表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/75

第十話 一日の終わりに


 お湯に浸かって目を閉じると、ふわりとシャンプーの香りが漂い、心なしか気持ちが落ち着いていく。魔物との激戦の疲れがじんわりと溶けていくようだ。


「あ、こんなところに……たんこぶ? 癒しておきますね!」


 アイラがセシリアの後頭部に手を翳す。その小さな手から淡い光がふわりと広がり、温かな気配が部屋に満ちる。彼女は騎士団内でマスコット的存在だが、癒しの魔法を使える貴重な人材だ。


「今日は珍しく怪我をされたのですね、セシリアさま」


 アイラが湯船の縁に手を置きながら、セシリアの後頭部をじっと見つめる。その目には純粋な心配の色が浮かんでいた。


「そうなのよ。今日の森はちょっと危険だったわね……キャコタウルスが出たの」


 セシリアが少し眉をひそめて言うと、アイラは突然、手を胸の前でパンと叩き合わせた。その音が風呂場の蒸気の中に乾いた音を響かせる。


「キャコタウルス! あの、お肉がすーっごく美味しい魔獣ですよね。えへへ、今日のご飯に出てくるかな、楽しみなのです」


 ――そっちかよ。魔物の強さじゃなくて、美味い肉の話かよ……。

 オレは(たらい)に浸かりながら額に手を当て、アイラのキラキラと輝く目を見つめた。


「あははは……えーっと、うん、そうよ、合ってるわ。でも、凄く強いからね、アイちゃん。だから、出会っても手を出しちゃダメよ」


 セシリアは苦笑いを浮かべながら湯気越しにアイラを見る。しかし、その言葉がアイラにどれだけ伝わっているのか、オレにはまるで自信がなかった。


 ――ダメだ、アイラのヤツ、危険だっつーことセシリアの言い方じゃ全然わかってねーぞ。


「おー、ついでにミラージとボアも狩ってきたからな、楽しみにしとけ! ただし、しばらく森には近づかねーこと。これが守れねーなら、オレらが狩った肉は食べさせねーかんな」


 少し声を張り上げて言うと、アイラは湯船から勢いよく立ち上がり、「おぉー」と声をあげ、またもパンッと手を叩いた。


「ウサギ鍋と牡丹鍋ですねー! わかりましたぁ、全力をもって近づかないでおくのです」


 彼女そのままオレに視線を向け、首を傾げた。


「でも、ラヴィたんってー、動くようになったばかりなのに、寮のこととか魔物のこととかよく知ってるのですね。なんだか不思議なのです」


 湯船の縁に顎を乗せていたセシリアが、クスリと笑ってアイラに言葉を返す。


「うん、ラヴィたんが魔法で動き出す前から、わたしが言い聞かせてあげてたからね。アイちゃんも色々と教えてあげてね」


 セシリアの声は穏やかで、いつもの副団長の威厳よりも、どこか優しい雰囲気を帯びている。それを聞いたアイラは目を輝かせながら、ジェリドを洗濯ネットごと掴み上げた。


「はい、わかりました、セシリアさま! じゃー、ラヴィたん。わたしのことはアイラ先生って呼んでも良いのですよ!」


 無邪気な笑顔を見せるアイラが目の高さまでオレを近づける。思わずオレは声に出して言うところを、かろうじて内心で叫んだ。

 ――近すぎっ! ガキんちょっつっても、身体はびみょーに育ってきてるだろ、もう少し恥じらいを持て!


 そして、湯船の中に戻されたオレは、足をバタバタさせながら叫んだ。


「よーし、セシリアーー! 次からは、水着を着て入れー。そんならオレも洗濯ネット要らねーしなー。それと、早く洗い終わって出よーぜー」


「なんで棒読みになってるのよ。まぁ、いいわ。わたしの髪が洗い終わったら、アイちゃんの髪洗ってあげたいんだけど、ラヴィたんはまだお湯に浸かっとく? のぼせてない?」


「まだ大丈夫だ、ヤバくなったら言うから」


 先に表に出されても、洗濯ネットのまんまで、脱衣所を歩き回るわけにもいかねーしな。


 のぼせねーように、オレは魔法でお湯をぬるくした。


 しばらく二人の仲の良いじゃれ合いを見せつけられ、なんだか尊い心地にさせられた。そして、もう、どうでも良いやと開き直り、ぼーっとセシリアを眺めながら、ここに来た時と比べ、アイツも成長しやがっもんだ、と感慨に(ふけ)り込む。

 はっと気がついた時には、のぼせていて、風呂上がりに足取りが怪しくなっていた。



 ――――――



 はぁ、なーんか風呂入って余計に疲れたぜ……。


 夕食にキャコタウルスのステーキがテーブルに並ぶと、騎士寮の食堂は一気にざわめきに包まれた。


「おい、聞いたか? セシリア副団長と魔法のぬいぐるみだけで討伐したってよ」

「そりゃ、いくらなんでも話、盛り過ぎだろ。以前、中隊で討伐行った時は、最初に発見した小隊が全滅していたらしいじゃねーか」


 その場にいた騎士たちの視線が一斉にセシリアに集まる。彼女は苦笑いを浮かべたものの、手元の皿に視線を落とし、黙々とステーキを切り分け始めた。


 ナイフと皿が擦れる音が静かに響く中、セシリアがぽつりと呟く。

「でもあの時、どこから受けたのかすら気付かない攻撃で……気を失ってたし……」


 その声はかすれて小さかったが、隣にいたオレにははっきりと聞こえた。彼女の眉間に寄った皺と、握りしめたナイフの震えが、その心情を物語っている。


 ――なんだよ、キャコタウルス倒した後の強気なオメーはどこいったんだよ。しょーもないこと気にしてんじゃねーよ、ったく。


 オレは頬杖をつき、セシリアを横目に少し声を張るように言った。


「オメーが正面からぶつかっていったからこその、あの勝利だろーが。堂々と胸張っとけ、ばーか、ばーか」


 軽くおちょくったつもりだったが、セシリアの目が鋭く光り、顔を上げた。


「ばかってなによ! そうだわ、わたしが居なきゃ倒せなかったくせに!」


「あぁん? オメーもオレが居なきゃ無理だったろーが!」


 オレとセシリアが互いに睨み合う。アイラは正面で驚いたようにフォークを握りしめたまま固まっている。


 一瞬の静寂が流れ、先にオレの表情が崩れた。


「……お互い無事で良かった」


 その言葉にセシリアも目を細める。


「ふふっ、……そうね」


 セシリアの頬に浮かぶ笑みは、どこか安心したように穏やかだった。オレもつられて笑みがこぼれ、そんな彼女の表情に、こころの声が微かに音を立てた。


「オメーが無事で良かったよ、ホントにな」


 オレら二人が互いに笑みを交わす中、アイラはセシリアの前で満足げな顔でステーキを頬張りながら一言。


「やっぱりキャコタウルスのお肉は最高なのです!」


 賑やかな食堂の喧騒の中で、静かに流れる二人の時間が確かにそこにあった。



 ――――――



 部屋に戻り、落ち着いたところで、今日一日で起きたこと、そして、オレが一騎討ちに破れ、眠っていた間のことも、今は素直に話してくれている。


「そうか、ダンバー子爵は投降して、そのうち処刑……か」


 オレがぽつりと呟くと、セシリアはベッドに腰を下ろしながら静かに頷いた。その顔にはどこか影が差している。


「ええ。その代わり、二人の娘さんは家名を取り上げられ、教会で修道女として生かされることになったわ。でも……息子さんは、残念だけど連座で処刑されるそうよ」


 彼女の声は淡々としていたが、その奥には微かな憂いが滲んでいた。――教会ね。そういえばコイツも騎士団に入る前は教会に居たんだったな。しかし、処分があまりにも急過ぎやしねーか。


「弁明も聞かず、内密に取り潰しが決まった挙げ句、たまたま近くにいたオメーが少数で攻め込んだ。罪状が外患誘致ってのも、新しい動きが隣国の領主の娘を第に夫人に娶っただけだろ? そんなのはどこの領主でも普通にあることじゃねぇか」


 セシリアは一瞬目を伏せ、手元のガーゼケットを握りしめた。


「そうね。でも、色々調べはついてるんだって。戦争後、団長が宰相閣下に連れられてダンバー領に出向いたのも、その証拠を得るためだったらしいわ」


 その言葉に、オレは顔をしかめる。

 ――宰相自ら証拠を確認しに行くほどの重要な話か……だが、どうにも腑に落ちねぇな。


 オレの頭の中に、ダンバー子爵のこれまでの行動が次々と浮かび上がる。確かに隣国ペルジアンの領主たちとも交流があり、時折出向くこともあった。だが、それはむしろギルーラ王国にペルジアンの情報をもたらすためのもので、これまでに役立ってきたことも多い。


「ふーん、わざわざ宰相さん自らねぇ……」


 オレは呟きながら、目を閉じて考え込む。しかし、その思考もすぐに行き止まりに突き当たった。


「……あー、やめだ。考えてても分からんことだらけでキリがねぇ。明日は朝から訓練なんだろ? もう寝るぞ」


 オレは手で頭を掻きながらセシリアをちらりと見た。彼女は黙って頷きながら、どこか遠い目をしていたが、やがて小さな声で呟いた。


「……そうね、そうしましょ。じゃ、朝になったら起こしてね。おやすみ、ラヴィたん」


「ラヴィたんね、はいはい、また明日。おやすみ」


 オレは飾り棚の上に用意された布団に横たわる。体は疲れているはずなのに、目を閉じても頭の中は静かにならず、眠気が遠ざかるばかりだ。


 天井を見つめ、ぼんやりと今日一日のことを思い返していると、セシリアのかすれた声が耳に届いた。


「ジェリド……」


 彼女の声は静かで、どこかためらいがちだった。オレは一瞬、独り言かと思ったが、返事をしてみる。


「……どうした?」


 彼女は少し間を置いてから、小さな声で続けた。


「ううん、なんでもない。ただ……今日はありがとね」


 その声は、耳をすませなければ聞き取れないほど小さかったが、不思議とその言葉だけははっきりと胸に届いた。


「……あぁ、また明日な」


 オレは視線を天井から外さずに応じる。セシリアの背中が毛布に沈む音が聞こえた。


 部屋は再び静けさを取り戻したが、オレの頭の中は静かにはならない。このオレの精神がいつまでここに居られるのか、セシリアの面倒をもう少し見てやれるのか――そんなことばかりが浮かんでは消えていく。


 気がつけば、天井を見つめる視界がぼやけていた。眠りに落ちる寸前、ふと思った。


 ――オレに……明日は来るのだろうか。


 外の夜風が窓をわずかに揺らし、薄い音が耳をかすめた。静かな夜は、少しだけ重い空気をまといながら、ゆっくりと更けていった。






 ——————————————————


★ 後書き


 ギルーラ王国騎士団について

 団長1人 副団長2人 旅団長3人 大隊長12人

 部隊人数は、旅団(2048人)―大隊(512人)―中隊(128人)―小隊(32人)―分隊(8人) が基本です。

 分隊が4つ集まって小隊。4つ小隊が集まって中隊。こんな編成です。分隊長以下の騎士は別の仕事もしている兼業騎士が殆どです。

 ギルーラ王国騎士団は、3つの旅団で合計6000人程です。

 そのうち、王都詰めが約1500人。そのうち、寮生活しているのが350人です。王都の寮は6棟が同じ敷地内に建っていて、寮とは別に庁舎もあり、訓練場もあり、敷地は結構広いです。

 寮生活しているほとんどが平民です。貴族は王都屋敷から通ってます。

 ギルーラ王国民が400万人程で広さは北海道やオーストリアぐらいと思って下さい。

 お隣のペルジアン王国は人口1500万人でこの世界の大国の一つに数えられており、ダンバー領と隣接しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ