節目(母の独り言)
「階段がこんなに広かったのか(*´▽`*)」
今日は感慨深い面持ちで二階にのぼり娘達を起こしにかかる。
当たり前の事なのだが、階段は本来は二階にのぼる為だけに使うものである。
しか~し、我が家の階段様は長い間もう一つの仕事をこなしていた。
来客など来ない我が家、ましてや二階に客などあげることもない
ということは何を意味しているかというと、
階段も娘達の部屋の一部とかしているということだ。
我が家の次女いっちゃんは玄関に全ての教科書や参考書など学校で使う鞄などを置いているのだ。
そもそも学校には起き勉が禁止らしく重い教科書や参考書など全て毎日持ち帰るという恐るべき義務が課せられていたらしい。
決まり事だから仕方ないのだがかなりの量だった。
まあ自分の部屋で入れ替えたらいいじゃんと言えばそれまでなのだが
持って上がるのが面倒らしい。
それに一つの科目ごとの量が多いから並べておいても忘れ物をしそうだというのだ。
そこで思いついたのが階段に一教科ごと二列に置くことだったらしい
5教科、10科目分をそれぞれわけて階段に置いて
玄関で必要な分を鞄に入れて学校に行くという作業をするのだ。
その光景ももう終了し、階段も玄関もこんなに広かったかなと複雑な心境だが
片付けるとスッキリもして気持ちがいい。
しかし・・・それらの大量の物は二階の踊り場にピラミッドのように山積みになって今にも崩れてきそうだ。中学の分からだから六年分だからさすがに量がヤバイ
受験が全て完了したら処分対象だから後少しの辛抱だ。
二階は見て見ぬふり続行だ。
( ̄▽ ̄;)ハハハ
さて、そのいっちゃんの卒業式も無事終わり、いよいよ受験一色だ。
長い人生において「一度の後悔もない!」
なんて言い切れる人って世の中にどれほどいるのかわからないが
大半の人はああすればよかった。こうしておけばよかったって
少なからずの後悔を繰り返して人生を生きているんだと思う
後悔をしても過去が巻き戻るわけでもなく
人生は止まることなく流れていくわけで
我が家のいっちゃんも節目にきている。
高校は義務教育ではないが、親としては高校も義務教育の延長みたいな感覚だ
ようやく一つ肩の荷がおりた心境だ。
しょうおばちゃん、実は子どもたちが高校を卒業する時にやりたいことがあった。
きいちゃんの時はコロナが広がり始めの頃で卒業式は保護者の出席は駄目だったのでできなかったのだが
いっちゃんは一人限定で出席ができたのでやりたいことをすることができた。
皆様が保護者だとしたら卒業式でやりたいことって何かありますか?
はい、しょうおばちゃんは二つあったんですよ。
一つはもちろん写真撮影ですよね。
いっちゃんにカメラを持たせて二つのミッションを指令しておいた。
一つは校舎や教室の写真を撮ること、担任の先生とのツーショット写真をゲットしてくること
帰りは車で待っていてあげるから遅くなってもいいから気が済むまで友達と話をしたり写真撮ってきなと送り出した。
経験上、交友が広くなければ、同窓会なるものが開催されなければ
ほとんどの子達とは二度と会わない確立の方が高いのだ
だからさよならの言葉がけは大切なのだ。
しょうおばちゃんも仲がいい友達以外は偶然ばったりなんて経験は長い人生において二度しかない
まさに青春の一ページが今一つの区切りを迎えようとしているいっちゃん
しょうおばちゃんがどうしてもやりたかったことのもう一つは
いっちゃんと一緒に校門の前でお礼をいうことだ。
「誰に?」(。´・ω・)?
とお思いでしょう。(* ̄▽ ̄)フフフッ♪
それは人ではありません。校舎にですよ。
子どもに色んなことを学ばせてもらった学校にお礼をいいたかったんですよ。
もちろん親としてね。
だから校門まで行って、二人で並んで立ち、振り返って一礼してきましたよ
「お世話になりました。ありがとうございました。」
って声にだしてね。
いいことも嫌な事もいろんなことがあっただろうけど
もう振り返らないで前を向いていってねって思いも込めてね。
だって
ここからまた新たなスタートなんですもんね。
節目に別れのあいさつは大切だと思うから
それが人ではなかったとしてもね
もうすぐ新しいスタートラインに立つ皆様も
これからの未来が幸せの多い日々でありますように




