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桜の木の下で  作者: akiss
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屍人使い

桜の木の下で

〜屍人使い〜





ゆっくりと墓地の土を踏みしめる。少し湿っていて、靴が汚れていくのがわかった。お母さんの言うとおり声は、しきりに聞こえていた。それに、なぜか少し異臭が漂っていた。

キャハハ

まただ。少女の笑い声のようなものが辺りをこだます。私たちはその声が聞こえるたびに恐怖を感じていた。先頭はユウキ、その次にミサトさん、私、カズキ。怖いものが苦手な私は、声に反応し、何度もミサトさんに抱きついてしまう。それでもミサトさんは、私の手を握ってくれていた。ミサトさんは、怖がっている様子もなく、ただ前を見つめていた。

「大丈夫か?」

「あ、はい。なんとか」

私を気遣う余裕もあり、さすがはミサトさんだと思った。後ろでは、私と共に奇声をあげながら付いてくるサルが一匹。カズキも私と同じ心境のようで、何度か抱きつかれそうになったので、肘打ちで勘弁してあげた。同じ男の子のユウキはあんなに頑張ってるのになさけない。私がカズキのへっぴり腰を眺めていたとき、ユウキの声ができるだけ小さくされて、聞こえてきた。

「しっ!静かに。あれを見てみろ。」

ユウキの指差す先には、一人の少女がいた。私たちが今いる場所は、林の奥にある墓地であり、段差の激しい場所だった。そのため、あの少女がいるのは下の段。私たちは見下ろすようになっていた。少女は、不思議な格好をしていた。外見ではそれが魔女とわかる服装であった。不思議なのはそこではない。彼女を包んでいるそれは、雲のように白かったのだ。魔女のあの黒い服装は、人目を忍ぶためのものだと思っていた。しかし、彼女は目立ちすぎていた。キャハハと、なにが楽しいのか笑い、白い服と尖った帽子を揺らして跳ねていた。

「なに…あれ。」

「……」

誰もが、異物をみるような目で彼女を見ていたとき、辺りが静かになった。彼女の笑いが鳴り止んだのだ。その少女は跳ねることをやめ、横を向いたまま、右手の人差し指をこちらに向けて言った。

「そこで…なにしてるの?」

その人差し指には、お母さんの言っていた、光る指輪がはめられていた。そのかすかな光が、少女の顔をぼんやりと映し出し、少しだけ、笑ったように見えた。そのとき、後ろから何者かに突き飛ばされた。私だけではなく、4人全員が。そして、彼女の前に転がった。

「こんばんは。暇だから、遊ぼうよ。」

再びキャハハと笑い出し、なぜか少しだけ辺りが明るくなった。よく見渡してみると、案外、開けた場所であり動くには十分な広さがあった。そして、先ほど私たちがいた場所を見た。

「……!!」

腐った死体。強くなる異臭。本当にゾンビがいた。気が動転して、周りが見えなくなった。

「おい、みんな。気をつけろ。さっきいた場所に2匹、少女の向こうに3匹、左右に2匹ずつ。」

こんな状況でも、ユウキは四面楚歌の状態をいち早く悟っていた。

「くそ、やれるのは俺だけか。かな、エンカナ使えないよな?」

「む、無理に決まってるでしょ!」

そう、この場で戦えるのはユウキだけだ。私の力は当てにならない。今回ばかりは、ミサトさんの防犯グッズも役に立たないだろう。だって相手は死んでいるのだから。ユウキは腰にある鞘に手をかけた。そして、少女に声をかけた。

「お前はきっとエンカナ使いだな。」

「そうだよ。あたしは、死人の具現者。自由に死人を扱えるの。」

具現者。久しぶりに耳にした名前だった。私の夢で聞いた声。形無き具現者。つまり、エンカナとは、自分の中に存在する具現者の力を借り、操れる力なのだろうか。だとしたら、“形無き”とはなんなのだろうか。

「お兄ちゃんたちも、私のおもちゃにしてあげる。」

彼女はそういって、指をパチンと鳴らした。ゾンビに、動けという命令のようだ。全部で9匹のゾンビを同時に相手にしなければいけない。動きは鈍いようで、武器らしいものも持っていなかった。これなら、ユウキだけでもなんとかなるかもしれない。ユウキは鞘から剣を抜き、一番近くの林から出てきた、右方向のゾンビに斬りかかった。うまく角度を変え、一太刀で右肩から、左脇の下まで切り裂いた。血は吹き出るのではなく、少量が断面から流れ出て、地面を濡らした。ユウキは、そのままもう一匹のゾンビのほうを向いた。そして、今度は水平に首を切り落とした。スパンという、音の後に、グチャという、頭が地面に落ち、つぶれる音がした。これで右側のゾンビはいなくなり、ユウキが次の場所へ向かおうとしたとき、地面に倒れた。石につまづいたのかなと、足元を見てみると、先ほどの肩から切ったゾンビが上半身だけで、ユウキの足を握っていた。ユウキは倒れた拍子に、持っていた剣を放してしまい、私たちの前に剣が転がった。

「くそ、剣を!」

私がユウキを助けるんだ。意を決して、立ち上がろうとしたとき、ミサトさんが走り出した。片手で地面を擦るようにして剣を持ち、スピードを落とさなかった。このままの勢いでは、ユウキに剣を渡せないと思った。でも、ミサトさんは初めから渡す気などなかったのだ。

グサッ!

肉を引き裂き、貫通した。ミサトさんは、体を横にむけ、左手を自分が向いている後方に上げ、腰を落とし、フェンシング独特のポーズを取った。そう、彼女はフェンシング部のエースだった。突きに関してはプロだということを忘れていた。彼女の手から伸びたそれは、ゾンビの頭を突き刺していた。

「ふぅ。間に合ったな。」

「助かった。次は向こうだ。」

ユウキはミサトさんから剣を受け取り、私たちの後方のゾンビに、ミサトさんは、服に常備している防犯グッズの伸びる警棒らしきものを手に、私たちの左側にいるゾンビに向かって走り出した。私たちの前を通り過ぎたミサトさんは真剣な表情で、的確にゾンビの頭を叩き割っていた。

グシャ、グシャ

肉の飛び散る音は、聞きなれることが無く、吐き気をおぼえた。口の中に広がるすっぱい味。口を手で押さえ、前方を見た。目の前に広がる腐廃臭に、覆う手を鼻まで上げた。すぐそばまで、前方のゾンビが来ていたのだ。ユウキとの距離は10Mほど、しかし、まだもう一匹残っているようだ。ミサトさんは20M。こちらの危険に気づきいたようだったが、間に合わなかった。ゾンビの手が振り上げられる。そして、轟音とともに振り下ろされた。

「奏ー!!!」

「キャハハ!!」




私は目をつぶった。ミサトさんが叫んで、少女の笑い声が聞こえた。終わりなんだなって思った。こんなときは、走馬灯のように過去を振り返るんだっけ。私も真似してみようかな。幼稚園からユウキとは一緒で、小学校の低学年ぐらいからカズキと遊びだしたんだっけ。楽しかったな。毎日公園で遊んで、坂が赤く染まったら帰る。だから、ユウキは夕焼け嫌いとか言ってたかな。あのころに戻りたいなぁ――えと、まだかな。私の頭に激しいダメージがこない。なにが起きているのかわからず、そっと目を開けてみた。すぐに飛び込んできたのは、ゾンビの恐ろしい形相。でも、なにかがおかしかった。よく見るとそれは動かず、冷たかった。凍っていたのだ。横ではカズキが固まり、ユウキが何か叫びながら寄ってきていた。ミサトさんはというと、力の抜けたように、座り込んでいた。そして、ずっと手を眺めていた。

「やったな!もう一人のエンカナ使いだ!」

ユウキの声がすぐ後ろで聞こえた。

「どういうこと?なんで凍ってるの?」

「ミサトさんがな、かなでーって叫んだら、手から風が出て、ゾンビを凍らせてしまったんだよ。」

「そう、なの?」

再びミサトさんを見ると、気を失っていた。ユウキの言っていた通りだった。“初めは力が不安定で、意識が無かったり気を失ったりする”。すぐにでもミサトさんのところに行きたかったが、腰が抜け動けなかった。そして、それまでのことを傍観していた少女が少し不機嫌そうに笑い、近くまで歩いてきた。

「キャハハ、エンカナ覚醒しちゃった。お兄ちゃんたちなんかムカツクー。そういえば、ピンクの髪の子がいないじゃない。どこにいるのよ。」

「お前って、もしかして真の国家の駒か?」

「あれー。真の国家について知ってるんだ。きっと、姫奈ちゃんかなー。じゃぁ話してもいいってことなのかな。」

そういって彼女は、白い帽子を脱いだ。黄緑の髪は、片目を隠し、少しパーマがかかっているようだった。

「あんたたちどこまで知ってんの?」

「…情報はほとんどない」

ユウキが剣を構えたまま答えた。

「ふーん。なんも知らないんだ。じゃぁ、私たちの組織について少し教えちゃおっかな。あたしは、プロフェニティーナンバー117。サヤ。」

「…ナンバー?」

「そう。そのナンバーが若いほど、ユニ連合では上位の位を示すんだよ。あ、ユニ連合っていうのはねー、真の国家の正式名所だにょん。真の国家ぐらい、姫奈ちゃんから聞いたよね?」

「ユニ連合…それはアリスを必要として、なにをするつもりだ?」

ユウキは、姫奈さんに気を使って、敢えて知らないフリをしていた。世界破滅を止めるために必要だともし、ここで言ってしまえば、姫奈さんは裏切りをしたことになる。そこまで考えてユウキは発言していた。

「んー。詳しくは聞かせてもらってないけど、世界の破滅がなんとかだってさ。どーでもいいけどね。」

姫奈さんと同じことを言っていた。どうやら下っ端の彼女らには情報はより薄いらしい。さーて、と彼女は帽子を被り、手を広げた。

「あたしはあなたたちに名前とナンバーを教えたかっただけ。死んで地獄で私の名前を覚えてて欲しいから。キャハハ。そうじゃなきゃ、こんなに教えないよ。冥土の土産ってやつだねー。…もう容赦しないよ?」

両手で指を鳴らすと、彼女の後ろに50匹を超えるゾンビが沸いてきた。再び腐敗した臭いがあたりを漂う。

「本格的に…まずいな」

汗を流しながら私たちの前に立つユウキ。きっとそれは冷や汗だろう。私たちを守らないといけないプレッシャー。彼はそれに押しつぶされそうになっても、ずっと立ち続けていた。そんな彼の思いに気付いて、私は涙が溢れた。私は胸に誓った。“私がみんなを守る”。それから逃げ出すわけにはいかない。いつまでも、ユウキに助けてもらってばかりなんて、悔しいから!私は心に向かって叫び続けた。「力を貸しなさい!あの時のように、ユウキや、みんなを守るだけの力を!!」すると、心から返事が返ってきたのだ。

「我は形なき具現者…。失う恐怖を忘れるな。得るたびに、何かを失うのだ…。」

そのまま私は緑の光に包まれた。温かい光の中で、感じたのは、人の温もりだった。でも誰の温もりかわからなかった。そして、光は消え去り、意識が戻る。右手には緑に輝く剣があり、景色に違和感を感じる。いつもなら、黒い線が目に映るのだが、今は白い線が何本も走っていた。左手で確かめてみると、髪は銀髪になり、腰の辺りまで伸びていた。意識はある。この前のようにはなっていない。私が、みんなを助けるんだ。動き出すと、体が軽かった。歩き出しただけに思えた動きは、すでにユウキの前を通過していた。

「速い…!」

思わず声に出た。駆け出すと、一瞬でゾンビの集団の真ん中に立っていた。まずいと、ユウキの前まで戻り、剣を構えた。

「ユウキ。任せて。」

「意識…大丈夫そうだな。」

静かに頷き、駆け出す。今度は左右に揺れながら駆ける。右手は添えているだけで、空間を切り、ゾンビを切り裂く。

グチャグチャグチャ!!

ものすごい勢いで、ゾンビの首が飛び、地面に落ちる。1秒間に10体は切り裂いていた。数秒し、少女は取り残されてしまった。

「うそでしょ…なによあんた。エンカナ能力超えてるよ!」

彼女の指輪がかすかに光り、少女は宙に浮いた。そのまま高く飛び上がり、夜の星空へ逃げ込んだ。すぐにユウキの元へ戻り、ミサトさんを連れてくる。ミサトさんを地面に置いた瞬間、光に再び包まれ、元の姿に戻った。

「お疲れ様。」

「…うん。すっごい疲れた。」

気を失ったミサトさんと…カズキもか。二人をユウキと背負い、家に戻った。ゾンビは、彼女が消えた瞬間に消え去ってしまっていたので、気にすることなく、墓地をあとにした。不気味に思えていた墓地も、今では安心できる景色になっていた――


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