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第十七話 在処


 肩を砕かれ、動きも思考も止まったマルコムを、オレたちはそっと窓辺の床に寝かせた。

 差し込む光が冷え切った部屋に柔らかく広がり、床や本棚に張りついた霜が宝石のようにきらめいている。


 ロイドは冷却魔法を極めれば空気すら液体化すると知っていたようだ。冷気を剣の周りに閉じ込めてはいたが、部屋の温度は低くなり、液体空気の気化膨張を間近で受けたので耳が痛い。ただし、二部屋分ある場所だったおかげで窓が割れるなどの被害はなかった。


「セシリアさま、一体なにが起きたのですか? マルコムさんが凍りついたみたいなのです」


 アイラはマルコムの周囲を回りつつ、コツンコツンと感触を確かめながら聞いてきた。コイツも魔力を扱う騎士として、知識を頭に入れておけば今後の役に立つはずだ。オレは期待を込めてアイラに説明することにした。


「うーん……、さっきの現象で言うと、まず一点目。あの青い液体、見えてたわよね? あれは、アイスクリームなんかよりずっと冷たい液体なの。想像してみて。極寒の地で真冬の凍った湖に飛び込むみたいな冷たさ、それが体に浴びせられたのよ。次に二点目……。風が吹いて寒くなるのって、汗が蒸発してるからって知ってる? それと同じで、水が蒸発すると熱を奪って寒くなるの。それを極端にした結果が、マルコムが凍りついた理由ってわけ。あとは……私が魔力を流し込んだから、とどめを刺した感じ、かな」


 アイラの疑問に極力分かり易く答えたつもりだ。少しでも理解してくれると良いのだが……。


 アイラは「へー」と心底感心したような声を出したかと思うと、急に顔を輝かせた。


「あっ、そうだ! ジェシリアさま、アイスクリームが食べたくなったのです! わたしはストロベリーアイスが良いのです。一緒に食べに行きませんか? ロイドさんもご一緒に!」


 あまりに突然の切り替えに、オレは言葉を失った。……おい、せっかくわかりやすく教えたってのに、その反応が「へー」だけかよ。だが、その無邪気な笑顔には、どこか空虚な影が混じっている気がした。


 ――ま、いっか。今度みんなで行こうな、セシリアも連れて。


「はっはっは、アイスクリームですか。そうですな、暑い日に食すには最適ですな。――それで、ジェシリアさま、とは?」


 ロイドがこちらを見つめ、静かに問いかけてくる。前団長アルバートの兼ね合い、そして今日の態度からみて、少なくともセシリアに害を為す人物ではない。

 彼女を取り戻すためにもリングの知識や知恵を借り、協力してもらいたい。そのためにはオレがセシリアに入っている現状を説明する必要があるだろう。しかし――。


 オレはしばし考え、ロイドに向けていた視線を、固まって寝かしてあるマルコムへ移動させた。


「そうですな。ては、そのお話はマルコム殿が退場なさった後にいたしましょう」


 さすがロイドだ。察しが良くてありがたい。部分的とはいえ冷却時の細胞破壊で意識はとんでいる筈だが、いつ戻るか分からないし、処置を施すにも早い方が良いだろう。

 こんな状況で大事な話はできない。


「そうして貰えると助かります」


 オレは目を伏せて頷く。すると、割れたテーブルやカップ、散らばった本を片付けていたアイラが、すかさず話に割って入った。


「あ、でしたら……その時に、お菓子とお紅茶を三人分準備しなおさなきゃですね!」


 明るい声でそう言いながら、アイラは軽く笑みを浮かべる。この笑顔にも先ほどと同じく、一瞬だけ「寂しさ」を隠す色が見え隠れしていた。


 彼女は彼女なりに、笑顔を作ることで自分自身を鼓舞しているのが、オレに伝わってくる。


 しかし、先程は側仕えの立場を守り、お菓子に手を出さなかったアイラだが、今度は三人分とサラッと自分を含めてくるところがいかにも彼女らしい。狙った獲物(クッキー)を逃さないという意図が丸見えで、思わず口元が緩む。


 ――そうやって、少しずつ自分らしさを取り戻してやがるのかもしれねーな。



 静かに扉を開けたロイドは、待機部屋の騎士たちを呼び入れた。彼らは部屋の惨状と、床に横たわるマルコムの変わり果てた姿に唖然と立ち尽くす。


「監視を続け、迅速に対応を」


 彼のの冷静な指示が飛ぶと、騎士たちはハッと我に返り、救護室への搬送と片付けに取り掛かった。慌ただしい足音が消え、部屋には再び静寂が戻る。



 ――――――



 部屋が片付いた後、人払いをする。


「では、わたくしはお茶を用意いたしましょうかな」


「ロイドさま、わたしにもお菓……ロイドさまのお茶の淹れ方を見させて欲しいのです。えっと、セシリアさまがとても美味しそうに飲んでいらしたので」


 お茶の用意はこの部屋を使うロイドが行うのがスジなのだが、見習いたいとの名目で、アイラも給仕室へと続いた。確かにロイドの手並みを間近で見るのは勉強になるだろう。

 決して自分の好きなお菓子を選びに行ったのではない、と思いたい。


 紅茶と菓子の用意が整った。先程の様にクッキーだけではなく、何故か色とりどりの菓子でテーブルが華やいでいる。そして隣に座るアイラにも笑顔が咲き誇る。

 これだけの菓子を用意しながら、ロイドから紅茶の淹れ方をしっかり観察できたのだろうか。


「やはり、女性に手伝っていただくと彩り豊かに整いますな」


 好きなものをテーブル上に散らかしただけのように見えるが、物は言いようである。

 オレは早速、ロイドの淹れてくれた紅茶に口をつける。先程と違いフルーティな香りで味も柔らかい。アイラにも淹れ方を学んで欲しいのだが、お菓子を目の前に、どれから食べようかそわそわしてる様子から、それどころでは無かったことが伝わってくる。


 紅茶の美味しい淹れ方をアイラに見せてあげようとしてくれたであろうロイドに少し負い目を感じて、少し苦笑い。


「ははは、アイちゃん紅茶のお勉強も期待してるわよ」


「はい、任せておいて欲しいのです。今日は紅茶の種類に合う菓子の勉強を頑張ったのです」


「茶菓子は相手の好みの見極めも大事ですし、合う合わないも確かに大切なことですからな」


 ロイドは紅茶で喉を潤わせ、話を続ける。


「それで、アイラ殿のセシリアの呼び間違えやら、魔力の質、マルコム殿とセシリア様の敵対など、さまざまな事情がある様に見受けられます。このわたくしめにお話を聞かせていただけますかな?」


 セシリアを元に戻す為、ロイドの知識を借りる為に現状を話すことにした。オレがセシリアの振りをする必要もねーな。


「なにから話せば良いのやら――」


 一騎討ちでの出来事、オレの意識がセシリアの中で目覚め、その後ぬいぐるみの中に押しやられたこと、そして翌日オレの精神がまた、セシリアの中で目覚め、そして、セシリアが目覚めなかったことを順を追って説明した。

 ロイドは途中で驚きを隠せない様子だったが、今は目を閉じ、考え込む仕草をみせている。


「ロイド頼む、なんとしてもセシリアを助けてくれ! 力を、知恵を貸してほしい! いま、アイツはどうなってんだ!」

「ロイドさま、お願いなのです! セシリアさまを元に戻して欲しいのです!」


 オレは思わずテーブルに手をつき、ロイドへ詰め寄った。隣でアイラも立ち上がり、同じように懇願する。


「目の前に居るのはセシリア様ではなくジェリド殿……で、よろしいのですな。リングは王国の機密呪具のひとつ、地方騎士団の元団長に話すべきことでは――」


「ぁあ? アイツがこのままで良いってのか!」

「話してっ! セシリアさまを返して欲しいのですっ!」


 オレとアイラ、同時にロイドの言葉に突っかかってしまう。ロイドはオレ達を(なだ)めるように両手を上げて落ち着かせる。


「――話すべきことではないのですが、王国騎士団長不在で副団長のひとりまで欠くわけにはまいりませんな。――いまの話から察すればセシリア様の精神は魔邪の指輪(マージャリング)を通じ、本体へ取り込まれた。と、みるべきでしょう」



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