第三十一話 朧げな輪郭
オレとアイラはムーア三兄弟に案内され、武器屋の地下工房に入る。周りには武器作成工具が整然と並び、鉄と油の匂いが漂うなか、簡易テーブルの席に着き、アイラはオレの左の席に座った。
ケッペルのおやっちゃんはテーブルに書簡を、ギッペルのおやっちゃんが荷物を置き、ダッペルのおやっちゃんがお茶と茶請けを用意してくれ、オレとアイラの向かいに同じ顔が三つ並んで座る。
「こんな部屋だけどー」「遠慮なくー」「食べて良いぞー」「それからー、これらが捕まえた時にー」「あいつが持ってたものだかからなー」
早速、オレはテーブルに置かれた書簡の一枚を手に取り、アイラはお茶請けのクッキーの一枚を手に取る。
「で? 誰をとっ捕まえたんだ?」
「王国騎士団長マルコムとー」「ずっと一緒に居てたー」「ランディ・ヨーンってやつだー」「あとー、マルコムにここを任されてる側付きはー」「捕えずに泳がせてあるからなー」
マルコムの側付きは良いとして、ランディ・ヨーン……聞かねー名だな。書簡に目を通す。
しかし、差出人の名も誰に宛てたものかも書かれていない。奪われたとしても証拠とならないようにするためだろう。おそらく、相手にだけは差出人本人からと分かるように文章が組まれているはず。そして、内容はーー、
貴殿の得た古文書の通り、ダンバー領の魔の森深くに封印が施された洞窟は存在した。
封印を解く鍵は王都内にて捜索中である。万が一、見つからない場合は洞窟自体を破壊し、内部にあるとされる巨大な魔石を確保する。
――と、書かれており、その後、王国暗部の動きに警戒するよう注意書きがされており、最後の方にお決まりの挨拶文や、相手への気遣いが長めの文章で締めくくられている。
少々、季節がら不自然な書き方にも思えることから、この辺りの文面で、差出人と受取人と互いに相手が誰なのか分かるように組まれた文章なのだろうと想像できた。ただし、この書簡では誰宛に誰が書いたかの大まかな想像はできても、決定的な証拠として糾弾するのは難しいだろう。
「巨大な魔石。魔の森深くの封印された洞窟。そして、|洞窟の封印を解く鍵が必要……か」
魔の森深くの洞窟、これは魔邪の洞窟とみて良いだろう。封印された洞窟なんてそこらにあるはずも無い。
となると、封印の鍵。――この鍵が狙われていることを察知してロイドはオレに預けたのだろうか? 黒幕の企みを何かロイドは掴んでいる? だとしたら、なーんか厄介事にオレらが巻き込まれる様に仕組まれたみてーじゃないか。
洞窟自体を破壊なんて物騒なことを考える連中だ、何処かに隠すより、奪われない力を持った者に一旦、預けておく方が安心ってか? あんな紳士面してやがって、とんだ狸ジジイだな。
あー、やめだ。仮定に仮定を重ねた想像しても意味がねー、次、会った時、本人を直接突いてやる。
あとは、――この文面からすると、ダンバー領制圧後に魔の森に調査に入ったのだろう。
ダンバー領制圧後に調査名目でこの地に踏み込んだのが、騎士団長マルコム・マッケンジー、奴なら魔物を退け、魔の森深くまで行くことが不可能ではない。それに、わざわざこんな田舎までギルーラ王国宰相ダライアス・バイオレットも出向いたとも聞いている。
話は繋がってきたが、かなり面倒なことになってきやがった。
――オレは無意識にテーブルに肘を突き、おでこに手を当てる。と、となりのアイラがオレの表情を覗き込んできた。
「セシリアさま、どうかしたのですか? 難しい内容なのでしたら、わたしが読むのですよ」
中身がオレの時、周りに居るのが事情を知っている者だけだとしても、セシリアと呼ぶようアイラやムーア三兄弟に言ってある。人前でボロを出さない為だ。
「読めるっつーの! でもまぁ、お前も一応目を通しておけ。……ただしっ! そのペタペタしたままの指で触んじゃねーぞ」
左手はおでこに当てたまま、左側をチラッと見て、右手でアイラの手を指差してやると、「仕方がないのです」と言いつつハンカチで指を拭き、書簡を手に取った。
書を読み「むぅー」と唸っているアイラを横目に、オレはテーブル上にある捕えられた者の荷物を手に取り、アイラは空いた方の手でフィナンシェを手に取る。
荷物を一通り確認したのち、少し準備をし、オレたちは捕えた者が居る部屋、ムーア三兄弟の仮眠室へと向かった。
―――――
仮眠室の前で歩みを止める。扉には鍵が掛けられ、つっかい棒が噛まされており、開けば分かるように紙の封がされていた。
「――捕えられて、自決しそうなやつか?」
「「「しないぞー」」」
そうか。なら、アイラと入っても大丈夫そうだ。一呼吸おいてオレは、――いえ、わたしはセシリアを演じる切り替えをした。そして、紙の封を破り、勢いよく中へと入る。
「さぁーーっ! 待たせたわね、悪党っ! お仕置きの時間よっ!」
部屋の真ん中に座る人物に剣を向け、威嚇してやった!
ピシッ! 隣ではアイラが鞭を床に叩き付ける。よし、アイラ、良い感じだ!
「んー、全然セシリアさまっぽくないのですよ」
と、オレに小声で囁くが、そんなこたぁどうでも良い。一度こういうの、やってみたかったんだわ。実はその為だけに、この部屋に入る前に好きな武器を取っていたのだ。
「でも、ちょっとカッコ良いでしょ」
小声でにこやかに微笑んでアイラに耳打ちしてやると、仕方ないのですと言わんばかりに鞭をもう一度床に打ちつけ、ピシーーッ!
「大人しくするのですっ!」
満更でもない様子でふんぞりかえって言い放つ。――いや、相手は騒いでねーし、普通に大人しくしてるじゃねーか。
「な、な、なんだね、君たちは? わたしにこんな真似してただで済むと思っているのかね?」
長めの鎖で隅の柱に繋がれてはいるが、トイレも行けそうだし使用済みの食器もある。小洒落た身なりの中年男性がオレを指差した。
――――――
仮眠室扉の前でムーア三兄弟がもし「自決するかもー」と答えていたとしたら、アイラを部屋の中には入れさせません。表現したくもないような残酷な拘束を施しているからです。




