07 現実
齊藤さんと田宮さん(剣士の人)は、3日ほど前からこのゲームを始めたらしい。そしてログアウトできないことに気づき、出会う人たちと情報交換し、色々な道を探ってきた。その間にエネミーとも戦ったし、職も変えたし、人も死んだ。
「俺の職は『勇者』だ。『狩人』もあって最初はそれでやってたが、近接で殺されかけてやめた。魔法使い系はだめだ。そっちのサタンさんみたいに、一撃はでかいが発動するまで時間がかかりすぎる」
「へー」
「俺は最初から剣士にしました。体力もあるし、スキルが複数攻撃なんでなかなかいいですね」
「へー」
初めて聞くことばかりでただただ関心していると、二人の視線が俺で止まった。あ、これ、俺の知っていることを話せ的な?
「俺の方は最初から忍者で。攻撃も太刀で斬りつけるのと手裏剣しかないから、倒すより逃げるのでレベルアップしてたんだ。そっちのサタンとパーティ組んで。ずっと二人だったから、他の人のことは全然知らない」
「もともと二人でこのゲームを申し込んだのか?」
「違う。たまたまログインしたばかりの頃に会ったんだ。で、レベル上げしたいなー、一緒にやるかーって」
「ふうん。それで呑気にレベル上げしていたのか」
「そうですね。夢だと思ってたし」
「おかしいと思わなかったのか? 痛いとか、臭いとかあっただろう?」
そういえば蚊に喰われた時は相当痛かった。確かに夢なら覚めそうなもんだ。
「言われてみれば、って感じかな」
「まあいい。白魔法使いが死んでしまったし、俺たちとこのままパーティを組まないか」
「パーティを……」
ちらっとサタンを見る。サタンはただ成り行きを見守っているように見える。どうしようか。正直、サタンと二人でレベル上げをするのは苦じゃなくなってきたし、そもそもこんな美少女の太ももに遠慮なく手をかけて胸を背中に密着されて(期待するような感触はないが)走り回るのは悪くない。全然困ってない。
ただ、俺はこのゲームのことを知らなさすぎる。その点は彼らから勉強させてもらったほうがいいのかも知れない。
「……そうですね。色々教えていただけると嬉しいです」
「よし、決まった」
齊藤さんが改めて手を差し出してきた。握手。サタンの方はぷいと顔を逸らして拒否の姿勢。これがツンデレというやつか。
「ちょっと出てきていいですか?」
「いいよ。パーティだからな。どこにいても居場所はわかる」
とりあえず身を寄せた街からそっと抜ける。パーティメニューが開くようになった。パーティメンバーの変遷も見られるようになっている。リーダーが齊藤、次に田宮さん、そして俺、サタンと左から並んでステータスが見え、その次に全体が灰色に沈んでいるステータスがあった。ミユ、白魔法使い。
居場所をニドに尋ねると、ニドは案内してくれた。先ほどの恐竜の森の中。もうドロップアイテムのガラクタは消えていて、彼女の死体だけが打ち捨てられている。
「よいしょ」
まあまあ太い木の枝を拾い、多少柔らかそうな場所を狙って土を掘り起こす。スコップじゃないから効率的とはとても言えない。木の根や草の根が絡み、クッションのように突き立てた木の枝を受け止めてしまう。汗が噴き出し、ぽたぽたと地面に落ちていく。
「ふう」
確かにな。
これは確かに現実かも知れない。夢じゃない。おかしな話だが、齊藤たちの言う通り、ゲームの中に俺自身が閉じ込められちまったのかも知れない。
「はっ……どっこいしょ」
土が顔にかかる。土の匂いと味。じゃりじゃりとした感触。親指と人差し指の間に痛みがある。皮が剥けたのか、ただ痛いだけなのか。
じゃあ、この世界で死んだらどうなるのかな。
「ふう」
額の汗を手甲で拭く。なかなか掘り進められない。木の枝じゃあな……。
「どけ」
はっと顔を上げると、サタンが黒い渦を出していた。後ろに跳ぶ。俺がいた場所に大穴が開いた。
「ありがとう……」
女の死体をそっと持ち上げようとするが、筋肉が固まっているらしくうまく抱き上げられない。仕方なく引きずって穴まで運ぶ。口元に潜り込んでいた虫が驚いて逃げ出して行く。完全に死んでいる。
穴の中に遺体を入れて、気休めにそこらへんに咲いていた白い花を飾る。土をかけて行く。
「なぜお前がやる?」
「他にやりそうな奴がいないからさ」
サタンは近くの木にもたれて、ただ俺が彼女を埋めるのを見ていた。
「お前は馬鹿だ」
「わかってるよ。でもかわいそうだろ。生き返るんならさ、ほったらかしてもいいんだろうけど、そうじゃないんだろ」
かなり時間をかけて、こんもりと土の山ができた。手を合わせる。この人がログアウトできてるといいな。
「サタン様は気づいてたのか? ログアウトできないこと」
「うん」
「よく慌てなかったなあ。俺、お前がそんな感じだから平気だったのかもな」
「困るか」
「ん?」
「ログアウトできなかったら」
「うーん、職場は困ってるかもなあ。うち、人手が足りなくてさ。お前は困んねえの? 親とか、学校とか」
「困らない。一人だから」
サタンの顔を見た。少し寂しげに見えた。何かわけがあるのかも知れない。ログアウトできないことも、気づいてもあえて口に出さなかったのか。
「……まあ、俺も俺は困ってねえな。そんなもんなのかもな」
「……」
「さあ。戻るでござるか、サタン殿」
「……サタン様」
「ん?」
「サタン様がいい。その方がしもべっぽいであろう」
「ふっ……。背中にお乗りになりますかな?」
「今お前汚いから嫌だ」
「はい……」