乙女の丸ティ盗難 THE 2
ーーー数日前。
「あ? 下着ドロ?」
いつものように朝登校してから屋上で奉仕活動部の依頼を仕分けしていた俺の元へやってきたアリスは開口一番そんなことを言ってきた。
「で? それがどうした? というか、ああいうのって盗んでどうするんだ?」
「私が知るかそんなこと! というか、話を聞け! 話しているのは私だ!」
「お、おう。まあ、そうだったな。……やっぱ嗅ぐのか?」
「だから知るかと言っているだろう! というか話を聞けとも言っているだろう!!」
胸ぐらを捕まれ始めたので、流石に話を聞くことにした。
「ふ~ん。そうか」
「貴様……感想はそれだけか?」
問われても、ほんとそれしかない。
「警察呼べば?」
答えはそれしかない。
「貴様……本当に、それだけ、なのか?」
何故かプルプルっと震え怒りだすアリスだが、まじでそれしかない。
というのも、聞かされた話は、今、特殊選択授業や部活で着替えや荷物置き場に女子共が使っている控え室棟で下着の盗難が相次いでいるという話だった。
しかも、特に被害に遭っているのが演劇部の女子共の控え室らしいが、いつ他の控え室にも被害が拡大するかわかったもんじゃないっていうことらしい。
「ほんと、それだけだな。俺に依頼がきた訳じゃないしさ」
そもそも、未だに依頼がこない俺は単なる仕分け係だ。関係ないし、仮に関係ありそうであっても、関係ありたくない。
めんどくさそうだし、きっとめんどくさいしな。
「そうか………」
「はっ……! いや、ちょ、ちょっと待って! なにその殴りそうな構え!」
「女子生徒が被害を受けいている、ということは、私や恋、それに、あの中島も被害に遭う可能性があるということだ。もちろんどらさんもな」
「かもしれん! かもしれんけど、俺には全く関係ない! 間違っても、今お前に殴られなきゃいけない理由は絶対にない!」
なんでいつもこうなんだこいつ! というか、最近、何かあればとりあえず俺をサンドバッグにストレス解消しようとしてる気がする!
「本当にそうか? 貴様はあの変態担任と仲が良いのは確かだろう」
「はあっ? 変態担任ってなんだ、じろさんか?」
仲良くねえしっ……。というか、仮に仲良かったとしてもそれがどうしたってーーー。
「ももたろーーーーぅい! ももたろうーーぅい!!」
屋上の扉が開かれると同時に、今まさに話に上がっていた、じろさんこと、変態担任がえらく急いだ感じで俺とアリスの元へと駆け寄ってくる。
「百太郎ぃ! 頼む! 助けてくれ! 俺っちはもうおめぇしか頼れるやつぁいねぇ!!」
「な、なんだよ、急に現れてお前……」
「頼む! この通りでぇ! 助けてくれぇい!!」
言いながらじろさんは高速で土下座したかと思うと、しきりに左足にすがり付いてこようとする。
「お、おい、足掴むなっ。何を頼んでるんだお前、やめろって!」
「俺っちはやってねぇ! やってねぇえんだ! だからよぉ、だからよぉおっ!」
そう、半泣きですがり付いてくるじろさんに嫌な予感しかしない。
「やめろ! 言うな! 聞きたくない! すがり付いてくんのもやめろ、帰れ! 去れ!」
「ふっ……よいではないか。聞くだけ聞いてやれば」
笑みを浮かべそう言うアリスは、じろさんが謎に俺へと助けを求めて来ている今の状況がなぜ起きているか、その全てを恐らく知っている。
ということはつまり、話は恐らく下着泥棒と繋がる。即ち、巻き込まれる気しかしない。
そんなのごめんだ。
「頼むっ! 頼むから聞いてくれ百太郎ぃ!」
ごめんだ……が、巻き込まれるといっても、どうせ犯人探しとかなんだろうし、そんなの探してるふりしてさぼってても問題はないか……。
「ああ……わかった」
「ほんとうけぇ!? ほんとうけぇっ?」
「わかったって言ってるだろ。聞いてやるから、まず離れてくれ。なんか臭い」
「ありがとぃ、百太郎ぃ! 俺っち、俺っちは……ていうか、臭くねえだろげぃ!!」
「いちいちうるせえんだよ! 早く話せ!」
捜査のプロでもない単なる学生共が集まったところで犯人を捕まえるなんてできやしないだろうしな。まあ、いいだろう。
………なんて、軽い気持ちで聞いたことに、後悔するとは……。
「じろさんお前……犯人だったのか……」
「ち、ちげぇ! なんでそうなるんでぇ!」
「いや、自分で言ってるじゃないか。出勤してきてから常に女子達の視線が痛いって……」
「ち、ちげえって! 俺っちもなんでそんな見られんのか、ほんと、わかんねえんでぇ」
本人的には、鼻唄混じりにチャリで学園に出勤してきただけなのに、異様に女子達の敵意に満ちた刺々しい視線が突き刺さってくるらしい。
「貴様が盗んだから、ただそれだけの事じゃないのか?」
「鬼白、おめぇまでっ! ていうか、担任に向かって貴様とかいうんじゃねぇけぇ!」
「私は尊敬できる者以外認めはしない主義だ。即ち、貴様は私の中で担任でも年上の男性という認識でもない。ただの下の者以下の存在だ」
「暴落激しすぎだろうぃ! 俺っちはやってねえ! あと、貴様って元は丁寧語だかんな!」
「ぐっ……変態のくせしよって、知っているとは……くそっ、やるではないかっ……」
「ば、ばっきゃろい! 俺っちは変態じゃなく先生でぇ、ばっきゃろぃ!」
じろさんは悪態を吐くと、胡座をかいて座り、ズボンのポケットから外側がくしゃくしゃになったタバコの箱を取り出すと、これまたひん曲がったタバコを取りだし、口に加え火を着ける。
「ふぅ……ったくよぉ、恋や中島もそうだけどよぉ、人を犯人と決めつけてなんだかんだ言いやがってぇ」
「え、なに? 恋ちゃんと中島にも言われたのか? 犯人だろって?」
「ああ、そうなんでぇ。急に二人して職員室やってきやがってよぉ。えれぇ恥かいたし、麗奈先生にまで変態見る目で苦笑いされるしよぉ」
「それは、日頃の行いなんじゃねえのか? じろさんわりと変態風味あるぞ?」
「風味ってやめろぃ! 身体から漂ってるみたいに言うんじゃねぇ!」
いや、漂ってる。白を基調として本当に本物お嬢様が多く通う学園で一人、坊主で髭モジャの常ジャージ小太りおっさんがじろさんだからな……。行事で親が集まる時なんか、ほぼ100%先生じゃなく、用務員と思われてるし。
「…………」
「…………」
「いや、なんか言えよ! 漂ってるからみたいな雰囲気出すんじゃねぇ!」
「ふむ。漂っている」
「それは口に出すんじゃねえ! とりあえず、鬼白おめぇ退学な!」
「ふっ……やれるものならやってみろ。どちらにしろ貴様は死刑だ」
「ちょっとまてまてアリスっ。今ここでじろさん殴るとまじで色々大変になるから!」
ファイティングポーズを取ろうとするアリスと頭を両手で覆い身構えるじろさんの間に割り込み止める。
「なんだ、代わりに貴様が殴られるというのか。おもしろい」
「んなわけないだろ! ていうかじろさんよ! あんた本当にやってないのか!」
「や、やってねえよ。俺っちは、その、やってねえ……ああ、もちろんだ、ともさ、よぉ……」
「なんで歯切れ悪くなってんだよ! はっきりしろ! やってないのかやったのか!」
「俺っちはやってねえ! 家系的には正直怪しいところがあるがぁ……俺っちは、俺っちの代はやってねえ!」
家系的には怪しいって所すっごい引っ掛かるが、表情の真剣さにとりあえずは信じてやることにする。
「なら、話は終わりだ。俺はじろさんを信じるぞ」
「百太郎ぃ、おめぇ……」
まあ、本当はやってたとしたら死んでもらうけどな。
「アリスも、とりあえずは信じてやればいいんじゃないか。じろさんがやったって証拠もないんだろ? 見た目がしそうだってだけで」
「ふむ……まあ、よいだろう。私としては犯人が誰であれぶちのめす、それだけだ。根拠のない噂なぞ端から興味があった訳ではない」
「百太郎に鬼白ぉ……これは愛なのけぇ……愛にできることはまだあるのけぇ……?」
「愛じゃねえよ!」
「愛ではない!」
アリスとツッコミが被ったと同時に屋上の扉が開かれ、またなにやら騒がしく二人の人物がこちらへと向かってくるのが横目に見えた。