第一章 ゴールデン·アフタヌーン
──おかえり、アリス。
前に投稿した「Eternal」とは全く別のお話です。
夢へ落ちていくアリスへ──
プロローグ
「アリスはうさぎを追いかけて、穴に真っ逆さまに落ちていきました」
誰の声だろうか。これは何のお話だっけ。
「貴方も好奇心の強い子だから、気を付けるのよ」
─知らなくてもいい事だってあるんだから。
これは夢だろうか。
何故だろう、懐かしい─。
頭がぼうっとしている。段々意識が遠のいていく。
少しずつ、目覚めてく。
「ねぇ、貴方は一体誰なの…?」
消えていく面影に向かって少女はそう呟いた。
第一章 ゴールデン·アフタヌーン
(割れた、手鏡…?)
気が付いたときには、地面に落ちている割れた手鏡を見つめていた。割れた破片は鋭く、光を反射し白く光っている。
少女はゆっくりと周りを見渡す。薄暗い小屋に窓から光が差し込んで、宙を舞う埃がチラチラと輝いている。
(ここは何処?今まで何をしていたんだっけ?)
……。
少女は必死に考えるが、何も思い出せない。これが記憶喪失というやつだろうか。
何もわからぬまま少女は立ち上がり、窓の外を見た。外には広い野原が何処までも広がっていた。少女はドアノブに手を掛け、外へ出る。
(…やっぱり、何も思い出せない)
少女は小さく溜め息を付いた。その時だった。
「急がなきゃハートの女王に首を跳ねられてしまう」
少女が声の聞こえた方を見ると、うさぎのようなふわふわの耳の付いた少年が手に懐中時計を持って走っていた。
「ねぇ、貴方は誰?」と少女は少年に問いかけると、
「僕は白兎だよ」と少年は返事をする。
(白兎…?)
何処かで聞いたことのあるような名に少女は首をかしげる。
「…ああ、こんなことしている暇なんてなかった、急がなくては」
そう言って白兎は走り去ってしまった。
(うさぎさんは何処へ行くんだろう、何故あんなに急いでいるんだろう?)
…何故だろう、気になる。あの白兎を追いかけてみたい。
そう思った少女は白兎を追って走り出す。
「待って、うさぎさん!」
だが、白兎には少女の声は届いていないようだった。
白兎は速かった。少女と白兎の距離はどんどん広がっていく。
すると、離れて小さくなった白兎の背中が消えた。
(見失った…?)
「うさぎさん、何処なの?」
返事は返ってこない。少女はキョロキョロと周りを見渡す。すると、草の影になっている所に小さな穴を見つけた。
(もしかしたら、ここかもしれない)
そう思った少女は、穴の中を覗き込む。
…だが、真っ暗で何も見えない。
「うさぎさん、この中にいるのー?」
穴の中からは何の音もない。
(入っちゃ、駄目かな…?)
心臓がドキドキと高鳴っている。
(…やっぱり、入りたい)
少女は心を決め、穴の中に頭を入れた。体を全て入れてしまおうとしたが、引っ掛かってうまく入らない。
「うーん」
無理やり力を込め、少女は体を全て穴に入れてしまった、と思った途端。
体がふわりと宙に浮く。
飛んでいる…?いや、違う。
(私、今…落ちているんだ!)
落ちる、落ちる。落ち続く。
落ち続けながら少女は考える。
この状況、昔誰かに読んでもらった話に似ている。
好奇心の強い女の子が兎を追いかけて穴に落ち、不思議な世界に迷い込むお話。
(確か、題名は…)
──不思議の国のアリス。
いつか誰かに読んでもらった、私の大好きなお話。
まだまだ落ちる。落ち続く。
そう、これが物語の始まり。そして、全ての始まりだった。
♤ ♡ ♧ ♢
目を覚ますと、少女は硬い地面に横たわっていた。
ゆっくりと身を起こす。
(あれ?体が痛くない…)
高いかどうかはわからないけど、あんなに長い時間落ちたのに。
もう高いも低いもわからない。やっぱりここは「不思議の国のアリス」のように不思議でおかしな世界なのだろうか。
そんなことを考えているときだった。
「アリス…?」
少女は振り返る。すると、声の主の青年が少女をじっと見つめていた。
青年は紫とピンク色のしま模様のカーディガンを羽織っている。ふわふわの髪からは、ぴょこんと猫のような耳が飛び出ている。
「…私はアリスじゃないのよ」
「そんなはずない。君はアリスだよ」
いや、少女の名前はアリスではない。“アリス”とは、「不思議の国のアリス」の主人公の名前だ。
(えっと、私の名前は…)
──私の名前は、何だっけ…?
思い出せない、最初の一文字さえも。全く思い出すことが出来ない。
「…どうして私のことをアリスと呼ぶの?」
「ここに迷い込んで来る女の子なんてアリスしかいないだろう?」
…話が噛み合わない。
(もういいや、アリスと呼ばせておこう)
「僕はチェシャ猫。よろしく」
少女はその名を聞いて、目をパチパチとさせた。
(また、不思議の国のアリスの登場人物の名前…)
やっぱりここは、「不思議の国のアリス」に何か関係しているのだろうか。
少女がそんなことを考えていると、二人の少年が歩いて来た。
そっくりな見た目から、双子だろうか。
そして、二人の少年は少女を見て言った。
「─おかえり、アリス」
少女は少年たちの方をただ見つめる。ここに来るのは初めてのはずだ。
「おかえりって…私、ここに来るのは初めてなの。だから違うわ」
そう言った少女にチェシャ猫は目を細め、ふわりと笑う。
「君は何も思い出さなくたっていいんだ」
優しい口調に少女はこくりとうなずいてしまった。でも…。
(チェシャ猫は何か知っている…?)
何か大事なことを隠しているのではないかと感じてしまう。
それでもチェシャ猫の優しい表情を見ると、少女は何も言えなかった。
そしてチェシャ猫は続けて言う。
「君はアリス、それだけでいいんだ」
読んでくださった方、本当にありがとうございました。
続きます。
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