表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/75

第十八話 魔邪の指輪

 

 今朝、突如消えたセシリアの精神。王国の文官であり、知識に富んだロイドは言った。セシリアは魔邪の指輪(マージャリング)の本体に取り込まれたのだと。


「セシリアが取り込まれただと! 無事なのか、どうなってるんだ、本体って一体なんのことだ!」


 オレは拳をテーブルに叩きつけた。


「今のところ、おそらくは無事だと思います。ですから、どうか……まずは座って、落ち着きましょう」


 ロイドは穏やかな声で促すが、その眉間には微かなシワが寄っている。


「さぁっ、ジェシリアさま。フィナンシェです! これを食べて落ち着くのです」


 アイラが茶菓子を持って、こちらに差し出してきた。


「おい、こんな時に何やってんだ。……いや、まぁ、ありがとな」


 オレは頭を掻きつつ、フィナンシェを受け取る。だが心の中は穏やかではなかった。


「本体というのは、魔邪の結晶柱(マージャクリスタル)と呼ばれるものです――」


 ロイドは席を立ち、マルコムのレイピアに残されていた指輪を慎重に取り出した。そして、静かにテーブルの上に置く。彼が指先で琥珀色のリングを指差すと、色の深みに陰が生じてみえた。


「このリングに嵌められている石は、魔邪の結晶柱(マージャクリスタル)の周辺から採取された魔石です。そして、この魔石は、魔邪の結晶柱と、まるで木の根のように魔力的に繋がっています。その繋がりを通じて、魔石に取り込まれた精神が結晶柱に運ばれるのです」


 ロイドは指輪を指でなぞりながら、静かに語り始めた。一方で、アイラは菓子を頬張りながら紅茶を飲み、時折、頷きつつロイドの話を聞いていた。彼の話は続く。


「さらに、このリング部分――高純度のミスリル鉱でできています。ミスリルは魔力伝導率が非常に高く、魔力を誘導する精巧な術式が刻まれているのです」


「綺麗な指輪だけど……なんだか気味が悪いのです」


 アイラが、指輪をじっと見つめて呟く。その瞳には好奇心と恐れが混ざり合っているようだった。


「リングの魔石に血を与えると、その血液に宿る魔力、つまり精神の一部が魔石に取り込まれるのです」


「精神が……指輪の中に?」


 アイラが眉をひそめて身を乗り出す。


「そうです。そして、取り込まれた精神は、魔石内で増幅され、自我を持つまでに成長します。そして、その精神がリングを嵌めた者に宿るのです」


「じゃぁ、わたしがこの指輪を嵌めて、ジェリドさまの血を垂らしたら……ジェリドさまがわたしに入ってくるってことなのですか? うぅ、考えるだけで気持ち悪いのです!」


 アイラは両腕で自分を抱きしめて身震いした。


「やかましいわ! んなもん想像すんじゃねーよ」


 オレはアイラを睨みつけるが、彼女は眉尻を下げ「えへへ」と懲りずに、悪戯っぽい笑顔を見せた。ロイドは紅茶で喉を潤す。


「さらに、指輪を嵌めた者が多量の魔力を使用すれば、その魔力の一部は指輪を介して魔石に吸収され、本体である魔邪の結晶柱(マージャクリスタル)へと送られるのです。そして……」


 その瞬間、琥珀色の指輪が淡く輝いた。


「やっぱり気味が悪いのです……ロイドさま、ジェリドさま、早く捨てましょう!」


 アイラが椅子から立ち上がり、テーブルを指差す。その瞳には動揺が見えた。


「待て! なんでそうなる、コイツはセシリアを救う鍵になるかもしれねーじゃねーか」


 オレが制止すると、アイラはしぶしぶ座り直したが、その視線はなおも指輪を睨みつけ、スティック菓子に手を伸ばす。

 静かに間を置いて、ロイドが続きを話し始めた。


「指輪を嵌めた者が魔力を使用すれば、その精神の一部が魔邪の結晶柱に取り込まれます。そして、魔石の内部で自我が生まれると――元の体に存在していた精神は、すべて消滅するのです」


 その言葉に、オレの脳裏にセシリアとの一騎打ちが蘇る。


 ――――――


 あのときオレは、セシリアを傷つけず、気絶させるつもりだった。

 ……だが、もしオレが負ければ命があったとしても処刑は免れない。

 そんなことになれば、セシリアは自分を責め続けるだろう。それだけは避けたかった。……あの頃のオレのようにはなって欲しくはなかった。そんなセシリアの姿など、想像したくもねーんだ!


 オレが勝てば、二人とも生き延びる道があったはずだ。 あの時のオレは、ただ、アイツを救おうと、必死にもがいていた。


 だが、それだけで済む話でもなかった。


 もし、オレが勝っていたとしても――リングを嵌めて魔力を大量に使ったセシリアの精神は、時が来れば魔邪の結晶柱に取り込まれ、体内から消えていたはずだ。


 ――――――


「クソッ! マルコムのやろー」


 不意に感情が高ぶり、テーブルを叩きつけた。

 その隣で、アイラがぽりぽりと頬張っていたお菓子の音がぴたりと止む。

 静寂の中で、琥珀色の石がまたぼんやりと光を放った。


「……つまり、この体のセシリアは消滅し、魔邪の本体で存在しているってことか」


 オレが低く呟くと、隣のアイラが「セシリアさま……」と小さく呟きながら、瞳を伏せた。彼女の肩が小さく震えているのが目に入る。


 ロイドはそんなオレ達の様子を静かに見ている。その瞳の輝きは、なにかを見定め、考えを巡らせているようにも見えた。


「ジェシリア様、すぐにダンバー領へ行きましょう! マージャのなんとかをぶっ壊して、セシリアさまを救い出すのです!」


 アイラが拳を握りしめながら叫ぶ。


「そうだな。アイツも腹空かせてピィピィ泣いてる頃だろうし、迎えに行くぞ。……でも、ぶっ壊しても良いのか?」


 オレはロイドを振り返る。


「破壊して良いかどうかは分かりません。ただし、セシリア様を救うために慎重な判断が必要です」


 ロイドは静かに応じた。


「慎重に進めるのです。でも、セシリアさまを助けるにはやっぱり急がないと!」


 そう言葉を発する、すみれ色の瞳には真剣さが宿っていた。


「あと、セシリア様が戻ったら、アイスクリームをご馳走してあげましょう!」


「オメー、さっきからアイスクリームのことしか考えてねぇだろ!」


 オレは思わずツッコミを入れたが、アイラの笑顔に、少しだけ緊張が解けた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ