第十四話 四者面談
部屋を飛び出したアイラは、程なくして戻ってきた。「準備する!」と張り切ったのは良いが、肝心の何を準備するべきか分からずに帰ってきたのだ。頬を紅潮させながら小走りに戻ってくる彼女を見ると、なんとも言えない気分になる。
昼からは、王国騎士団長マルコム・マッケンジーとの面談がある。表向きはセシリアのダンバー領制圧後、彼女と入れ替わりに視察に赴いていたマルコムと、情報交換をすることになっている。
「そうなのですね、魔邪の指輪というのが、怪しいのですね」
アイラは似合わない難しい顔をしてオレの話を聞いている。
セシリアとの一騎打ちの後、こんな状況になったのも、あの呪いのリング魔邪の指輪が絡んでいるとオレはみている。マルコムがあのリングの効果に嘘をついてまでセシリアに渡した意図を、確かめなければならない。
――そこからセシリアを取り戻す手がかりが見つかるはずだ。
マルコムとの面談まで、まだ時間はある。オレはいま、髪を解いて、もう一度アイラに編み直してもらっている。シャワーを浴びたあと、髪ゴムで|纏めていただけだが、それでも変だったようだ。
「アイラ、おまえには団長の気の動きをよく観察していて欲しい」
アイラは癒し魔法を扱う。これは対象者の気の流れを把握し、自己治癒力を促進させたり、痛みの伝達を鈍くさせる特殊な魔法で、この使い手は他人の気の方向性に敏感だ。それに、アイラには何か仕事に集中させることで予想外のことをしでかすのを防ぐため、でもある。
髪の編み込みは綺麗に仕上がった。アイラのニコニコ満足顔を見れば完璧なのだろう。少し前にギャン泣きしてたとは思えねーな。
「はい、任せて下さい。あと、お服。セシリアさまをそんなダメダメな格好で歩かせられないのです!」
腕を広げて腰から捻ってフリフリしてみる。ショートパンツを履いた上に着ていたシャツが揺れる。
「あぁ、これな? テキトーに着てみた」
「それと、お話の仕方、普段からセシリアさまの様にお上品に振る舞っていて下さいっ!」
お、お上品だと? あの大雑把でテキトーなセシリアがか? アイラから見てのセシリアってどうなってんだ?
アイラが頬を膨らませ、こちらを睨んでくる。
「へーい。……もぉ! 仕方がないわね、じゃ、アイちゃん。服選びお願い。っと、こんなんでいーか?」
「もーっ! それでいいのですから、ちゃんとしてて下さい」
アイラはクローゼットからセシリアの服を選び、
「これをー、こうしてー。うーん、やっぱりこれで!」
彼女に言われるがままに腕をあげて着替えさせられる。黒に近いボルドーの薄手のキャミワンピに黒いレースジャケットを肩を出して羽織らされた。
「いや待て、アイラ。じゃねー……。アイちゃん。いつもこんなお淑やか風な格好はしてないでしょ。それにスカートだといざという時動きにくいわ」
あーだ、こーだ文句を言ったり、言われたり、その場でクルっと回転させられたりしながらも結局、プリーツのあるミニパンツスカートにショート丈シャツ、それと、やっぱりジャケットを肩出しで羽織わされ、あとはニーハイソックスを履いたら出来上がりっ、らしい。
まぁ、動きやすいこの格好なら大丈夫だろう。ただ、胸でシャツが持ち上がって、微妙にヘソの辺りがスースーするのが気になる。汗かいたら風邪ひいたりしねーか? これ。
「うん、可愛くできたのです! これなら動き回っても平気なのですよ」
アイラがセシリアに普段着て欲しいけど着てくれない服を、試しにオレに着せてんじゃねーかな。セシリアがこんな服着てんの見たことねーし。
でも、アイラのご満悦な笑顔を見てると、文句は言う気にはなれない。
「おー、アイラ。んじゃ勝負前にちゃーでもしばくかっ」
「セシリアさまっ、言葉使い!」
ははは、コイツ、揶揄い甲斐があっていいわ。無駄に暗く考えなくて済む。
オレたちは時間までゆったりと紅茶を飲み、王国騎士団本部敷地内、騎士寮とは反対側に建つ騎士庁舎の団長室へと向かった。
いざ出陣ってやつだ。
――――――
ドアをノックする。
「セシリア・アルデレッテ、並びに側仕えアイラ・ウェイマスです」
「あぁ、入ってくれ」
アイラに扉を開けてもらい、中へと入る。奥のデスクに座るのが王国騎士団団長、マルコム・マッケンジー。金色の瞳を持ち、紺色の髪を後ろに撫で付け、若干前髪を下ろしている。昨年、37歳のとき団長を引き継いだばかりである。団長就任に関しては色んな憶測が飛び交っていた。
隣に立つのはマルコムの側仕えロイド・リベラ、代々の王国団長側仕えを務め、文官でもある。
「こちらへどうぞ」
ロイドはオレたちをもう一つ奥の部屋へと案内した。マルコムはダンバー領から戻ったばかりで急ぎの書類仕事が溜まっていたらしく、少し待つことになった。
奥の部屋と言っても扉はない。そこには壁一面に本が並び、四人用の机と椅子が用意されていた。騎士団長の部屋らしく、良く言えば無駄のない造りになっている。
ロイドに席を勧められ、オレは座り、アイラは左後ろに立つ。
「セシリアさま、なんだか緊張してしまいますね」
ロイドが団長のところへ向かったのを見計らって、アイラは小声で話しかけてくる。オレも小声で応えてやる。
「そうね、静かな場所に少しの時間待たせるのは、相手を自分のペースに引き摺り込む為の雰囲気作りなの。もし、今後こんな状況になったとき、アイちゃんはその場所はまず深呼吸して、相手に呑まれないよう落ち着いて構える。って、覚えておいてね」
うむ、ちゃんとセシリア語で話せるオレ、えらい。が、話していてむず痒くなるのはまだ慣れていない証拠だ。
「そうとわかれば、こちらもやってやるのですよ」
アイラの意気込みに、オレは思わず吹き出しそうになる。――いやいや、そこまで気合い入れなくていいだろ。まあ、緊張して変なことをしでかされるよりはマシか。
「……ああ、期待してるよ。だが、くれぐれも大人しくしててくれ、な?」
――しばらくして、マルコムがやってきてオレの正面に座る。
「旧ダンバー領での調査、お疲れさまです。成果は挙げられましたか?」
「あぁ、キミが速やかにダンバー領を制圧してくれたお陰で、色々とコチラの欲しいものを揃えることができたよ。感謝せねばなるまいな」
ロイドがクッキーをテーブル中央へ置き、紅茶を淹れてくれた。そして、彼はマルコムの右後ろ、丁度アイラの正面に立つ。
「いえ、同じ国同士の兵士を殺し合うことを避け、一騎討ちで勝敗を決しましたので速く済んだだけです。まともに戦えばもっと長引いていたことでしょう」
マルコムが先に飲み、オレも紅茶に口を付ける。無骨な騎士団で出されるにしては、華やかで香り高く、それでいて柔らかくて飲みやすい。何度か出されたことがあるが、ロイドの淹れる紅茶はいつでも美味い。良い茶葉だというのもあるだろうが彼の淹れ方も良いのだろう。それにこのロイドの立ち居振舞い、不気味な程に隙が見当たらない。
「そうだな、自国民の血を無駄に流さなかったのは懸命な判断だろう。それで、ジェリドと一騎討ちになったと聞いたが、キミに託したリングを使用して討ち取ったのだな?」
「はい、ただ、リングを嵌めていれば魔力を使い切っても大丈夫だとお聞きしていたのですが、効果は感じられませんでした」
「ほう、嵌めたまま魔力を使い切って……。なにか変わったことはなかったか? リングは嵌めていないようだが」
アイラに目配せをして、リングの入った箱をテーブルに置いてもらう。それを開けてからマルコムに手渡し、
「申し訳ございません。ご覧の通り、石が割れてしまいました」
「――っ!」
マルコムの表情が一瞬凍りつく。手元のリングを凝視したまま、微かに手が震えているのがわかった。
「キ、キミは本当になんともない……のか」
アイラはそっとオレの横で姿勢を正し、視線を鋭くしている。――察しが良いな、コイツもマルコムの様子を感じ取ったらしい。
その声は掠れていて、いつもの堂々とした雰囲気がどこにもない。コイツ、本当に何かを隠してやがるな。
オレは澄ました顔で紅茶をひとくち。
「ええ、おかげさまで。何か不都合でも?」
片目を瞑り、マルコムの目を見る。一瞬だが視線を左下に逸らされた。
「あ、いや、キミがなんともないのならそれで良いんだ」
言葉こそそうだが、マルコムの声には明らかな戸惑いが滲んでいた。紅茶を飲み込むオレの喉の音すら、静寂の中で大きく響く。
「……それなら、良かったです」
コイツ、やはり何か企んでやがったな。指輪を通じて何をしようとしてやがったんだ、――そこがこの戦いの核心だ。
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※ ちゃーでもしばくか = お茶にしましょうか
方言です。わかりにくいかもで、ごめんなさい。




