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シーダハウス The Cedar House

 テレポートした直後に決まって襲ってくる身震いに、カタリーナは顔をしかめた。キトンが濡れそぼって、身体に貼りついている。人類に比べると暑さにも寒さにも格段に強いのだが、濡れてへばりつく長ったらしい服には閉口していた。


「キャット、来たのね」

 木製の机に向かっている人影は振り向きもせず声をかけた。背中の中ほどまである豊かな黒髪を無造作に束ねた、花柄の白い和服姿の小柄な女性だ。

「パパ上の様子を知りたくて来たっちゃ!」

「雨の匂いがするわ。濡れたのね。シャワーを使う?」

「へっきよ!自分で乾かすから」

 テレポーテーションの後、消えていたオーブがふわっと全身を包むと、結いあげていた髪を解いたキャットは目を閉じた。この一ヵ月で髪がかなり伸びている。


 シティは建設の前後に徹底した除染が行われ、今も放射能は自然放射性物質を含めて極めて少ない。それでも、服を乾かす熱に変換する量は辛うじて集められる。汗をかかない程度にオーブの温度を上げて目を開いた。

「これでじき乾く。ねえケイア、パパ上はどうしたっちゃ?」


 机に向かっていた女は椅子から立ち上がって振り向いた。まだ十代半ばで身の丈はキャットより低く百六十センチに届かない。色白のふっくらとした顔立ちで、二重瞼の細い目は目じりが上がり、(いにしえ)の大和民族の面立ちが色濃く残っている。

 カタリーナに歩み寄って、小さな白い手を伸ばして両手を握った。持ち前の落ち着いた口ぶりでにっこりすると、少女の小さな口からきれいに生え揃った白い歯がのぞいた。

 「タクは自力で覚醒したわ。うまくいったの」


 とたんにキャットの青い瞳にみるみるうちに涙が浮かび、いきなり少女にしかと抱きついて頬を寄せた。

 「ホント?ああ、よかったァ・・・」

 ついさっきまで図太く構えていたのが嘘のように、泣きべそをかいている。人目を惹く派手な美少女だが、お高く構えたところがない。喜怒哀楽を素直に表に出す大らかな気性の持ち主である。

 異例に長い「冬眠」を経て第三世代に変異したが、容姿ばかりか性格までも、天真爛漫で感情豊かだったオパル王朝のアルビオラ姫にかえっていた。第二世代の能力が本格的に発現した十六歳当時そのままである。

「じゃあ、やったのね!ミレニアムは成功したんでしょ?」

「そうよ。あなたから始まって、タクが覚醒するまでの千年がようやく終わったの」

 珈耶(かや)はうなずいた。

 正確には約九百年だ。しかも、まだ終わってはいないのだが、男性初の第二世代の誕生という大きなメルクマールを乗り越えたのは事実だった。


「あれから千年だもんね。でも、何だか実感が湧かないっちゃ・・・ねえ、わたし、いつパパ上に会えるの?」

 カタリーナと珈耶は旧知の仲でこの千年の間、二人の人生は繰り返し交錯している。けれども、カタリーナはこの日本人少女の能力を、いまだに計り知れないでいた。

 おまけに過去生でもたびたび出会っているが、その都度名前は違っても、珈耶の姿は今と変わらない。過去生を思い出せるようになってからと言うもの、その後の転生でこの少女と出会うたびにいつも頭を悩ませてきた

 いったいこの子は何者なの?何歳(いくつ)なの?


 けれども、現在のカタリーナはこれまでの転生とはまるで違う。

 珈耶にまつわる数々の謎も、取り立てて気にならないのである。知識や記憶や能力には、千年間の積み重ねが加わり大きく変わった。ところが、今やその意識は中世イタリアの王女の人格に支配され、当時の父親サマエル・アトレイア公爵、現世の飛騨乃匠に会いたい一心で、他のことはほとんど眼中になかった。

 第二世代として転生を繰り返し、訓練を積んだ苦労が実を結んだというのに、ミレニアム計画が成功した実感もほとんどない。これから始まる次のミレニアム計画も、まるで他人事としか思えないでいる。


「落ち着いたら自分から会いに来るわ」

 珈耶が言った。キャットの姿に、同じく長期の冬眠から目覚めたアロンダを重ねていた。

 千年前、アルビオラの実母ニムエは、転生を重ねた後、アロンダとして冬眠に入った。そして、第三世代に変異して目覚めた時には、再びニムエの姿に戻っていたわ。アルビオラを身ごもった当時の二十二歳の姿に・・・

 ニムエは戦乱の時代に生きた気性の激しい戦士だった。カタリーナより七年早く冬眠から目覚め、同じように千年前の人格に支配されたが、新たな経験を積むにつれ、次第に第二世代の特質である慈愛の心がよみがえりつつある。

 いずれ、カタリーナもかつての第二世代の自分を取り戻すだろう。

 それでも、好戦的な第三世代は必要があって誕生したはずだ、と伽耶は確信していた。


「ホント?ここへ来るの?パパ上はケイアの居場所を知ってるの?」

 カタリーナは息せき切って尋ねた。

「私が何者か、どこに行けば会えるか、父上はもう気づいた頃よ・・・それから、日本語では珈耶(かや)よ」

「カヤって言いにくいっちゃ。この国に来たのはシティが完成する前で、あの時は日本語を知らなかったもん。ケイアって呼んでた。覚えてる?ねっ、このハウスをカヤとママ上と一緒に建てたでしょ?その後、サンクチュアリに移って冬眠しちゃったから、本格的に習ったのはこの三か月だけ。漢字はまだよくわかんないし・・・」

「昔のコミックで日本語を覚えたんだったわね。まだ訛りが残っているけれど、三か月でこれだけ話せれば上々よ。サンクチュアリで最新のIT技術も習っている。一ヵ月前には、シティから外へリープもした。あの時、GPSマップと防護服と通信妨害装置の使い方も覚えたでしょう?」(*)

「あれっくらいへっちゃら!でも、海岸まで百キロもあったから、リープしても一時間近くかかったっちゃ。満月しか明かりがなくって、視界が効かないんだもん。目立たないようオーブも抑えたから距離も出なかった。爆弾を仕こんだ防護服を着てリープするのに気を使っちゃった」


 キャットはひと息いれて続けた。

「それにあの夜、ママ上がここにテレポートするって聞いて、ワクワクして落ち着かなかったから珍しく緊張したっちゃ!」

 ペロッと愛くるしい舌を出した。

「そうだったわね。そう言えば、トランシーバーを届けてくれてありがとう!おかげで間に合ったわ」 

「よかった!昨夜、ここに寄って置いといたっちゃ」

 シンとの間で起きた奇妙な現象は口にしなかった(**)。寝不足と疲労で昨夜のことまで頭が回らないのである。


 「ところで、今日はキトンを着てるけれど収穫の日だったの?」

 周辺に溜まる放射性物質を電気に変換する儀式を、サンクチュアリでは「収穫」と呼ぶ。第二世代が総がかりで大きなオーブの球を作り出し、地中の放射性物質を電気に変えてサンクチュアリの蓄電池を充電する。


「うん。神殿の前はしばらく放置してたから雨で放射能が溜まってた。放電を抑えてる間、体感的にいつもよりうんと重かったもん。蓄電池はぜんぶフル充電できたって思う」

「チャージャーは誰なの?」

「アスカだっちゃ」

「飛鳥ね。ナラニの後を継いだ」

「彼女、私を見張ってる。今日も森に入るのを見てたっちゃ!」

「当然ね。あなたたち二人は特異な存在とナラニは気づいているから」

「何でみんなに言わないの?コソコソするのに疲れちゃった」

 キャットは唇を尖らせて不満をぶつけた。隠しごとは苦手だった。

「時期がくればナラニが伝えるわ。もうしばらくの辛抱よ」

 

「そっか・・・じゃあ、服が乾いたらサンクチュアリに戻る。パパ上が無事に覚醒したってわかったし」

 伽耶の物柔らかな口調に素直にうなずいた。言葉を交わすうちに、カタリーナはケロッと平素の明るさを取り戻していた。



*「青い月の王宮」第1話「渚にて」

**「青い月の王宮」第46話「シン」


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