挨拶は誰のため?
人に好かれる性格になりたいと
常々思う時がある。
人見知りがひどく二十年もこの場所で生活していても
コミュ力がゼロに近い自分が不甲斐なく思う時がある。
いまだにご近所さんの名前すら覚えていない。
挨拶以上の付き合いをするというのは
私にはとてつもなくハードルが高いのだ。
このままでは孤独老人になりそうだ。
そう、そんな私にはご近所付き合いはとても厄介な課題である。
ご近所付き合いに必要不可欠なご近所さんの噂話の井戸端会議なんて大嫌いだし
ましてや人から聞いた話を別の人にするのも嫌いだ。
だからかな、ご近所付き合いがゼロの世渡り下手のしょうおばちゃんだ。
あそこの奥さん変わってるなんていわれてそうだ。
ため息しかでんこの頃だ。
それでか、ゴミ出しがあって頭をさげても完全無視状態だ。
人って怖い生き物だ。
天使にもなれば簡単に悪魔の仮面もかぶれたりする。
そういう普通の人たちにいかに好かれるか
これはかなり難題だ。
いかにわるになるかだ。
自分の心の中の好き嫌いは変われない
だけど嫌いな人間に対して、それを表にださず、
いかに相手に嫌われない自分を装えるか
私には多分一生むりだろうな。
そんなことを考えていると
朝からなんだかモヤモヤなスタートをきってしまった。
そんな時は師匠に聞こう。
「お母さんおはよう」
朝、ゴミ出しにでてきた義母に声をかけた。
義母は私の人生のお師匠様だ。
「お母さん、ご近所さんに朝あった時、頭さげてもいつも無視されるんだけど
こっちも無視していいかな?」
「どんな状況でも、あいさつは大切よ、そういえば昔ね」
そう言って義母は自分の若い頃の話を聞かせてくれた。
義母がいうには、若い頃、新人研修に三ケ月だけ本社に行った時の事
「おはようございます」
朝会社に入るなりみんなに向かって挨拶をしてまわる。
すれ違う人も全て、
でもその中で一人だけ挨拶をしても
いつもスルーをして挨拶を返してくれない人がいたそうだ。
それはなんと社長さんだったらしい。
周りをみてもみんな軽く会釈するだけでなにも言わず通り過ぎている。
「あいさつしちゃいけないのかな?」
義母はそう思いながらも三ケ月間毎朝、
その社長さんにも
「おはようございます」と言いつつづけたのだそうだ。
「朝のあいさつはきちんとしなさい」
そう幼いころからしつけられていたからだそうだ。
そうして三ケ月の研修が終わる最後の日、
いつものようにすれ違った社長に朝の挨拶をすると
「おはよう」と
ぶっきらぼうではあるが挨拶をかえしてくれたのだそうだ。
その日の送別会で社長から言われた言葉は忘れられないそうだ。
「いろいろな新人をみてきたが、毎日毎日こっちが無視をしてもきちんとあいさつをしてきたのはあんただけだ。こう毎日挨拶されると、挨拶をせんわけにはいかなくなったわい」
豪快に笑った社長さんの笑顔が忘れられないと話してくれたお義母さんも笑っていた。
挨拶は誰のためにするのか?
無視をされたからこっちもしない。
それもまた一つの考え方かもしれない
義母の話を聞いて
相手の為にするのではなくて
自分の為にしようかなと思うようになった。
だってたまに挨拶を返してもらえると確かに
なんだろうな? 心がポカポカ温かくなるから。
挨拶は不思議な魔法の言葉だ
挨拶は人として基本のマナー
そうか・・・時折忘れがちになってしまう。
(話し上手にはなれないけれど、挨拶ぐらいはしないと駄目だな)
少し反省したしょうおばちゃんなのである。
できるかできないかはまた別の問題だが、とりあえず挨拶をしてみようかなと
思った未熟者のしょうおばちゃんなのである。
皆様も挨拶をしてますか?
いい人の仮面かぶっていますか?
人間社会は本当に疲れますね(笑)
今日も皆さまにとって良き日でありますように




