18 脱出
意外と平穏な時間が流れた。
とにかくプレイヤーと鉢合わせさえしなければいいんだ。それについては忍者という職ほど向いているものはない。レベル上げしていても、人が来た気配がしたらすっと抜けることができる。
レベルはみっちり上げておくことにした。そう簡単には上がらないが、少しでも敏捷や体力を上げておきたい。そしてレベルの高いダンジョンやフィールドには入れるプレイヤーも限られた。森の中のレベル45エネミーのフィールドがたいていの狩場になった。
「こっちだ! いくぞサタン、『影下跳梁』」
俺が敵の背中に回る瞬間、俺の後ろで黒い渦を練っていたサタンがそれを放つ。これを何度か繰り返すだけで、このレベルならほぼ無傷で倒すことができる。
「あ」
サタンの足元から風が舞い上がった。いつもの風と違う。金色に輝く風だった。
「うわあ! なんだそれ!」
「カンストだ。レベル40までなんだな」
「低いなあ」
「ベータ版だし……命の水もそれくらいで尽きるんだろう」
ちらりと自分のステータスを見る。もう少しで38だ。次で上げてしまいたいな。
「もう一体付き合ってくれるか? 上がりそうなんだ」
「うん」
エネミーがスポーンするあたりに戻る。フィールドはだんだん日が高くなって来て、のんびりした風情を醸し出している。湧くまでもう少しかかるだろう。ほっと一息つく。この生活も慣れるもんだ。
「命の水のことさえなかったら、ずっとここにいてもいいかも知れないな」
「いやだよ。こんな定期的にエネミーが湧く……」
「このフィールドじゃなくてさ。このゲームの中さ。きれいなフィールドもあるし、気温はいつもちょうどいいし……」
「ここはエデンだからな……」
そうだったなあ。エデンというゲーム名だった。なるほど……。
がさ、と物音がした。
「沸いたかな」
「『一転突破』」
ハッとして木の影に回る。木に矢が突き立つ。見つかった!
「サタン」
サタンを背に負う。
[たくさんおいでですね。まだ集まっています]
「なに……うあ!」
太ももを何かが貫く。弾丸なのがわかる。「烈火の弾道」か……。動かなければ。
痛みを堪えて木の上に飛ぶと、それだけで2、3人、木々の間に姿が見えた。他にも隠れているに違いない。
「ござる、私を降ろせ! 自分で走るから」
「嫌だ」
これだけ仲間が集まっているのなら、メテオレインのような範囲魔法は使わないだろう。一転突破と烈火の弾道、あとは英雄の閃光あたりを気にしなければ。そして弓師はそう多くないはずだ。みんな忍者になってしまっただろうから。おそらく一発目の一人だけ……。
「しっかり掴まれよ」
木から木に飛び移る。追えるものなら追ってみろ。狩人たちの弾が軌道を変えたのがわかる。
「影下跳梁」
すとんと誰かの真後ろに降りる。
「ぐあ!」
俺を追ってきた弾はそいつに吸い込まれてしまう。悪いとは思うが、俺だって死ぬわけにはいかない。
「『烈火』使うな! 白魔法いけっ」
誰かが号令をかける。大したもんだ。マップに出たい。白魔法使い……。スキルを知らない。
「『白夜の霧』」
あたりに霧が立ち込める。これだけ? まさかな……。
「ニド、これは」
[一定の範囲から出られなくなるスキルです]
「くそ。どうなったら解除だ?」
[術者が死ぬか、霧が吹き飛ぶか、小一時間経つかですね]
「………」
結構ピンチじゃねーか。どうする? でもこの霧の中だ。俺の姿だってこいつらは捕捉できない。
「ござる」
「何かねえかなあ。霧を吹き飛ばすものか……うあ!」
肩に何か刺さった。すかさずサタンがそれを抜く。
「手裏剣だ」
「うーん」
もう一度木の上に。忍者か……。幸い、毒の塗ってあるやつではないようだ。
「サタン、この霧をお前の渦で飛ばせねえかな」
「やってみる」
立ち止まれない。たまに地面にも降りながら走り続ける。足から血が流れている。傷口が熱い。
「いくぞ!」
サタンが渦を放つ。霧が……
[危ない]
背中に人の気配。
「死ね」
考えるより前にしゃがむ。後ろのやつが飛び退く。思い切り高く飛ぶ。手裏剣が追ってくる。
「ぐ」
サタンの体が緊張したのがわかる。どこかに刺さったな。でも霧は解けている。フィールドの端まで来ている。飛び出す……。
「はっ」
やっと息がつける。ボロボロだ。これは辛い。一パーティくらいとの戦闘は予想していたが、いきなり連合軍か。特に最後の、忍者に追われたのは本当に死を感じた。とっさに動けなければ喉元を切られて死んだ自信がある。
「街……」
[真っ直ぐ行けば一番近い街です]
「いや。近場はだめだ。追われる。そこそこ遠くの……街がいい」
[では、右手にずっと歩いてください]
「おいサタン、お前は大丈夫か」
「大丈夫……」
「ちょっと降りてみろ」
サタンは弱々しく首を横に振った。やばいな。確かに動かさない方がいいかもしれない。
「走るから。街に着くまで死ぬなよ」
「ん……」
はっ……。
息が続かない。とにかく足が痛い。
「もう少しだからな」
本当に。誰だよ、こんな世界にしたやつは。




