第四話 騎士の気分転換
セシリアの奴、リングを壊した件でずっと落ち込んでやがる。コイツがこんな気落ちしてると、どうも俺まで調子狂ってきてたまらねえ。
よし、気分転換に外で暴れてストレス解消させてやるか！ ……断られるかも知れねえが、俺も外の空気吸いたいしな。ま、考えてても始まらねえ。
「おいセシリア、森まで狩りに行ってみねえか？ 部屋に篭もってうだうだ喋ってばっかで、肩が凝ってきやがった」
まあ、この体の肩なんて凝らねーんだが、とりあえず左手で右肩を揉むふりをして腕をぶんぶん回す。森ってのは、魔の森のことだ。森から魔物が出ないように結界は敷かれているが、万が一に備えて騎士領が魔の森の近くに建てられている。
「えっ？ ジェリド、ラヴィたんで狩りに行くつもり？ 逆に狩られるんじゃないの？」
「あぁーん？ 舐めてんのかテメー！ オレは泣く子も黙るダンバー領騎士団長、ジェリド・スクワイア様だぞ。魔物なんぞにやられるわけねーだろーが。オメーこそオレの足、引っ張るんじゃねーぞ」
ラヴィたんは、その場で腕立て、腹筋、それとシャドウボクシングをしてみせた。大サービスである。
「やめてよ！ わたしの可愛いラヴィたん、ムッキムキになったらどうしてくれるのよ！ ……でも、確かに何かあった時、一緒に付いてくるジェリドも動けないと危ないわね」
オレをオメーのオマケみてーに言うんじゃねーよ、バーカ。でも――、
「よっし、決まりだ！ 準備は任せた、オレにもなんか武器貸してくれ！」
セシリアはため息を吐き、肩を竦めてみせ、準備に取り掛かった。オレの使えそうな武器を入れて、肩掛け鞄を持ってきた。中を確認すると、ちっちゃい折りたたみナイフが二本。
「……これで魔物と戦えと？」
「だってラヴィたんの手、これしか持てなさそうだもん」
オレたちは部屋を出て玄関に向かう。すると――、
「セシリアさまぁー！ どこかお出掛けなのですかぁ？」
オレンジのショートカットがぴょんぴょん跳ねながら駆け寄ってきた。
「あ、アイちゃん、そうよ、いまから森までね」
この子はアイちゃんこと、アイラ・ウェイマス。すみれ色のまん丸な目をした十三歳の女の子。騎士見習いでセシリアの側仕え。この子がここにきた時から、どうも放っておけなくて、よく面倒をみてやっている。焦らせると反応が面白いオレのお気に入りだ。
「ぃよぉー！」
やっぱ、あいさつしてやらなきゃな！ オレはセシリアの後ろから元気よく飛び出し、右手を上げた。
「ひゃーう、はわわ、し、しゃっ！ 喋った？ セ、セシリアさまぁ」
アイちゃんはセシリアに飛び付き、くるりと彼女を半回転させ、オレに向き合わせる。セシリアの陰に隠れ、びくびく震えながらこちらとセシリアを交互にみる。涙目である。――反応を見たくてついつい揶揄ってしまう、そんな子。それがアイちゃんだ。
「怖がらせたらダメでしょ、もぉ！ ――え、えーとぉ……。そう！ これは魔法よ、ラヴィたんを動いたり喋ったりできる様にしたの」
「はぁぁあ？ なーに言っ……」
「えっ？！ そんな魔法があるのですか！」
セシリアが胸を張って「「あるのっ！ ううん、できたのっ！」と断言する横で、オレは思わず目を丸くした。よくもまあ平然と適当なこと言いやがるもんだ。
「すごいっ！ さすがセシリアさまですっ！ ちょっとびっくりしたのですけど、それなら安心ですねっ」
アイちゃん大興奮である。
いや、信じるのかよ。ねーから、そんな魔法あるわけねーからな。
それから、アイちゃんは困ったような笑顔で下からセシリアを見て、
「でも……すこーし、声が残念なのですね」
「うん、そうなの、失敗しちゃったかな」
「おい、だーれが残念な声だ！ オメーら」
腕を振り上げてみせると、アイラは「きゃあん！」と悲鳴を上げてセシリアの背後に隠れた。こいつ、セシリアの側仕えの自覚、本当にあんのか？ ――ったく、好き放題言いやがって。
セシリアはオレに向かって宥めるように、胸の前で両手を上下に軽く振ってから、アイラに向き直る。
「それで、いまからね、戦う時にも役立つかどうか、森に行って試すことにしたの。――だから、お留守番お願いね」
「よーく、その首を洗って待ってなよ」っと、オレは腕で首を掻き切る仕草をしながら、アイラを睨みつけてやる。
「ぁう……姿や仕草は可愛いのに、なんか怖いのです。――あ、お気をつけて行ってらっしゃいませ、セシリアさま」
オレたちは寮を出発した。背中からは、感心したようにぶつぶつ呟くアイちゃんの声が聞こえてきていた。
「んー……。セシリアさま、見たことも聞いたこともない魔法を、自力で編み出すだなんて……」
――――――
騎士寮の外は……暑かった！ 昼下がりの真夏の日差しが歩くたびに体力を削ってくる。太陽の光が乾いた舗道に照り返され、前を行くセシリアの黄金色の髪がきらきら輝く。
「ほらほら、ラヴィたん！早く早く～！」
セシリアは水色のリボンが揺れるショートパンツ姿でくるりと回転。桃色のキャミソールに、涼しげなラッシュガードは肩出しで軽やかに羽織られている。まるで夏祭りの綿菓子を思わせるような甘い配色に、道行く商人たちが思わずにっこり。
「おい、騎士のくせにそんな派手な格好で……」
「だって暑いんだもん！騎士だって夏服ぐらい許されるでしょ？」
別に騎士の任務じゃねーから良いんだが……、麦わら帽子でも被せれば、きらめく真夏の海に似合いそうなスタイルだ。
「このまま、海行って泳ぎてー気分だな。あ、オメーはどっか行ってろよ、子連れだと思われたら敵わなねーからな」
「何言ってんのよ、海なんて行って帰るだけで五日はかかるじゃない」
「ちっ、じゃぁ湖で我慢すっか」
「行きませんっ！ でも、海かぁ、行きたいなぁ。それでそれで、ラヴィたんに袋被せて浮き輪にでもしちゃおっかな」
「おいおい、袋破れてそのまま沈められそうな未来が見えるぜ」
「大丈夫！ ラヴィたんが沈んでも、ジェリドなら魔法でなんとかするでしょ？」
他愛のない話をしながら、軽い足取りで進むここは王都デルベラード、周囲を城壁で囲まれた都市。寮から近い東門を抜け、川沿いに進めば魔物の森が見えてくる。
さぁて、このからだ、ラヴィたんでどの程度動けるか。セシリアの歩く速度に合わせると、少し早足というか、一歩づつ跳ねる歩き方になる。
セシリアがオレの歩き方を気にしてくれてんのか、チラチラとコチラをみてくる。
「ラヴィたんの歩き方、ぴょんぴょんしてて、かわいーいっ」
「じゃっかぁしいわ！ オメーの速さに合わせてやってるだけだっつーの」
心配してくれてんのかと思ったら、なんか顔がニッコニコじゃねーか。
だが、コイツがニコニコしてっと、オレも悪い気はしねーんから良いんだけどよ。
そんなことより、この体、溜め込める総魔力量が少ない感じなのが気掛かりだ。体のサイズに合った良い剣があれば、補えるんだが、この折りたたみナイフじゃ頼りねーな。
「おっ、魔物の森の結界だ。こっからは気をつけろよ」
「そうね、ちゃんと付いてくるのよ、ラヴィたん。ただ、瘴気も薄いこの辺りは、森の食材も採れそうね」
「昔は恵み豊かな森だったらしいからな」
この地は昔から人々に愛される豊かな森だったのだが、大昔に開いた深淵の洞穴から精神を害する瘴気が漏れ始めた。その瘴気に晒された生物たちは魔物として姿を変え、のどかな森が恐ろしい場所へと変貌していった。
こうした底の見えない穴は各地に点在している。瘴気の洞穴が発生したところは、かなり広範囲を魔物のエリアにする必要がある。結界を狭めすぎると濃い瘴気に晒され、人の手に負えない魔物が発生するからだ。
少し歩くと、出てきた。見た目は可愛いうさぎの魔物ホーンミラージだ。額に鋭いツノを生やしていて、そいつで攻撃してくる。一般人には油断出来ない相手だが――、
「よーしっ！ 早速オレの獲物がきたっ！ セシリア、邪魔すんなよ」
オレはナイフを取り出した。そして、手のひらでクルンと回転させると、刃がキラリと光る。
「わかったわ。じゃあ、後ろで応援してるね。……でも、こうして見てると、うさぎ同士の仲間割れみたいで、ちょっと切ないかも」
「おいおい、魔物と一緒にすんなよ……」
オレががチラッと振り返ると、セシリアはくすくす笑いながら手を振った。
「がんばってね、ラヴィたん。負けないでー」
ゆるーい彼女の声が森に響く中、ホーンミラージのツノがきらりと光る。見た目は可愛らしいが、その眼には確かな殺気が宿っていた。
――さあ、うさぎ同士の仁義なき戦いの始まりだ。
