第四十話 魔力結びの儀式
オババさまとは名ばかりの、妖艶な肢体を持つ神秘的な女性。その声が耳を撫でるように響き、微笑みが加わるだけで、オレの思考がぼんやりと霞む。
魔の森に一緒について行くと言われても……返す言葉が出てこない。なんなんだ、この妙な圧力は――。
「わたしたちは、これから森の奥で大切な用があるのです。ついてこないで欲しいのです」
オレの隣でアイラが言い返してくれた。……あ、いや、そーじゃねーっ! その言い方だと、オレたちむっちゃ怪しいだろーが!
「ほっほっほ、どの道、あんたらだけで目指す森の奥、用事の場所へは辿り着けんよ。ええから、おとなしゅう待っちょりぃ」
オババさまはアイラではなく、こちらに顔を向けたまま話し、近づいてくる。杖を軽く床へ触れさせながら、ゆっくりと進むその動きにオレは動くことが出来ない。どうすべきか、気持ちは焦るばかりで思考が空回りしていた。
「――――」
すれ違いざまオババさまがオレの肩をポンと叩く。
「その、緊張した色もええのう。わしを惑わす気かの? ときめいてしまうじゃろが。――ほっほっほ、共に向かうのが楽しみじゃて」
肩を叩かれて、緊張が解けたような気がしたが、何を言ってやがる。意味がわからない。
「もー、オババさま、あんまり女の子を揶揄っちゃダメっちゃよ。困っちょるやなかね」
カレンさんがオババさまに注意してくれるが、「揶揄っちょらんよ」と、親子となる四人を連れて祭壇の前へと歩いていく。
オババさまを無視して魔の森へ入る、か……? いや、相手の意図も、好意か敵意か監視のためだけなのかすら、はっきりしないいま、敢えてこの村での心象を悪くするのは得策ではない。ここはおとなしく待つことに決めた!
「その人達にとって、とっても大切な儀式なんでしょ、ちゃんと待っててあげるから、お役目しっかりねっ!」
腹を括ったら、オレがこんなオババさまに気後れしていたに腹が立ってきて、上から目線での声を掛けてやった。
「ほっほっほ。ええのう、ええのう」と、オババさまは歩みを止めず進む。横の扉から現れた使いの者が、魔力供給台の手前に大きな机を運んできた。机の上には、紙を敷かれた朱色の台が設置され、その上に魔石が載せられる。
壁を背にオババさまが立ち、台を挟んで夫婦と子供が並ぶ。子供たちが不安げに夫婦を見上げるが、母親となる女性が優しく微笑むと、自然と肩の力が抜けたのか、幼い瞳が輝きを取り戻す。
儀式の光景が静かに進行する中、薄明かりの中に浮かぶ朱と金の装飾が、祭殿全体に厳かで神聖な雰囲気を作り出していた。
「其方ら夫婦はその子供らとの信頼を培ってきたんじゃ。わしは子供の魔力の色や動きでわかる、自信を持って育てていくとよい」
「――良いな?」オババさまが促すと、夫婦は魔石に手を翳し魔力を注いだ。魔石が脈打つよう徐々に光の瞬きを始める。その後、抱っこされた二人の子供が少し嬉しそうに魔石に手を翳す。
隣のアイラがオレの手をぎゅっと握ってきた。――そして、オババさまが手に持つ杖を掲げ、祝詞が祭殿に響く。
「天を司る光の神グフトゼルバフト、この地を慈しむ豊穣の神アンドリヴィーネ、安らぎを与える闇の神ヤーボハンザよ――」
低く静かな祝詞が響き渡るたび、杖の先から放たれる光が魔石へと吸い込まれる。その光が二筋に分かれ、子供たちの手元へと流れ込んだ。
その瞬間、祭殿全体が淡い光に包まれ、空気が少しだけ暖かくなったように感じられる。
「ここに捧ぐ力は子を想う親の証。翳された手に親と子の縁を結び給わん」
そしてその後、今度は子供らの手から魔力が注がれ、光が安定し、再び魔石が煌めく瞬きを取り戻す――。
「「神々の祝福に感謝を」」夫婦が子供を床に下ろしてあげる。
「良かったの。ここに絆は成った。これで誰がなんと言おうと、其方らは親子じゃ。魔石を捧げ、この地を守護する神々が其方ら家族を見守ってくれる。そしてノーガスの民が、我が祖先達が其方ら親子の証人となろうぞ」
優しい声で親子に語りかけるオババさま。子供ら二人を嬉しそうに抱きしめる母親、抱き締められながらも嬉しそうに母親を見る子供。そして、それを見守る父親。全てが暖かい光に包まれているようだ。
まるで、オレまで祝福を受けたような気分になる。我が事のように嬉しくて、多幸感に包まれている自分に驚く。何の関係もないオレが、どうしてこんな気持ちになるのか……。
ふと、隣にいるアイラの手がぎゅっと握られる感触に気づく。彼女の視線は親子に向けられているが、その瞳には微かに寂しさが浮かんでいた。
そういえば、コイツも両親がいないんだったな……。
そんなことを思い出すと、気づけばオレはそっとアイラを引き寄せ、彼女の頭を撫でていた。柔らかな髪の感触と、小さく温かな存在に、胸の奥がじんわりと満たされていく。
「なんともないので、大丈夫なのですよ」アイラが照れくさそうにそう言うと、小さく笑みを浮かべながら背伸びをしてみせた。その仕草がどこかけなげで、つい頭をぽんぽんと触れてやる。
「……なっ、なんですか、セシリアさま」
照れ隠しなのか、アイラが軽く眉を寄せて抗議する。それでも、その頬にはどこか安堵の色が浮かんでいた。
再び祭壇へと目を向けると、オババさまは魔石の載った朱の台を使いの者に預け、こちらへとゆっくり歩いてきていた。その表情はいつもの柔らかな微笑みだが、どこか安堵したようにも見える。
「待たせたの」
「いえ、そうでもないわ。貴重なものを見せてもらった気分よ」
「こそばゆい、気遣いの言葉じゃの」
オババさまは少し俯き加減に微笑む。その仕草には控えめな美しさがあり、目隠し越しでも彼女の表情の柔らかさが伝わってくる。
薄手のローブ越しにも伝わるそのしなやかな肢体に、一瞬、言葉を失うほどの色気を感じた。
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★ 後書き
この世界、自分の魔力を操作するのにも苦労します。魔力を自分自身にかける魔法、触れているものにかける魔法、自分の魔力でできたものに対し、自称改変を行うことは練習次第でできます。
セシリアはぶっ放す魔法は得意ですが、一度手を離れた魔法には今のところ干渉できません。(ジェリドはぶっ放す魔法はやや苦手です)
ましてや他人の魔力に干渉するなど、できる人物はほんの僅か、登場人物の中ではアイちゃんが癒しの魔法を使うぐらいでしょうか。(アイちゃんの癒しの魔法は、触れた相手の魔力に干渉し傷や病を癒すものです)あ、あともう一人?居ましたね。
以前も書いた気がしますが、アイちゃんの魔法は貴重なのです。




