異世界で私の願いは無力であると思い知らされる
桜河祈月
学科試験:合格
体力試験:合格
以上の結果により、異界渡航資格試験支援訓練の受講を許可する。
桜河祈月
適正試験:合格
体力試験:合格
以上の結果により、異界渡航資格試験の受験を許可する。
なお、試験の受験は三回(欠席、辞退含む)までとする。
✿
異界渡航資格実地試験。
帰還率、85.2パーセント。
合格率、14.8パーセント。
決して楽観視できる数字ではない。
でも、私はこれをクリアしないといけない。
でないと、自分の意思で御楯くんを迎えに行くことすら出来ないのだから。
「行きます」
定刻。
覚悟を決め、私は目の前のタブレットへと触れる。
一瞬、体が浮き上がるような感覚の後に全身に圧し潰される様な力を感じる。
そして、景色が切り替わった。
……移動した。
二度目の異世界へ。
……暗い。ひんやりとした風が身に吹き付ける。
「受験番号と名前を」
「は、はい。 受験番号09040017、イツキです」
背後からかけられた声に、びくりと小さく肩をはね上げながら答え振り返る。
試験官が先に渡航していて、受験番号と登録名を尋ねる。
その後、独力で門へとたどり着くこと。
それが、異界渡航資格実地試験の内容。
試験官が命の危険あり、もしくは不適格と判断した場合、即座に試験は中断され試験官の庇護のもと現実へと送還される。
私の前から御楯くんが消えて四ヶ月。
やっとたどり着いたチャンス。
なんとしてでも掴み取りたかった。
振り返った先に、微かな明かりに照らされた男性の顔。
「受験番号09040017、イツキ。
君には選ぶ権利をあげましょう。
この試験に合格するか、それとも、ここで命を落とすか」
男性の口。それが、絵に書いたように下品に歪む。
『あの世界に魅入られて、それでも、この世界の常識を保とうとした御楯は……信じられないくらいに異質。或いはウブ。つまりは、DT』
逆を返せば、御楯くんの様な異性は存在しない。
それが、有珠さんのアドバイス。
まさか、試験官からして箍が外れた思考をしているとは……。
有珠さんに聞いていなければ、『合格したいです!』と即答していただろう。
「どうして、貴方に合否を決める権利が有るんです?」
「……なるほど。
その強気がいつまで保つか。
ここは、テメェが思うほど甘い世界じゃないんですよね。
それを思い知るまでせいぜい苦しみなさい」
ぼんやりと浮かんでいた試験管の姿が捨て台詞と共に闇へと消えていく。
「体を差し出して謝れば、その時は助けてあげますよ。フッフッフッ……」
暗闇の中へ一人取り残された私を嘲笑うような甲高い声が耳に響く。
まるで、猿の鳴き声の様な……。
✿
夜の森を私は歩いていた。
月だけが照らす暗い森の中を。
粗末な貫頭衣と小さなナイフ。
少しばかりの携行食。
合同実地訓練で全員に配られた物。
……私は選択を誤ったのだろうか。
例え何をされようとも、御楯くんの元へ。
それだけを願えば良かったの?
今から声を張り上げ助けを乞えば或いは……。
足を止め、目をつむり、大きく息を吐く。
この世界で他人を信用しない。
さっきの言葉も、信じない。
揺らがない。
ただ、射るべき的だけを見据え、背を伸ばし……。
「よし」
心を定め、気合いを入れ直し目を開く。
そして、私は見た。
暗闇に光る相貌が正面から私を見下ろしているのを。
白毛の大猿。
一瞬で、気合いは吹き飛ばされ全身が硬直した。
一拍遅れ、思考が逃げろと告げる。
それに対して私の体が出来た事は、後ろに倒れ尻餅をつく事だけだった。
猿が動いた。
大きく口を開き、奇声を上げながら巨体を跳躍させる。
私に向かい。
悲鳴どころか、声すら出すことが出来なかった。
死ぬ……私は、ここで。
猿の顔が、私の文字通り目と鼻の先まで迫り、そこでピタリと動きを止めた。
四方から伸びた黒い鎖が、巨体を縛り付け拘束する。
そして、円錐形の物体が巨体を貫きせり上がる。
獰猛な笑みを浮かべていた獣の顔が、驚愕から苦悶へ変わり、弛緩しながら崩れ落ちていく。
目の前で繰り広げられた光景。
「大丈夫!?」
その後にかけられた御楯くんの声に、私は安堵しながら気を失ってしまった。
✿
「あ、気がついた?」
目が覚め、身を起こした私に声を掛けたのは短い髪の女の子。
その子が起こしたであろう焚き火の炎に照らされた彼女の右の瞳が、蒼く揺らめいて見えた。
御楯くんと同じ様に……。
ううん。違う。御楯くんの瞳はまるで深海の様で、この子の瞳はそれよりも明るく、例えるならば清流。
「助けてくれたの?」
「結果的には、そうかな」
「ありがとう。本当に」
「良いよ。気にしなくて。俺……私がやりたくてやった事だし」
そう言って笑った後に彼女はカップを私に差し出す。
「ちゃんとしたコーヒー。
毒は入ってないよ。
砂糖も入ってないけど」
「ありがとう」
私は素直にそれを受け取り口をつける。
何故だかわからないけれど、全く知らない子を全面的に信用して良いと、そう思っていた。
助けられたと言うことを差し引いてもなお。
御楯くんと同じで、不思議な瞳をしていたからかな?
「初めて……じゃないよね?」
「うん。二回目」
「ご愁傷様。ここは、かなりの高難度」
「どうして?」
私の問いに彼女は真上を指差す。
そこには、丸い月が浮かんでいた。
「月?」
「野外は、経験上面倒な場所が多い」
「そうなんだ」
「でも、私を信じる気があるなら門まで送ってあげる」
「え?」
「ここは来たことがあるから、門の場所はわかってる。
ひょっこ一人くらいなら、まあなんとかなるかなって。
もちろん、君が私の事を信じる前提があってだけど」
彼女の言葉に偽りは感じられなかった。
考えてみれば、今この世界にいると言う事は資格試験を免除されたランクS以外考えられない。
つまり、実力も経験も私の遥か上。
更に見ず知らずの私を助ける余裕がある。
「信じる。
お願いします。
絶対に帰って、試験に合格しないといけないから」
仮に彼女の導きで門へたどり着き、その結果不合格となったとしても。
それで終わりではない。次のチャンスを待てる。でも、死んでしまったらそれもない。
「……了解。
一つ、私から忠告」
「何?」
「あんまり、他人を信用しない方がいい」
それは悪役の台詞だし、彼女には似合わないなと私は思った。
言いたい事は尤もなのだろうけれど。
「私はイツキ。貴女は?」
「ライム」
「これで、顔見知り。もう他人じゃない」
「なるほど」
彼女は、少し照れくさそうに微笑んだ。
「ここは、私の作り出した結界……安全地帯の中だから朝まで休んで、それから帰る。
それで良い?」
「安全地帯?」
「そ。音と気配を完全に遮断してる」
「へー」
それは便利。
そうか、戦うだけじゃなくてそう言う力の使い方も……。
「ねえ。
少しだけで良い。
帰る前に、私に力の使い方を教えてくれないかな?」
「え?……いい……けど」
厚かましい事は重々承知。
でも、そうでもしないと生き残れない。
ここはそんな世界なのだ。
御楯くんの居る、この世界は。
✿
白くなった空の下、地面の上に正座。そして瞑目。
「これは、私の……この世界での師匠から教わったやり方。
体内に取り込んだマナで自分の中にある力を目覚めさせる。
暗闇の中で……力を感じない?」
背後に立つライムの声に従い、目を閉じたまま暗闇の中を探る。
……。
……。
……。
「……わからない」
「……え?」
瞼を上げ、背後を振り返る。
私を見下ろすライチの困惑顔。
そう。
初めてこの世界へ訪れたのは実地訓練の時。
私と同じ様に、資格試験を受ける数人と共に。
もう既にその場で簡単な力を現している人はいた。
その後、教官の教えで同じように力を現す人も。
だけれど、私は何も出来なかったのだ。
その事を有珠さんへ相談したら「向いてないんじゃん?」と一笑に付されてしまった。
だから……ライムなら、この人からなら何かを教えて貰えるのではないか。
それは、一縷の望みだった。
「何も見えない。
何も、感じない」
そう投げかけた私に、ライムは困った顔を浮かべながらそれでも必死に答えを探そうとしてくれた。
「……例えば、こうありたい。
こう、あるはず。
こう、あった……。
そんな、姿とかは?」
「こうありたい?
それは、将来のこと?」
「将来……じゃなくて……なんて言うか、本当の自分?」
「本当の……自分?」
それは、現実の私の事?
問われ、答えを探し押し黙ってしまった私にライムは質問を変える。
「イツキは、どうしてここに?」
「大切な人を探す為に」
迷いなく、そう答えた。
御楯くんを探す。
それが、私の願い。
「大切な人……か」
そう呟いたライムの顔に、一瞬陰りが見えた。
「ライムは、どうして?」
だから、思わずそう尋ねていた。
「同じ。
大切な人。
二度と手を離さないと誓った、その人を探している」
「……どんな人?」
「……太陽みたいに笑う人。
イツキは?」
「私は……私を守ってくれた人。
その人の問いに、ちゃんと答えてないの」
「……会えるよ。
No pain. no gain.」
痛みなくして得るものなし。
まるで借り物の様な言葉を彼女は呟く。
それは、自分に言い聞かせている様にも見えた。
「もう一回、やってみようか」
「うん」
「目を閉じて……自分の中へと潜っていく、そんなイメージ。
その奥に、きっと力が眠ってる」
「……うん」
目を閉じ、暗闇を見つめ何度も何度も探す。
だけれど、結局なにも見つからなかった。
✿
「私の力は……古来より受け継がれた血の力。
禍……穢を払う、神道よりも直接的な力の行使。
この体と、言霊の力で戦う術」
川のほとりを歩きながら、ライムは自分の力を説明してくれた。
すっと、腕を上げる。
人差し指と中指を立てたその先から、真っ赤な鳥の様な炎が現れ空へと消えて行った。
「それだって……最初から使えたわけじゃない。
マナを取り込んで、力を自覚して、練習して……。
だから、大丈夫だよ」
「そう……かな?」
気落ちする私を励ましてくれるライム。
「それに、能力って私みたいに直接的に見える力だけじゃないし。
見たもの全てを記憶する能力とか、門の位置がわかる能力とか。
強さって、生き残って向こうへ帰る。
その為の手段なだけであって、絶対的に必要なものではない。
それに、強さを補うために……」
前を歩いていたライムが立ち止まり、周囲を見回す。
「どうしたの?」
「昔、この辺で道具屋が店を開いていたんだけどな……」
「そうなんだ」
「いたら何か武器になりそうなものでもと思ってたんだけど……まあ、気まぐれな店主だったから。
そう言えば、何か使えそうな、得意な武器とかある?」
「私は……弓、くらいかな」
「弓、弓かぁ……」
少し考えた後に、彼女は持っていた荷物袋へ手をいれ何かを取り出した。
「これ、弓らしいんだけど……」
「え?」
手の平に乗せられた、三十センチほどの細長い物体。
どこをどう見ても弓には見えない。
「これが弓?」
「曰く、雷上動の再現を試みたヴェロス装備部渾身の問題作……らしい」
「ヴェロス?」
「昔、迷い込んだ世界」
ライチの手の上で、不思議な光沢を放つ金属器。
いや、金属なのかもわからない。
でも……どこかで……。
「触って良い?」
「良いよ」
弓束と呼ばれる和弓を左手で握る部位、それに似たその物体を恐る恐るその物体を手に取る。
軽い。
まるで、何も無いみたいに。
何で出来ているのだろう。
そして、手に吸い付くようなこの感触……どこかで……。
あ、そうだ。
御楯くんが、吉祥寺に現れた御楯くんが持っていた弓。
あれに似ている。ハナ・ウィラードさんに没収されたあの弓に。
―― プロトコル・ショウカジョ起動
―― アニマ認識
―― プロトタイプ因子を確認
―― タイプ・ライジョウドウ アンロック
突然、頭の中に合成音声の様な声が響く。
―― プログラム・ヨウユウキ インストール
「痛ぁあぁあっ!!」
「イツキ!」
―― アルクス展開
一瞬、左手から頭へと走り抜けていった激痛に目を白黒させる私の手の中で、弓束が変形を始める。
上下に長く、しなやかに伸び……私が使っていた並寸(七尺三寸)よりも大きな弓と成った。
だけれど、弦は張られていない。
「え……何これ……いや、それより手、大丈夫!?」
「え?」
弓を握る私の左手が真っ赤に焼けただれていた。
「い、痛い……」
ジンジンと激しく痛む。
正視するのも嫌な程にボロボロの左手。
「ちょっと触るね」
ライムの指先が、ちょんと私の指に触れた。
再びの激痛。
「アカネサシ」
だけれど、それは悲鳴を上げる前に溶けるように消えていった。
手は、綺麗に元通り。
「癒やしの術。まだ痛む?」
「全然平気。
すごい……」
今の一瞬に、この世界の不思議が全て詰め込まれている。
私はそんな風に思った。
アニメの様に一瞬で変形する道具。
爆弾でも掴んだみたいに傷ついた体と、それを事もなく元通りに直す力。
誰がどれだけ危険だと警鐘を鳴らそうが、人はこの世界へと向かう。
その理由を垣間見た気がした。
これを異常だ。恐ろしいと感じてしまった自分はこの世界に向いていないと言う事だろう。
「その弓、気に入ったみたいだからあげようか?」
「え?」
唐突すぎるライムの提案。
「いや、気に入っては……」
「違う違う。弓が、君を」
「……え?」
この弓が私を気に入った?
でも、こんな弦の張ってない弓なんて使い道ないじゃない。
ただ長くて邪魔な棒。
当然、矢も無い。
誰か売ってたりするの?
作れって事?
「嫌なら捨てちゃっても良いよ」
「もしかして、押し付けようとしてる?」
「ソンナコトナイヨ?」
わざとらしく目を逸らすライム。
どうしよう。
二メートル以上あるから、持ち歩くには邪魔なのよね。正直。
どうしよう。
正直、いきなりさっき見たいに手が焼けただれる様なものをもらっても困るのだけれど。
……返そう。
邪魔だし。
―― アルクス格納
再度、頭の中で音声が鳴る。
それと同時に、折りたたまれる様に小さくなる弓。
あっという間に手のひらサイズ。
その様を、ライムは物欲しそうな目で見つめているのに気付く。
「返そうか?」
「……ちょっと、貸して」
「はい」
私は言われた通り、ライムへ金属片を手渡す。
いや、まだ貰うと言ってないから返したつもりなんだけど。
受け取ったライムは、左手に金属片を持ち弓の様に構える。
「……展開!
…………オープン!
………………卍解!
……………………水の呼吸!」
しかし、何も起こらず。
「……どうやったの?」
「分からないよ」
「……返す」
口を尖らせながら金属片を私の方へと放り投げたライム。
もう、これ、私の物になってるの?
✿
やっぱ要らない。
と、彼女の前で投げ捨てるのも憚られ、結局私は弓束型の道具を持ったままライムの後をついて行く。
そして、森を抜け……。
「見える? あれが門」
彼女が振り返り、指差す先。赤茶けた荒野の奥に小さな石碑。
「ただ……武装してやがる……」
そう、ライムが苦々しげに呟いた。
「武装?」
「石碑の周りにトカゲみたいなのが立ってるでしょ?
あれがドラゴニュート。それなりに強い」
「どれくらい?」
「んー……ランクBが苦戦する程度には。
今は得物を持ってるから、Aでも危ういかな」
「えっ!?」
「なので、ここで終わるまでまってて。
朧兎、彼女を守ってくれ」
ライムの腕から、ふわりとシャボン玉の様に水の玉が浮かび上がり、私の前をふわふわと漂う。
その後、ライムは自分の左手の甲を見て、小さく溜息を吐いた。
「害を全て打ち払う力
其の奥底に有るは護り
神より産まれし神
素戔嗚尊 ここに現し給え
唱、佰漆 天ノ禱 草薙切
……参る」
翡翠の様に緑色に淡く輝く剣。
それを右手に握り、彼女は飛んだ。
同時に、ドラゴニュートが大きく吠えた。
まるで空を走る様に移動するライムが静かに右手の剣を静かに横に振るう。
剣と同じ翡翠色の光が真一文字に、まるで世界を切り裂く様に走る。
大きな翼を広げ、空へと飛び上がったドラゴニュート。
それが、呆気なく上下二つに分かれ、落下した。
着地し、ゆっくりと空を見上げるライム。
釣られ、私も上を見上げる。
そこに、翼をはためかせ大きく旋回するドラゴニュートが……八体。
その内の一体が急降下をかけた。
それに続く様に残りも七体も連なって下降する。狙いはただ一点、ライム。
上から下へ視線を戻す。
丁度、ライムが大地を蹴り高く飛び上がるところだった。
上から迫るドラゴニュート。
下から飛び上がった勢いそのままに剣を振り上げたライム。
空中で両者が交錯する。
そして、地に二つの物体が落下して行く。
右と左、二つに分断されたドラゴニュートだったものが。
ライムは宙で反転しながら、続けて迫る一体を蹴り飛ばす。同時に三体目が連続する爆破の炎に包まれ力なく落下して行った。
そこで残り六体のドラゴニュートが翼をはためかせ、ライムから距離を取り彼女をぐるりと等間隔に囲む。
二体が同時に挟み込む様にライムへ向かい羽ばたく。
それを待っていたかの様に彼女の周囲に無数の小さな光が現れた。
彼女目掛け一直線に飛んだドラゴニュート達にぶつかり光が次々に弾けて行く。
結果、二体はライムの元へたどり着いく前に地へと落下していった。
だが、続いて残る四体もほぼ同時にライムへ向かい飛び込んで行く。
直線的に、或いは、弧を描きながら。
五体目は、剣で首を跳ね飛ばされた。
六体目は、龍の様な真っ赤な炎に消し炭にされた。
そして七体目。
突き出された槍を躱し、胴体を断ち切る様に剣を振り下ろしたライム。
異変はそこで起きた。
振り下ろしたのは、腕だけだった。
右手にあった翡翠色の剣がドラゴニュートの胴体を切り裂く前に消失した。
直後、ライムの体が、糸の切れた操り人形の様に落下。
だけれど、すぐに足を動かし、再び空へ上がろうとするライム。
この上からドラゴニュートの槍が振り下ろされた。
およそ三十メートル程の高さから一気に地に叩きつけられたライム。
痛ましい音と共に土埃が上がる。
それを追ってなおも迫るドラゴニュート。
だけれどその一体は、ライムが落ちたその場所からせり上がった無数の白い錐によって串刺しとなった。
崩れ落ちる白い剣山。
その後に立つのはライムのみ。
再び見上げた空に残る一体のドラゴニュート。
悠然と翼をはためかせながら、ライムから距離取り舞い降りる。
それをライムは動くことなく見つめていた。
限界が近い。
信じられない様な戦いを繰り広げたライムの姿を見て、自然とそう思う。
そして、そんな彼女を見ながら……何も出来ない自分が情けなかった。
……頑張って。
負けないで。
私の為にではない。
そんなにボロボロになりながらなおも立ち上がる、それだけの想いがあるのだから、ここで終わって欲しくない。彼女自身の為に。
右手を突き出すライム。
その先から放たれる赤い炎の龍。
それを飛んで避け、そのまま上から遅いかかるドラゴニュート。
避けながら、爆発の魔法を浴びせかけたのだろう。
大きな爆炎が上がる。
その中から、ライムとドラゴニュートが躍り出る。
視界の中、ライムから死角になる位置に蠢く物があった。
それは、最初に上下二つに断ち切られたドラゴニュートだった。
上半身だけで空へ浮き、槍でライムを射抜かんと構える。
私は、ライムに貰った弓束を左手に持ち、そして構えた。
矢を放つ為に。
―― タイプ・ライジョウドウ アンロック
音声と共に、手の中の弓束が弓を象る。
―― ヒョウハ・スタンバイ
細く、弦が貼られた。
それを、引き絞る。
同時に、マナが矢へと変わる。
―― ターゲット・アンノウン
視界に捉えたドラゴニュート。
それは射るべき的。
私は、それに向け矢を放つ。
ライムを助ける。
ただ、それだけを考えて。
◆
刀が無い。
それだけで想像以上に苦戦を強いられる。
禁呪、草薙切を使った反動は大きく体が重い。自覚できる程に感覚の反応が鈍い。
だが、残り一体。目の前のコイツで終わり。
その焦りが、背後で動いた気配を見落としていた。
突然、横手から放たれた光線。
それは、かつて迷い込んだ世界でアンコさんが駒ケ岳山頂から放った射撃を思い出させた。
俺の背後を通り、そしていつの間にか起き上がっていた竜人を打ち抜き、消し飛ばす。
それを成したのは、イツキと言うひよっこ。
……助けられた。
その事実に、なりより、放たれた光の軌跡に思考が停止した。
ほんの束の間。
だけれど、相対する相手はそんな時間を許しはしなかった。
俺よりも闖入者の排除を優先した敵は既に手にした槍を投擲すべく、振りかぶっていた。
その先にはイツキ。
「……祓濤・朧兎」
✿
矢を放つ。
その結果、私と言う存在が認識された。敵に。
私の矢と比肩する程の速度で放られた槍が迫る。
避ける時間なんて、なかった。
そんな、私を守ったのはライムが残していった水の玉。
薄く広がった水の膜。
小さな波紋一つ。
それだけで、私へ迫る槍がピタリと静止した。
宙に浮かぶ槍。
ライムの水玉は、槍を受け止め、そして包み込み、溶かし分解しながら主人の元へと飛んでいく。
その主人によってドラゴニュートが全滅したのは程なくして。
✿
「ありがとう。助かった」
傍目にはとても激しい戦いだったのに、涼しい顔でライムは戻ってきた。
彼女の周囲をふわふわと漂う水玉と共に。
「助けられたのは、私の方だよ」
「じゃ、お互い様だ。
でも、自分を危険に晒してまで人を助ける必要はないと思う。
門まで送るよ」
✿
門と呼ばれる石碑の様な物体。
これに触れれば、現実世界へと戻れる。
同時に、私の資格試験はほとんど何も出来ないまま終了する。
「帰れる時に帰る。
それが、この世界を上手く歩くコツ。
彼氏、まだ探すんでしょ?」
逡巡する私の背を押す様に、後ろからライムが声をかけた。
「ううん」
私は首を横に振ってから、振り返る。
「彼氏じゃないの。まだ(・・)」
……今日がダメでも、次がある。
「戻るね。
貴女も大事な人に会える様に祈ってるわ」
「当然」
そう言って笑ったライムの顔に、御楯くんの顔が重なって見えたのはどうしてだろう。
多分、私は彼女に憧れの様な感情を抱いたのだろう。
障害をはねのける力。傷付いた身を癒す力。隔絶し守る力。
それを私は羨ましいと思った。
私には、無い物だから。
「ありがとう。ライム」
この出会いは、私を強くした。
そうしてくれた束の間の友人に別れを告げ門へと手を伸ばす。
景色が一瞬で切り替わった。
◆
イツキが消えるのを見送ってから、俺は術を唱える。
「……飛渡石」
飛ぶ先は、後方。
ずっとこちらを見つめていた気配の所。
「ストーカーは犯罪だせ?」
男の背後から声をかける。
つかず離れずの距離を保ち、ずっとこちらを見つめていた視線。
だが、悪意や殺気は感じられず。
ならば、知り合いかと思ったがそういう訳でもなさそうだ。
「あー、仕事なんです。
見逃してくれないですか?」
振り返らずに素直に両手を上に上げる男。
「仕事?」
「資格試験官ですよ。
彼女の」
「資格試験……プロジェクトイージスか?」
「いいえ。そんな洒落た名前じゃないですね。公務員ですよ」
A達の知り合い……と言うわけでもなさそうか。
なら……俺の知らない世界の住人か。
二人とも。
「彼女は不合格だろ?」
完全に興味本意の質問。
だけれど、答えは予想外だった。
「最終決定権は私には無いのですが、合格でしょう」
「合格? あれで?」
「あなたと言うイレギュー付きでこの世界から生還した。それで十分です」
「俺と言うイレギュラーが介在したなら不合格では?
とてもじゃないがあの子がこの先、生き残っていけるとは思えない」
力はない。考え方も甘い。
あそこで俺を助けようと矢を放つなど、愚の骨頂。
そのせいで自らの身を危険に晒したのだから。
「どうでしよう?
私の見立てでは、彼女はこの世界に必要な二つの物を持っています」
「それは?」
「悪意に折れない心と幸運」
「……成る程。でも、弱いぞ。すぐ死ぬだろう」
「そりゃ、貴方に比べりゃ誰だってそう見えるでしょう」
「俺なんて、屁とも思わない奴がごまんといる世界だと思うんだけどな」
「そう言う世界でも不思議と死なない奴がいるんですよね。私とか」
「死なないかどうかはその口次第。
夏実杏。鈴木美蛙。
或いは、リコ。ミカエル。
聞き覚えは?」
「……無いですね」
「そうか……」
✿
桜河祈月
異界渡航資格試験:合格
✿
帰還から三日後。
出された結果を握りしめ、私は電車へと飛び乗った。
目的地はシキシマシステムサービス。
まず、報告。
そして、その後にあの人を探しに。
と言う展開を考え、本編の続きを書けたらいいなぁとか思ってる今日この頃。
つまり、三部のヒロインは夏……。
練ってるプロットがまとまるようならこの話し自体を本編にします。