15 涙
「おい、できたか?」
「まだですって。できるわけないでしょう」
「納期明日だぞ」
「わかってますよ」
もうだめだな。最初のインターフェースだけは整えたけど、中身はまだ全然だ。なんて言い訳しよっかなあ……。
チャットボットがにこやかに微笑んでいる。これに反応を一つ一つ入れて確認する作業が全くできていない。今はただ村人Aみたいに、同じ返事を返すだけだ。作業は単純だが単純に時間がない。
「あーあ……」
だから毎回余裕を見てんのにな。バッファ取ってんのに、デザイナーが一日遅れ、クライアントからの内容希望が一日遅れ、じりじり削れて結局俺のところに来るまでにはビハインドになってるんだ。意味がわからないよな。これじゃさ、こっちだって満足できるやつなんかできない。でももう仕方がない。明日の10時にはこれをクライアントに引き渡さなきゃならない。確認もしないで、適当に簡単に繋げて……。
「なあ。ボットちゃんよ。俺だってさ、もっとちゃんとしたいんだぜ。お前さんがまるで人間みたいに親身に話を聞くようにしてやりたいんだ。でもさ」
「いいのよ。あなたのせいじゃないわ」
おっ。なかなか人間的な反応だ。こんなの仕込んだっけな?
「あなたは頑張ってる。気にしないで。定型の質問にさえ決められた答えを答えられれば注文通りよ」
「………注文通りかあ……」
「そう。作り込んでも必要最低限でも入るオカネは同じなの。だったらあまり深く考えない方がいいでござるよニンニン」
あれ。このボット、忍者キャラだったっけ?
「ござるござる」
いやいや。忍者キャラは俺だ。ニンニン……。
「ござる!」
そんななりきりプレイする気はなかったんだけどなあ。いい歳なんだよ。俺は。まあ、若かったら逆にできないかもしれない。かっこつけちゃってさ……。
「おい、ござる!!」
パンと頬を頬を張られた衝撃で目が開いた。痛い痛い……。
目の前にサタンの泣きそうな顔があった。髪が濡れている。
「ああ。サタン……。良かったな、生きてたな」
まだ後頭部が水に浸かっている。体を起こしてみると、さっきの湖の対岸にいるのがわかった。向こう岸は隕石でボコボコになって、来た時の静かな湖畔の印象もまるでなくなっている。ただ、水面は穏やかで鏡のようだ。だから彼女らはここに「鏡の城」を求めて来たのかもしれない。
「うーわ……。あのお嬢ちゃんたちはみんな死んじまったのかな」
「………何で……」
「ああ。お前ばっかり狙われるわけが分かったんだ。お前のスキル、『犠牲』のほう。それがストーリースキルって言って……」
「そうじゃない! なんでお前は私を助けた!」
「えっ……。だって、みんなお前のこと殺そうとしてんのがわかったからさ。殺されたらたまらんと思って」
「……」
「おかしいよな? もうさー、お前だけそんなスキルついてるのもおかしいし、ゲームバランス的にもおかしいだろ? なんか勘違いがあるんじゃないかと思うんだ」
「勘違いなんかじゃない。このゲームは……みんなが私を殺しに来るゲームなんだ……」
「はあ? だってそんなの……」
「私が生き残るか、お前たちが死ぬか、そういうゲームなんだ。私がお前たちの敵なんだ。お前が……」
サタンの目からまた涙が流れ出した。
「お前がいつ気づくのかと思っていた。忍者をレベル1から育てたのなんてお前だけだ……」
「サタン?」
「お前と一緒にいて……楽しかった。私には、そんな思い出が遠すぎて……」
何を言ってるんだ?
「……どうしたんだ……」
「お前は、私の目の前に落ちてきたんだ。馬鹿みたいに……。変なやつだと思った。からかってやるつもりだった」
サタンの目からこぼれ落ちた水滴が、湖の水に波紋を作っている。
「……また間違ってしまった……」
サタンはそこまで言ってひとしきり泣いた。そして泣顔のまま立ち上がると、一人歩き出した。
「待て! サタン……どこに」
「『妨げる者』……」
身体が固まる。ただ彼女の小さな背中を見送ることしかできない。見殺しになんかできない。お前は何度も俺を助けてくれた。お前だけが……
「私は一人で、いい。さよなら」
お前だけが死ぬ世界だなんて……。




