09 プレイヤー
その街は齊藤たちといた街と違って、いかにも田舎の村のような感じだった。牛小屋らしきものがあり、藁が積まれており、建物はほとんどが一階建ての粗末なグラフィック。
「おーい、誰かいますかー?」
サタンが背中から降りてあたりを見回す。
「俺はちょっと屋根の上から見てみる」
「うん」
屋根に飛び上がって家家の間を覗いて回るが、とんと人の気配がない。もう移動したのか?
「あっ! なんだお前たちは!」
サタンの声が聞こえた。なんだ? もしかして、前にニドが言っていた「エネミーがスポーンする街」というやつなのか? 慌てて元の場所に戻る。サタンが他のプレイヤーたちに追われていた。
「はあ?」
「『妨げる者』!」
ぴたりと追手の二人は足を止める。だがサタンよりレベルが高いらしい。すぐに末端から動き始めた。
「乗れっ」
さっとサタンの前に降りて片膝をつくと、サタンは慣れた様子で俺の背中に飛び乗った。そのままぽんと屋根の上に上がる。見た感じ、勇者と魔法使いだ。屋根に一飛びで乗ることはできない。
「ちょ! 待った! おい、勇者さん……」
「英雄の閃光!」
「待てって」
全くこっちの言うことを聞いてくれない。どうすりゃいいんだ? とにかく屋根の上を走り出すと、何かが風を切る音がした。
「うっ」
背中でサタンが呻いた。
「サタン!」
「矢が…当たった……」
フレンドリーファイヤ……むしろPK(対人攻撃)ができるのか……。「英雄の閃光」は齊藤も使っていて、直線攻撃が出るやつだ。衝撃波みたいなものが縦に並んだエネミーを貫通する。矢が飛んできたということは、どこかに弓師がいるんだろう。
「ニド! 温泉は」
[その道を右です]
いくつかの屋根を乗り移って温泉に飛び込む。サタンがほっと息をついた。ゆっくりはできない。また屋根を駆け上り、街を突っ切ってマップに出る。
「怖っ」
「なんだあいつら……」
「サタン、大丈夫か?」
「うん。ちょっと脚にかすっただけだったから」
「どこか街に入って一休み……いや、齊藤たちに心当たりがないか聞いてみるか?」
街に走って帰ると、齊藤たちは出る前と変わらずイライラしながら中央の広場にいた。
「人はいたのか?」
「いたけど、急に襲われたんだよ。話もできなかった。なんでだかわかります?」
「襲われた……。何か掴んだのかも知れないな」
「何か掴んだ?」
「クリア方法だ。インフォマは『滅ぼす者』を退けたらクリアだと言う。でも具体的なことは何もわからなかったんだ」
「はあ」
そういえばニドかサタンがそんなことを言っていた。自分ごとと思ってなくてすっかり忘れていた。
「聞き出してくれ。忍者なんだろ? こっそり忍び込んで情報を集めてこい。あとその女は置いていけ」
「嫌だ!」
サタンがきっぱりと言った。
「ござるは私のしもべだ! お前が指図するな!」
やばい。キュンとしちゃう。ゲームでマゾキャラ使いではあったが別に性癖がマゾなわけじゃなかったのに。
「鼻の下を伸ばすなござる! 気持ち悪い!」
はい。なんとでも言ってください。
齊藤はチッと舌打ちをすると、手で俺たちを追い払うしぐさをした。二人で行ってもいいということか。
それでは、とまたさっきのおっかない街に近づいてみる。街に入ると問答無用で中央広場に放り出される仕様なので、恐らく中央広場を見張っているやつがいて、誰か来たら示し合わせて攻撃しているんだろう。
「俺が先に行く。あいつらが俺を追いかけて来た頃にお前が入れ。入ったら人気のない通りにいろよ。下手に物陰に隠れると逃げ場がなくなる。攻撃されたら空に向かって通常攻撃しろ。俺がそこに助けに行く」
「うむ」
自分でベラベラしゃべってからちょっと照れる。「助けに行く」とか、俺みたいな人生でなかなか言わない。
「中の人数を確認していてくれ。減ったら逃げろ。齊藤たちのところへ」
街の中に踏み込む。誰もいない広場。でも……。
[来ましたよ。左後ろ]
「影下跳梁!」
ひら、と自分の体が舞い上がる。勇者っぽいだれかの頭の上を飛び越えて、とんと屋根の上に収まる。そのまま走り出す。さあ、ついて来い。
「あそこだ!」
[お気をつけて。弓師がいますよ]
ニドから言われるなり、ビッと弓矢が左の上腕を引き裂いた。
「うっわ」
[『一転突破』を使われると死にます]
「いやーん! やめて!」
[物陰に隠れることですね。物理的な障壁は貫通しません]
それはつまり、屋根の上にいるのはまずいということだ。的が遮るものもなく歩いているんだから。飛び降りて走る。一階建てだから、その気になれば家を飛び越えることもできるだろう。中央広場から離れたところにこいつらを連れ出したい。
「『英雄の閃光』!」
一個向こうの通りから声が聞こえる。闇雲に打っているようだ。あれは貫通だから、たしかに壁越しでも当たってしまうかも知れない。思い切り踏み込んで飛ぶと、思った通り屋根を越えてその先の通りへ。弓師と勇者。あと一人は──確か魔法使いだ。どこにいて何をしてる?
[あぶない!]
ニドがさっと俺の左肩で羽を広げた。次の瞬間、その体が砕け散る。
「ニド!」
ニドがいたその視線の先に、黒いフード付きのマントを着た女が手のひらから紫色の球を出していた。あれだ。ニドに彼女の攻撃が当たったに違いない。
「くそっ」
まずいかも知れない。ニドも温泉で復活するのか?
「『一転……」
「『影下跳梁』」
弓師の真後ろに飛ぶ。矢は飛んだのか? とりあえず自分が無事なようで安心する。一瞬俺を見失った弓師の喉元に、太刀を突きつけた。
「あまりこんなことはしたくないんだが」
「……!」
「攻撃をやめるんなら離してやる」
路地裏から勇者が走り出た。まさかパーティのやつを殺したりしないだろうと思ったが、こちらに剣を構えた。
「待て! 俺は……」
「『英雄の……」
「!」
「閃光』」
「『影下跳梁』」
少しばかり遅かった。放たれた衝撃波で弓師の足の一本が膝下からふき飛ぶ。
「まじか!」
「うわああああ!」
温泉に連れて行ってやらないといけない。しかし躊躇なく仲間ごと殺そうとするとは……。
ニドもいない。さっきの記憶を頼りに走る。弓師の男の腕を肩に回すが、やはりサタンに比べれば重い。飛ぶことはできない。何より相手は片足で出血もしている。
「温泉に連れて行くから頑張れ!」
「………」
男は真っ青になっている。足がもげたせいなのか、精神的なショックのせいかはわからない。道を曲がって来た魔法使いとバッタリと出くわす。
「打つな!! この男を助けたいんだ」
「……あっ……」
こっちの方はさっと手を引いた。まだ話が分かりそうだ。全く勇者なんてのは齊藤にしろ思い込みが激しくて頭に血がのぼりっぱなしだから困る。
「……ちょっと、手伝ってくれないか。そっちの肩を持ってくれ」
「……」
魔法使いは殺そうとはしなくなったものの、力を貸そうともしない。
「おい! あんたこいつの仲間じゃないのかよ!」
「殺せ!! もしかしたらそいつが持ってるかも知れん!」
追って来た勇者が叫ぶ。これは大ピンチ!
「『英雄の』」
「すまん!」
「『閃光』!」
弓師から手を離してジャンプする。弓師は力無くその場に倒れたが、死んではいない。衝撃波がつま先すれすれを掠めていく。あのスキルは思うよりディレイが短い。しかも見境ねえなあいつ。もう少しで温泉なのに。
「Zacさん! ルイさんまで死んでしまう!」
「ルイが持ってるかも知れない!」
「そんな……」
「せっかくだ! お前も死ね! 『英雄の…』」
「『一転突破』」
「『閃光』」
「ちょ!」
魔法使いの腹に穴が空いたのと勇者の胸に矢が突き立ったのがほとんど同時だった。
「んな……」
「馬鹿ども」
いつの間にかサタンが路地の隅に立っていた。
「おい! 助けなきゃあ」
まず足元の勇者を見る。死んでいる。一撃で心臓を射抜かれたようだ。『一転突破』怖い。
次に魔法使いの方。こちらはまだ生きているが、まさに虫の息、ぴくぴくと痙攣している。まずい。
「早く温泉に」
「……動かすと……」
サタンの制止も聞かずにぐいと腕を体に回して身を起こさせ、立ち上がるとぼたぼたっと赤い何かが腹からこぼれ落ちた。
「ん?」
肉片……というか、内臓?
「ぐうっ」
魔法使いが動かなくなった。
「おい、おい、あんた!」
「死んだ。どうせもうだめだったんだ」
「まじか……」
そっとその体を横たえる。最後に弓師のところに行くと、こちらもまた虫の息だった。出血がひどい。でも間に合いそうだ。肩を取り、なるべく揺らさないように歩いて温泉に入る。ボワッとニドが復活した。
「おー、ニド!」
[どうも]
男の足も緑の光が集まったかと思うと、すぐに元通りになった。大丈夫そうだ。
「こんなことになるとは。ちょっと聞きたいことがあっただけなんだが」
「………」
「なんで人を殺してんだ? 持ってるかも、って言ってたな? なんのことだ?」
「……クリア条件………」
「ん?」
「クリア条件が、『いけにえを持つものを捧げろ』だった……」
「はあ?」