け、祈りを捧げるが良い。ちゃんと伝わるじゃろうて」


 アイラの小さな体が震えているのがわかる。「うぅ……」彼女は小さく(うめ)き、顔を上げ、扉の中に踏み入れたクレアを見た。


 クレアが杖を軽くトン、と突くと、床に刻まれた魔法陣が静かに光を帯び始めた。その光は波紋のように扉内部へ広がり、空間全体を淡い青で満たしていく。隠されていた全貌が、ゆっくりと浮かび上がった。


 目を引いたのは、正面にそびえる巨大な結晶。

 淡く青みがかったその結晶は、大地の奥深くから現れた異世界の断片そのもののように、異彩を放っている。


 その周囲には術式の文字が漂い、静かに結晶の底から生まれ、宙を巡り、また結晶へと吸い込まれていく。その滑らかな動きには、目を離せない不思議な魅力があり、まるで、結晶そのものが生きているように思えた。


 そして――その結晶の中心に。


「あれは……あの少女は、なんだ?」


 呟いた声が、洞窟の静寂に吸い込まれる。


 結晶の中心には、まるで永遠の眠りにつくように祈りを捧げる少女の姿があった。

 薄紅の髪を腰まで伸ばした少女。静かに目を閉じ、胸の前で小さな手を組み合わせている。その姿は人間のものとは思えないほど穢れがなく、純粋で――。彼女をこの世界のどこにも属さない存在へと見せていた。


 ――静寂の中に圧倒的な存在が、そこにあった。










挿絵(By みてみん)

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