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王太子の妃選定

「ごらんなさい、リューセドルク。あなたの花嫁になりたくて、あんなに娘たちが集まっている」


 母王妃の言葉に、リューセドルクは蒼い眼差しを王妃の間の窓から下へと向けた。

 王妃たっての希望で、かつての場所からこの塔へと移った理由は、城の北側に広がる澄んだ湖の景観が気に入ってのことだというが、同時にこの塔からは、城の中庭もよく見えた。

 いざというときには城下の民も皆収容できる規模の中庭には、春というには強い日差しが降り注ぎ、命が吹き出すように草が芽吹いていた。いつもは城勤めの者たちが忙しなく踏み分け道を行くだけの時間だが、今は色とりどりに装った令嬢とその付き添いたちが、途絶えることのない列を作り、笑いさざめきながら案内に従って城郭の北翼へと入っていく。

 彼らは城で最も広い大広間を見学しつつ、そのまま城郭と繋がる客用の棟へと滞在させることになっている。そして、今もまだ、城の東大門の外に、中庭に入りきらず溢れ出た人波が城下の通りまで繋がっていることも、リューセドルクは把握していたが、口を挟むことはしなかった。

 あの中から、自らの妻であり、次期王妃となるにふさわしい娘を選び出すことを、王妃は望んでいる。国に関わる重大な問題を抱えている今、いや、普段であったとしても、それはうんざりするような苦行だということは明らかだったが、リューセドルクは微笑んだ。


「健気なことです。必ず、ふさわしい娘を見つけられることでしょう」


 婉然と笑みを浮かべた唇が、どんな娘を求めるのか、国中が注目している。

 この国の唯一の王子であり王太子に定められたリューセドルクの婚約者は、幼い頃に一度定まったものの、その一家がまもなく事故で死亡して後は空席のままである。

 浮いた噂もない王太子の妃の座を求めて、貴族の年頃の娘たちとその親は、立太子以降の六年、ずっとそわそわと落ち着かない。

 もちろん、国の要職を占める大貴族家に年頃のよい娘も数人いるが、王家の権威は現在のところ揺るぎなく、王家に忠誠を誓う信頼できる人材も多く育っている今、王太子の地盤は磐石と言える。今更さらなる後ろ盾を必要としないリューセドルクは、いつか必要になればその騒ぎに乗じることはあっても、急ぎ事態を納める必要性を感じていなかった。

 だからこそ、王妃の強い希望を受け入れる形でこの催しを実現させつつも、最終的な決定権はリューセドルクにあると、王妃に確認をとった上で、茶番を受け入れていたのだ。

 だが、この五年ほどの懸案事項が、ここ数ヶ月でいよいよ切実なものとなり、事情が変わってきていた。

 王妃の間を辞し、塔の中階から狭い通路を通って城壁の上へと出る。令嬢たちに見つかるのを避けるために、来る時もここを使ったので、側近たちはそこに待機していた。王太子になって以来、城の中でさえ一人歩きはしていない。

 中庭をもう一度見下ろしてから、執務室へと移動した。令嬢たちが見学をしつつ通り抜けていく翼とは中庭を挟んで反対側の城壁に沿うように、父の代に増築した優美な外観の棟があり、そこに王太子の居室と執務室はあるのだ。

 執務室と言って、元は広い部屋が資料の皮紙や木簡などの収納に圧迫されたところに、大きな卓がどん、とひとつ。それを囲む思い思いの席で仕事をしていた側近たちが、許された簡略化された礼をとり出迎えた。


「ネクトルヴォイ領のご令嬢も、到着済みのようです」


 うちの一人が報告した内容に、リューセドルクは頷いた。

 今日登城した令嬢たちの中に、特別誰かを求めるつもりはなかった。

 だが、この令嬢は別だ。ただし、求めるものは、娘本人ではない。


「ルヴォイの森との親交とはどれほどのものか。王太子妃とするかどうかは娘本人の資質を見てからでなければならないが、この機会に話は聞いてみたい。そうだな、父親とは別のほうが、聞き出しやすいかもしれん」


 かしこまりました、と側近が一度下がる。

 これで、数個の布石が打たれたことになる。

 リューセドルクの歩む道は、すべてが国を基準とし、その結婚も、幸せも、全てが国のためにあるものなのだ。花嫁ですら、未来を見定めて、よい時節によりよき相手を見定めるだけのこと。

 リューセドルクは、顔も知らないネクトルヴォイの姫が、できれば妃としてふさわしく振る舞える人物であることを期待した。そうすればこの国は、ルヴォイの森との繋がりのついでに、未来の王妃をも得ることができる。


中世も初期、ごつい砦のようなお城に、居住性の高い城館が増築されてきたような感じです。

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