みんなと一緒に泳ぐのは
私は鮪の壱郎さん達の群に混ざり、一緒に泳いでいた。
私は9歳で体がまだ小さく、長距離を泳ぐのに慣れていない。
長距離を難なく泳げるようになるのはせいぜい12歳くらい、それまでは遠出する時は必ず誰かがついてないといけなかった。
その事もあり、私はあまり遠出をしたくもないし、泳ぎたくもなかった。
そんな私に母がこんな話をした。
「鮪の皆さんと泳いでらっしゃい、彼らはねとても泳ぎがうまいのよ。いつでも止まらず動いているの、健気でしょう。そして、彼らは大きな渦を作るのよ。とても美しいわ。」
私はそれを聞いた時、恐ろしかった。
なんで疲れないのって。
嫌な顔をする私に母は
「一緒に泳いで貰いなさい。大将の壱郎さんに話をつけてもらうようにお父さんに伝えとくわね。」
私は長い距離を泳ぐのが好きじゃなかった。それは単純にすごく疲れるからだ。
しかし、私は人魚だし、泳ぎが上手くならなきゃいけないので何も言えなかった。
「分かった頑張るわ」
黒目を上にしながらため息をつきながら喋った。
それから毎日、壱郎さん達と一緒に泳いだ。
泳いだというより、遊んでもらったという言葉の方がしっくりくる。
壱郎さんが
「嬢ちゃん、泳ぐのが好きじゃないんだって?」
「そうなの、長く泳ぐのは疲れるわ。壱郎さん達は疲れないの」
「ああ、疲れないよ。泳いでないと死んじゃうんだ。ハハハ。」
「もーう、冗談言わないで下さい!」
壱郎さんの見た目は、黒光っててちょっといかつい。
でも話しながら笑う人だから、安心できた。
「嬢ちゃんよ、今は俺らと同じ背丈で小せぇが、あとちょっとすればスラっとでかくなって、そりゃあ綺麗になるんだ。
今の300匹集まった俺らみたいにさ。」
私は微笑んだ。
壱郎さんの話し方は安心する。男気があって温かい。
壱郎さんと泳ぐのはとても楽しかった。
面白い話をしてくれる壱郎さんが私の疲れを忘れさせてくれて、何処までも泳げた。
彼はこの群れのリーダーで一番前を率いている。私はみんなほど泳ぎは上手くなくて速度も遅い。だから、壱郎さんがヒレを掴ませてくれてペースを合わせてくれている。
そんな私たちに文句も言わずついてきてくれる群れのみんなはとても優しい鮪達だった。
「本当にありがとう、こんな幼い私を守りながら泳いでくれて、とても嬉しいわ。なんて優しいの。」
そしたら、私のすぐ後ろを泳いでる勇蔵さんが
「いいんだよ、君はこの海の女王になる人なんだ。今は可愛いお姫様だけどね」
群れのみんなが
「そうだ!そうだ!一緒に居れるだけでありがてぇ!」
「もし、君に何かあったらこの海の王の幸尾様と女王の泡子様に申し訳ねぇさ!」
少女は笑いながら泳ぎ続けた。
『私はこの海の女王になるのよ、だから泳ぎは上手くならないと。この優しい民を守るのよ…』
彼女は上を見て、目をきらきら輝かせた。
そしたら、何か黒っぽい格子状のものが降りかかってくる。
「壱郎さん、あのこっちにくるものは何?」
壱郎は口をあんぐりあけ、パクパクしていた。
「あ…、あ…、」
それは横からも迫ってきた。
さっきまでは周りと均一の感覚で進んでいたが、今では隣との感覚が狭まり、鮪達の荒い息遣いがすぐに感じられた。
何か見えない圧が、私たちを押し付けている。
「ああ、恐いわ、恐いわ、壱郎さん」
壱郎さんの方を見つめると
「大丈夫だよ、嬢ちゃん、君は綺麗だ。君なら…」
少女の目に映る景色はいつも見ている凄く澄んだ海の青だ。
でも、状況だけが違った。
みんな絶望の色を出していたのだ。
私は妙な気持ちになった。
「私、死ぬの」
「いや、大丈夫、君は綺麗だ、お姫様だ。大丈夫だよ」
さっきまで息が出来ていたのに、目に光が入った途端に一瞬で息が出来なくなった。
水から出たと思ったら、空中に浮き、乱暴に叩きつけらた。叩きつけられたところは冷たく、今まで感じたことのない感覚だった。
肌を刺す光が眩しくて、鼻に入ってくるニオイは潮が乾燥したようだった。それと、何か違うニオイもする。
『私たちじゃない生物の匂い…』
海にいたときには感じたことのないものが、肌に触れていた。それはすうすうして、形も色もないのに私の肌を干からびさせてく、そんな気がした。
いや、気じゃない。干からびてる。
手が動かせない。
『ああ、死んじゃう』
そう思った時、壱郎さんが私の胸に飛んできた。
そして、他のみんなも集まって私を囲ってくれた。
私は彼らの湿った皮膚で生き返る気持がした。
彼らの優しさに涙が出た。
『みんなすごく苦しいのに、私なんかのためにみんな、助けてくれて、これが…』
これは今でこそ彼女は苦しくて気づいていなかったが、人魚という彼女を守るためにした行為である。
彼らは自分らの水気で彼女を覆うことの他に、人間から隠していたのだ。
でも、彼女は人間の怖さなど知らない。
海の中で箱入り生活をしていたからだ。
時期に鮪達は活きが悪くなるだろう。死んだら、助けられない。今、これしか出来ないのだ。
彼らは守りたかった。
彼女は可愛い、彼らのお姫様だから。