03 街
ニド(俺が適当に名前を付けたガイドマスコット。インフォマというものらしい)の言う通り、しばらく歩くと森の中にいた。急に薄暗くなったかと思ったら森のど真ん中にいたのだ。こういうとこはゲームっぽいんだな。
[ほらね、いるでしょう]
「まじか……」
[あれがレベル2から3の敵、モスキートですよ]
いるけど、蚊って言うけど、まあでかい。人の顔くらいはゆうにあるでかさ。そして……
「あれ全部がそうなの?」
[そうですね。蚊なので当然……]
「蚊柱になるってわけ?」
黒雲のように、竜巻のように群れをなしている。キモッ!! てか、最初の蜘蛛の時点で虫がだめなプレイヤーは無理じゃないのか。仕方がない。とりあえず太刀で竜巻を切り付けてみる。嫌な重い手応え。黒い柱が乱れてよれる。
「うげ……」
太刀が瞬く間に何かの粘液的なものと取れた羽やら脚やらで汚れる。やだな……。と、何匹かがこちらに飛び掛かってきた。さほど素早くもないので切り付ける。これはなかなか気分がいいな。戦ってる気になる。
[あ。うしろ]
ニドに言われて半身をひねり蚊を切る。その隙に脚に1匹留まった。
「いででででで!!」
何か針のようなものがぶっすりと突き刺さり、じゅうと吸われる感じがはっきりとあった。慌てて手で引き剥がす。でも脚に刺された何か(たぶん口)が残ったままだ。
[蚊なので当然刺します]
「だから! 早く言えよ!!」
蚊柱がこちらに傾く。あの数に一斉に飛び掛かられたら死んでしまう。逃げ出して走る。追ってきたのは数匹だけだ。助かった……。
「いや、これ辛い」
ぶつ、と足から蚊のストローみたいな口を引っこ抜く。返しが付いているらしくかなり痛む。
「どうやって治すの?」
[温泉があることがあります。レベルアップでも全回復しますよ]
「温泉? この辺には?」
[温泉があるのは街中とかですね]
なんだよそれ。クソゲーが……。はぐれた蚊を殺していると、やがてまた足元から風が吹いてレベル4になったのがわかった。あんなに汚くなった太刀もまたきれいになる。レベルが上がりやすいから回復手段があまりなくてもなんとかなる仕様なのか?
[先に言っておきますがレベルが上がりやすいのは20くらいまでです]
だめだこれ。マゾゲーだ。
「人に会いたいな。MMOなんだろ? このゲーム」
[MMOというのは分かりませんが、街なら真っ直ぐ歩けば着きますよ]
どうせ歩いてたらまたいきなり街のど真ん中に出るんだろうなと思っていたらその通りだった。
街はいかにもMMOの街並みそのもので、並ぶ家の中に入ろうとしても入ることができない。ドアも窓もただのグラフィックだ。
「だれかいませんかー」
がらんとしている。ベータ版のテストプレイだから、そもそもプレイヤーが少ないのかもしれない。
「おおおおい」
[あれが温泉ですよ]
ニドに言われて顔を向けると、温泉というよりは井戸のようなものがあった。直径2メートルほどの円形にレンガが膝の高さくらいまで組まれており、エメラルドグリーンに光る不思議なもやが中にかかっている。ちょっと足を突っ込んでみると、暖かくて、温室にでも入ったような感じがあった。
「怪我したらこれに入るわけか」
[そうですね]
「この辺には敵は出ないのか? この近くで戦えれば怪我してもすぐ治せるだろ」
[たまにゾンビがでる街もありますが、ここは普通の街なので何も湧きませんね]
何もない。店の一つもない。誰もいない。こんな寂しいMMOは初めてだ。NPCすら見かけない。
「おーい」
頭を巡らす。試しに踏ん張ってジャンプしてみると、ぽーんと屋根の高さまで飛び上がることができることに気がついた。忍者だからか! 誰もいないならこれを満喫しようと、屋根屋根を飛び回ってみる。かなり気分がいい。
「ニンニン!」
[アホですか]
ついでに手裏剣も投げる。カカッと軽い音がして屋根に突き刺さる。まだ十枚もないが、温泉が近くにあるのがわかっているからどんどんやる。命中率も悪くはない。
「ははっ! これ楽しいなあ!」
ひらっと飛び降り、受け身で一回転してポージング。やばっ! やってみたかったんだよな!
「ニンニン!」
キッとキメ顔をした視線の先に、とても冷たい目をしてこちらを見ている細身の人物がいた。一気に冷や汗が噴き出す。
「………」
長い黒髪で色白の、ものすごく綺麗な少女に見えた。15、6歳か。いやいや。児ポ法の壁……。17、8……18、9ということにしておこう……。服装は露出の多い魔法使いと言ったところで、肩が剥き出し、細くしなやかな脚も黒のホットパンツから丸出しになっている。
残念なのは、その露出の多さに比較してあまりにもささやかな、というか全くない胸だった。
「………」
気まずい。いっそNPCだったらいいのに。
「あのお……」
恥ずかし紛れというかなんというかとにかく声をかけてみたが少女は返事をせず、まだ片膝をついてポージングしていた俺を見下ろし、腕を組んで短くため息をついた。
「……プレイヤー、の方で?」
「まあそうだ。お前のようなやつとは口を利きたくもないが」
よく見ると、確かにガイドマスコットのようなものを連れている。ニドとは違って、蛇のようなやつ。
「いや、初めて他のプレイヤーを見たもんで……。あなたは? 魔法使い?」
「まずお前が名乗るがいい、礼儀を知らぬ人間め」
おお、これはかなり重度のなりきりの人だ! しかしこのコスチュームで、現実の社会的挨拶をしてもしょうがない気がする。この人のように開き直ってしまったほうがいっそ楽しいだろう。
「拙者、影虎と申す! ご覧の通り忍者でござる!」
もう「ニンニン」まで聞かれているので羞恥心は限界突破している。このキャラで通すべきだろう。適当にありがちなハンドルネームを付けてしまったが、まあいい。
「プッ」
少女は顔を伏せて肩を小刻みに震わせた。いやいや。あんたのなりきりも似たようなもんだろ! 人のこと笑える立場か!!
「で、そなたの御名を伺っても宜しいでござるか?」
「……サ、サタン………」
さ、サタン!! まさかの有名悪魔のお名前! これ完全に厨二だ!!
「プフッ……」
「……お前……無礼だぞ、何がおかしい……」
「いやだって……俺も俺だけど……」
ともあれ、他のプレイヤーにやっと会えて少しほっとした。