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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集「死の物語」

夏、静かに眠る

作者: 九十九疾風

 八月の太陽が地面をじりじりと焼き付けるかのように照らしている。

 夏休みということもあり、世界は騒がしさと静けさが気持ち悪いくらいに入り混じっている。私はそんな世界の中でただただ昔の記憶に浸っていた。


「お前なんて必要ない」


 母親にそう切り捨てられた時、私はその現実を受け入れられずにずっと狭くて暗い所にいた。そこで過ごしているうちに、私は本当に一人になってしまったんだと感じ始めた。その時すでに父は不倫の末に家に帰ってこなくなっていた。

 それから母親も徐々におかしくなっていた。私が中学生になるころには、仕事だといって数日帰ってこないことが当たり前のようになっていて、私はかすかにまた同じようになるんじゃないかなって思い始めた。

 そして、結果そうなっていた。私は一人でうずくまりながら待っていた。父でもいい。母でもいい。誰でもいいから私を助けてくれる人が現れるのを。

 世界はあまりにも残酷で、数日たっても私のもとには誰も来なかった。まともな食料を口にしてなかったからか、立ち上がろうとするだけで世界が眩んで、また地面に戻される。


「私は......」


 ふと、私は自分がわからなくなった。両親に捨てられ、誰にも助けられることなく、このまま終わっていくのなら、本当に私は「私」だったのかな。

 だとしたら、私は所詮はこんな程度の人間だったのかな......


「そっか......もういいや」


 私はその瞬間にフッと体が軽くなった気がした。本当はとっくの昔に限界だったんだと思うけど、その時は本当に軽くなったような気がした。

 そのまま私は目の前にある扉を開け、外に出た。私がいた暗い場所が外の倉庫だったっていうことをその時知った。その時は全く意に関していなくて、普通に受け入れてた——




・・・



「ひまり~。いつまで寝てるの?」

「あ、おばさん......大丈夫。起きてるよ」

「そう?あと、今日はどこかに出かけたりする?」

「別に予定ないけど......何で?」


 私の思考を断ち切るかのように、おばさんが私の部屋に来た。おばさんといっても、叔母さんではない。倒れていた私を助けてくれた、ただの他人。


「今日、どうしても外せない用事で帰れないのよ。悪いんだけど、少し家番をしていてもらえないかしら?なるべく近くにいてあげれるようにって思ってたんだけど......」

「ううん。気にしなくても大丈夫。いってらっしゃい」

「ごめんね、ありがとうね」


 そう言うと、おばさんはせわしなく用意を始めた。その姿を横目に、私は少し考え事に耽ることにした。一人でいる時間のほうが、考え事をするのにちょうどいい。


「行ってくるね」

「うん。いってらっしゃい。くれぐれも、お気を付けて」


 どこか心配そうなおばさんの背中を眺めていると、どことなく私を捨てた母の姿と重なった。


「......っ」


 無意識のうちに目を逸らしていた。おばさんに拾われてから数年たったから、もう完全に忘れていたのだと思っていたけど、想像以上に記憶は根付いていた。


「うっ......ぉえ......っ」


 あまりのショックに私は吐きそうになってしまった。台所に行こうにも、足に重りでもつけられているかのように動かない。玄関にうずくまったまま、私は小刻みに震えていた。

 そういえば、前に何回かこうなった時、あのおばさんがそばに寄り添ってくれていたっけ。

 そっか。あの表情は......そういうことだったのか。


「そっか......あの人、そうだったんだ」


 私は、これまでの一連のことが全て繋がったような気がした。私が倉庫から出てきた時も、それから私を育ててくれた時も、今さっき私を一人にすることを心の底から心配していた顔も。その全てが一本の線になった。


「だったらもう、やることは一つ......かな」


 私の中で何かが吹っ切れたような気がした。さっきまで感じていた足の重みは、まるで何もなかったかのように消えていた。そのまま迷わず自室の机に向かい、紙とペンを取り出した。


「......よし。あとは、もう......あの場所でいっか」


 本当に簡潔な文章だけが書かれた紙を封筒に入れ、封筒の表に「山浦やまうら 木葉このは」と書き、裏に小さく「ごめんなさい」と書いた。



・・・



 家の鍵を閉めずに、いつものように白いワンピースを着て歩き始めた。私が住んでいた町から少し離れたところに来ていたから、まだわからないことが多いけど、どこに行けば誰にも気づかれずに死ねるのかだけは知っている。


「私は、この人生に満足できてるんだろうか......」


 歩きながら、小声で自問自答を始めた。誰もいない道。少しずつその道を進むと、町の中央にそびえている山の入り口に着く。


「この道を歩くのも、これで最後か......」


 私は一歩一歩を踏みしめるように不安定な道を進んだ。


「私は、幸せを知らない。この世界も、幸せを知らない。私の最後は、私らしく、自分の手で終わらせたい」


 山の頂上に着いた時、走馬灯のようなものが見えたような気がした。今歩いてきた道。これまでおばさんと一緒に過ごしていた時間。母親に捨てられた時。おかしくなっている母......


「やっと、着いた」


 目の前に大きなガラス扉の箱がある。しばらく動かされていないのか、外だけでなく中にもつたのようなものが張っている。大きな木に埋め込まれるような形で置かれているそれは、どこか神秘的な何かがあった。


「......さようなら」


 私はそうつぶやくと、箱の中に入った。その瞬間、箱の仕掛けが作動したかのように無数の針が私の体を貫いた。一瞬にして体をぐちゃぐちゃにされる感覚と、視界を覆うかのようにはこの中に飛び散る血を見たとともに、私の意識はこの世界からいなくなった。



・・・



 木葉が用事から帰って来たとき、家の中に誰もいなかった。

 焦った木葉がひまりの部屋に行くと、机の上には一通の封筒が置かれていた。


「これは......?」


 それを見てすべてがもう手遅れになってしまったのだと察した木葉は、真っ青な顔で封筒を開けた。


『ありがとう。私、思い出したよ。本当にありがとう』


 その文と、裏に書かれたごめんなさいをみて、木葉は天を仰いだ。


「ごめん......守れなかったよ。姉さん」






お久しぶりです。九十九 疾風です。


用事等が落ち着きつつあるので、少しずつ更新等を再開していきます。


これはちょっとした手癖で書いたものなので、読んでいただき誠にありがとうございます!


これから日々精進していくので、今後ともよろしくお願いします

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