第九話 癒しの泉にて
『セシリアさまは、ぬいぐるみに魔法を発動させ、自由に動けるようにした』
アイラが喜び勇んで語ったこの噂は、瞬く間に騎士寮中を駆け巡っていた。魔法の新発見は、この世界で常に人々の関心を引きつけるものだ。そして、期待が高まれば高まるほど、それがもたらす波紋も大きくなる。
ざわつく騎士たちの前で、オレは大げさに右手を振り上げてみせた。
「うおぉーっ! 副団長殿ーっ! 素晴らしいです!」
歓声が上がり、涙を浮かべる者までいる。この熱気、妙におもしろい。
――ちょっとからかってやるか。
そう思った瞬間、セシリアの手が後頭部に飛んできた。パンッ!
「……何やってんのよ!」
彼女はそのままオレの手をぎゅっと握り、前へ進み出る。その手は微かに汗ばんでいた。セシリアが深呼吸をしてから、しっかりとした声で騎士たちに向かう。
「みんな、聞いて。今回の魔法は偶然発動しただけで、まだ何もわかってないの。それに不完全な魔法だから、少し離れるとこの子は動けなくなるのよ。だから、今は静かに見守っていて。完成するかどうかも分からないし、無用な混乱を起こしたくないの」
セシリアの言葉に、騎士たちは一瞬静まり返る。そして……
「「了解しました、副団長殿!」」
騎士団員達の熱気と興奮が冷めやらぬ中、オレは手を繋がれたまま声を張る。
「ん、まぁ、そう言うこった。よろしくな! これからオレらは狩りの戦利品を仕分けしたり、やる事いっぱいあっからよ。オメーらはとりあえず解散な、解散!」
寮内が、ひと際おおきな歓声に包まれる。オレは手を繋がれたまま呟いた。
「オレの話の方が反応凄かったな」
するとまた、セシリアの手がオレの後頭部を直撃した。
「もぉっ、余計なこと言わないの!」
騎士達は未だ感嘆の声をあげたり、互いに感想を述べながらも各自去っていった。オレ達は肉以外の狩りの戦利品を受付けの人に預け、騎士見習い兼、側仕えのアイラを引き連れて部屋に戻るとする。
うん、急遽の弁明にしてはコイツなりによく頑張ったもんだ。まぁ、あの感じならオレがずっとセシリアに付いてっても大丈夫だろう。
明日、元ダンバー領から戻ってくるマルコムのヤローに会う時も、ラヴィたんのままでいっか。
――――――
セシリアは部屋に入ってラッシュガードを洗濯カゴに投げ入れた。そして、タンクトップ姿のセシリアがオレをじーーっと見つめてくる。
「…………」
「ん? どうした?」
「汗で体がペタペタしてるから、夕食の前にアイちゃんとお風呂に入りたいんだけど……」
「おー、セシリアさまとお風呂なのです。やっぱりラヴィたんも連れて行くのですか?」
「おぉ、お、お、おんな風呂だと……?」
アイラがセシリアの腕にしがみつきながら言った「お風呂」の一言に、オレは頭をフル回転させる。視界の端でセシリアが無表情のままお風呂道具を準備するのを見ながら、オレはその展開をじっくり噛みしめていた。
「セ、セシリアさまぁ、ラヴィたん、なんだかお顔が崩れて、その……ちょっと気持ち悪いのですぅ」
アイラは涙目でセシリアにしがみつき、肘を引っ張っぱる。
「あ゛ぁぁん? ひとの顔見て気持ち悪ぃたぁ、なんてこと言いやがんだぁ? オレだってなぁ、日頃の疲れを癒しに風呂ぐれぇ入りてぇーに決まってんだろーがよー」
アイラが泣きそうな顔でセシリアに訴えかける。それを聞いたセシリアが溜息をつきながら、またオレを睨みつけた。
「……だから、怖がらせちゃダメって言ってるでしょ! 日頃の疲れなんて今日一日動いただけじゃない」
――ここで引き下がるわけにはいかねー。うむ。左右の腕を上げて脇のところをくんくん匂いをかいだ。そして力を落とし、項垂れ、か細い声を出してみる。
「ラヴィたん、お風呂に入りたいなぁ。ほら、魔物と戦って大変だったしぃ、ちょっとクチャくなってるかもしれないしぃ。――って、いてっ」
パシッ! と、セシリアのチョップが飛んできた。
「そんな声出さないのっ! 余計に気持ち悪いわ。――もぉ、そういうのはいいから」
――気持ち悪いって言うから、可愛くしただけなんだが……解せぬ。
結局オレは洗濯ネットに押し込まれたまま、アイラに抱えられてお風呂場へ向かった。
――おい、アイラ! ネットごとオレをブンブン振り回すんじゃねぇ!
――――――
――お風呂、それは癒しの場。日頃、酷使した体を、擦り減った心を労り、自ら纏う全てを脱ぎ去り、ありのままの自分を解放する場である。
扉を開けると白い湯気が漂い、その充満する温もりを感じるだけで、もう既に幸福感に包まれていく。
ふぅ、あったけぇ……やっぱお風呂は良いねぇ、生き返る心地だぜぇ、って、
「オレだけ盥かよっ!」
目の超細かな洗濯ネットに包まれたオレは足を伸ばして、湯船の隣に置かれた盥に浸かり、腕をバタバタさせた。
「洗濯ネットの中なのによくわかったわね。でも、贅沢言わないの。温度がぬるくならないように、魔法であっためててあげてるんだから。もっと感謝しなさいよね」
セシリアは広い湯船の縁に手の甲を敷いて顎を乗せて、オレを見ている。足を伸ばしてゆらゆらさせて、心地良さそうだ。アイラもセシリアの隣でおんなじ格好だ。
オメーらだけ広いとこ浸かりやがって、魔法でお湯を凍らせてやろうか。
まぁ、オレも盥の縁に頭乗せて、足を反対の縁に載せて、なかなかに心地良い。湯加減もセシリアの魔法にしては上出来だ。広い心を持つオレ様だ、今日のところはお湯を凍らせるのは勘弁してやろうか。
などと思いながら、ぼーっとお湯に浸かっていると、セシリアもアイラも体を洗いに出てきた。
「それじゃ、お背中流しますねー。わぁ、セシリアさま、ホントお肌スベスベなのですぅ。触り心地良くってなんだかずーっと、なでなでしてたいのです。えへへ」
「あはは、やめてー。うぅぅー、くすぐったいからぁ。もぉー、アイちゃんってば。――でも、アイちゃんのお肌ももっちりしてて気持ち良いよ、羨ましいわ」
アイラが腕をあわ泡にさせて、セシリアの背中からお腹に腕をまわし、ぷにぷに頬っぺを背中にすりすりしている。
セシリアはくすぐったそうに肩をすくめ、腕を両脇に寄せて、イヤイヤをするように腰を左右にくねらせ……
――って! 見えてんだわ、これ! 最初っからずーっと見えてんの! セシリアのバカ、アイツぜんっぜん気ぃ付いてねーけどなっ、洗濯ネットの目がいくら細けーつっても、少し白っぽく見えるだけで、普通に見えるからな! このヤロー! なにコラコラタコ! ……ありがとうございます。
広い心を持つダンディなオレ様だ。ここはなんとか心を落ち着かせて、バレないように大人しくしておこうか……。
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★ 後書き
☆ 新しい魔法の生活面、軍事面の発展。
例えば、この話で騎士団員が信じたセシリアの新しい魔法が確立されたとします。
生活面では、ぬいぐるみに意思を持たせ動くようにし、身の回りの世話をさせるようにすれば生活レベルの向上は計り知れません。
また、軍事面においても、ぬいぐるみ兵器として行動させれば他国を圧倒し、支配することも可能となるでしょう。
この様にこの世界では、新しい魔法が発見された国は他国にアドバンテージができ、発見した人間が英雄視されるので、非常に面倒なのです。




